3話『闇葬の空中舞踏』
無情に響く、朋友の声
『それじゃ、そろそろ僕の時間は終わりだ。ラティコ・バルトル、この役目を確かに完うせり。アニモ、何のしがらみもないこの世界を楽しんでね!』
独りでに流れた音声が消え、静寂が戻った。
しかし、シェリーとジールはそれを呑気に味わっている場合ではなかった。
《ラティコ殿……!!誠に、誠に……!》
「ちょ、ちょっとジール!!……大丈夫よ、なんとかなる。なんとかする!!」
《ああ……友を想うその心を踏み躙るなんて……!私がもっとしっかり制止していれば……!》
「“とんでもないことになるかも”、でしょ?わたくしたちいつも運良いじゃない、きっと今回も平気よ」
《運が良かった記憶など私にはありませんが!?》
冷や汗をかきながら引きつった笑いを浮かべ、ジールに強くそう言い放つシェリー。
すると、棺から煙のようなものが溢れ出て、たちまちそれが部屋に充満した。
何かしら危険な予感がした2人は、棺から距離を取る。
「────何これ!?けっむい!!」
《蒸気……!この妙な温かさはまるで解凍しているかのよう。ということは、つまり!》
「ごほっ!ごほっ!待って、何かいる!」
《やはり……やはりそういうことか》
満ちる蒸気が徐々に薄くなるにつれ、さっきまではなかった“人影”がそこに映し出されていることに気づく。
ぼんやりと、それでいて体躯の大きいその正体が誰であるかは、既に判りきっていることだった。
「アニモ・ミラリウス・フェリノーリアがそこに!」
まだ声も聴けない、顔貌もその姿もはっきりと見えない。
しかし、確かな存在感はそこにある。
鼻先から胸に、熱く痺れる何かが流れる。
期待、憧憬、緊張。
入り混じる正負の感情は、最早整理がつかない。
《視界が、拓けますな》
「ドキドキ……!」
明瞭になるにつれ、男の姿がはっきりとしてきた。
服は、悠久の時に寝るのに楽であっただろうゆったりとした、白を基調とした襟元から黒の線が入ったローブ。
そして、それに包まれた逞しい筋骨隆々とした身体。
そして、最後に見えたのは、端正で精悍で威厳のあるその顔だった。
瞑目しながらも、きちんとその足で立っていて、顔にはさっきは感じられなかった生気があり、生きている人間さながらだった。
「これが……!」
《闇葬の英雄、アニモ……!》
ジールの“アニモ”というワードに反応してか、男の目が開く。
優しくも清々しい凛とした黒い瞳は、その頭に生える黒髪によく似合っていた。
「か、かっこいい……!」
年頃の乙女であるシェリーでなくとも、彼に惚れるのは女性として正常な反応なのだろう。
それほどまでに、その男は男として魅力的だった。
《現を抜かしている場合ではありませぬ!!はっ!!────────“英雄”アニモ・ミラリウス・フェリノーリア様でお間違いありませんかな?》
見惚れているシェリーに注意をしつつ、男の元へと飛ばして行ったジール。
話しかける際に若干低く浮遊しているのは、丸くぼんやり光る存在である彼なりの恭しさの表れなのだろう。
一定時間、その黒眼に青白く輝くジールを収めると、ずっと閉じていた口が動いた。
「精霊か。俺を目覚めさせたのは、お前なのか?」
1000年の間、この世に決して奏でられることのなかった言の葉。
爽やかで明るい、初対面なのに心を許してしまいそうな声色だ。
《い、いえ……!いや、そうでもあってそうでもなくて……!》
「しゃ、喋ってる……!!救世の英雄が喋ってる!!」
「そして女の子か。────なるほど、状況を理解した。精霊のお前は、契約主であるこの子と共に俺を目覚めさせた、と。そういうことだな?」
限られた情報を基に、一瞬にして自らが置かれた状況を、アニモは顎に手を当てて把握した。
一方、彼の一挙手一投足を固唾を呑んで見守るシェリーらは、アニモの疑問に答えることを忘れていた。
「お前ら、無視は駄目だろう」
《────!?これはこれは!申し訳ありませぬ!その解釈で間違いありませぬ!》
「ジール……動揺しすぎてガッチガチじゃない……」
《そういう姫様こそ髪が逆立ちしてハリネズミのようですぞ!!》
カクンカクンと浮遊するジールに、長い金髪を刺々しく逆立たせるシェリーを見つめたアニモは、やれやれと頭を抱えて溜息を吐く。
「兎も角、今こうして俺がここにいるのは、お前たちのお陰で間違いないようだ。ありがとう」
「『ありがとう』、なんて言われることしてないわよ。あなたのこと、こうして起こせたのも偶然だったし」
《私たちは史跡を探索している最中でして……。ある事故が原因でここまで辿り着きまして……》
「そうか、俺が寝ていたここは史跡の内部なのか。俺が眠り始めた場所は史跡でも史跡になりそうな場所でも何でもなかったんだが、棺ごと移動させられたのなら納得がいく。────ああ、それはそうと君は“ラトミーナ”の血が流れているから、てっきり色々理解して俺の所に来たのかと思ったよ」
「────!?」《────!?》
──ラトミーナ。
それは、シェリーやジールにとって馴染み深くも複雑な言葉だった。
同時に自分たちの耳を疑う。
この部屋に来て、この史跡に来て、この街に来て一言も彼女らはその言葉を発していない。
そして、その言葉を自分たちに向けていることに驚いたのだった。
「『何故、自分たちの素性を知っているのか?』って顔だな。実は、お前たちを初めて見た時に血と魔力を覗かせてもらっていた。精霊の方はさておき、そこのお嬢さんはディルクの子孫のようだが」
《【戦勇王】ディルク・ラトミーナの名前がこんな形で聞けるとは……》
「ディルクは良き友だ。剣技と歌が自慢で、女と飯と酒に目が無かった。その癖、実家の王────」
「も、もう良いわ!伝説のお話はまた今度聞かせてちょうだい!……今は、今の話をしましょう」
これ以上昔話をさせると止まらなくなりそうだと察知したシェリーは、若干強引ながらも話題を変える。
と言うのも……
「ここは地下なんだけど、出口という出口がないのよ。わたくしたちは床が崩壊して落下した流れでこっちに来れたのだけど、帰るとなると結構苦労しそうなの」
「なるほど。確かに、ここは少々息が詰まる。出よう、俺に捕まれ」
差し伸べられた手を恐る恐る掴むシェリー。
その手は生きている証明となる血が通った温かさがあった。
『本当に、1000年前の英雄が今目の前で生きているんだ』という、非現実的な現実に心を躍らせていた。
「じゃあ、行こうか。────【空間操作】」
アニモが、シェリーを掴んでない方の手のひらを上に向けてそう詠唱すると、突然石造りの天井が裂け、円を描き、次第に歪な穴ができた。
その穴の向こうには星が見える。
どうやら、一瞬で地上へと繋がる穴を作ったようだ。
「飛んだ経験はあるか?」
《私はありますぞ!》
「……あなた、いつでも飛んでるじゃない……。わたくしはないわね」
「そうか。なら、俺がとっておきの景色を見せてやる」
「まさか、飛ぶ気!?────きゃあっ!!!!」
石の天井を空間ごと捻じ曲げて作ったその穴から、噴火したように飛び出たアニモ。
その手には、華奢な女の子の手がしっかりと握られていた。
「安心しろ、落ちることはない。飛行魔法と浮遊魔法の合わせ技だ、当然お前にもかけてある。さあ、夜空を舞って楽しもう」
「綺麗……!街明かり、星空、鳥と虫の声」
《ちょ、私には何もかかってないのですが!?》
1000年の時を経て蘇った青年と、16歳の少女。そして、その少女に付き従う精霊。
伝承と御伽噺の街、ユース郊外の遺跡上空を縦横無尽に飛び交うのだった。
◆◇◆
「とても、とっても綺麗だった!!わたくしの子どもの頃からの夢の1つがこんな形で叶うだなんて!!」
興奮気味にアニモに詰め寄るシェリー。
どうやら、夜の空中飛行が相当楽しかったらしく、年相応に無邪気にはしゃいでいる。
「ははっ、また飛びたくなったら何時でも言うと良い。あれくらい造作もないことだ」
「本当!?じゃあ今!今やる!!」
《姫様!まだアニモ様が目覚められてから僅かな時間しか経っておりません。負担を増やすのはやめていただきたい》
「……それもそうね」
流石に今回は潔く引き下がったシェリーに、アニモは笑いかける。
その表情に、一切の疲れは見えない。
「気なんて遣う必要はないがな。そうだ、寝床は確保しているのか?俺は野宿に慣れているが……」
「街に行きましょ!宿はもう取ってあるの!……あ、でも、大丈夫かな。わたくし、お一人のお部屋しか取ってない」
《やれやれ。その時は私が交渉をしておきましょう》
宿屋で取った部屋は1人部屋1つ。
アニモを泊めるとなると、もう1部屋借りるか、2人部屋に変更する必要がある。
「助かる。────────うっ……すまない、少し座っても良いか?」
「……?良いけれど」
すると、続けざまに今度はアニモが頭を抱えだし、よろけるようにその場に座り始めた。
全く疲れていた様子は見せていなかったアニモ。
その突然の変わりように、ジールとシェリーは慌てて彼を支える。
《アニモ様、如何なされた?》
「少しばかり、頭がボーッとしてな。…………大丈夫、すグにナオるサ……!」
「アニモ……?本当に大丈夫なの?やっぱり魔法が負担になっていたの?だったらすぐに宿で休みま──」
「ア、あア。ア゛…………!ヴ……!」
「アニモ!?」《アニモ様!?》
その瞬間、獣のような呻き声と共に、闇葬の英雄の理性が吹っ飛んだ。
そんな、星空瞬く長閑なユース中心街郊外の夜のことだった。
英雄に異変が……!?