2話『覚醒への引鉄』
ここは、墓場か揺り籠か
ジールがこれほどまでに鼻息荒く高揚していることが今まであっただろうか?
青白いその光の玉は縦横無尽に部屋を飛び回る。
その様子に鬱陶しさを感じながらも、シェリーは先ほどの彼の一言の意味を再び問うのだった。
「闇葬の勇者が眠る場所って……どういうこと?」
《ふっふっふっ!実際に見られたほうがよろしいかと!さあ早く起き上がられよ!》
「なんか……そのテンションついてけないんだけど……」
目が覚めた直後のシェリーにとって、チカチカ盛り上がるジールのそのノリは順応しきれないようだが、彼のその言葉通り腰を上げることにした。
ジールが導くままに部屋の奥に進む。
一部崩落した天井から差し込む光は少し茜色で、その光の先を見上げると夕闇が顔を覗かせていた。
「あの意味が分からない、積み石の広場の下にこんな隠し部屋があったなんて」
《姫様の地団駄のおかげですな!》
「……もー!」
《しかし私たちの他に、あの場に観光客や研究家がいなくて良かった!史跡を破壊した件でも隠し部屋を発見した件でも騒がれてしまいますからな!》
「わたくしが犯人!?バレないように早いところ見るもの見て立ち去りましょ!!」
シェリーが部屋のある地点まで足を進めると、彼女の前に突然足元に丸い光が等間隔で出現した。
まるで『こちらにおいで』と誘われているかのように。
その光に導かれたシェリーは、そちらへ歩き出すことに何の躊躇いもなかった。
「凄い……!こんな技術があるなんて」
《驚くのはここからですぞ》
光の道標を辿ると、固く閉ざされた大きな鉄の両開きの扉の前に来た。
床にある丸い光はそこで途切れている、どうやら目的地に着いたようだ。
「意外と近かったわね?もっと入り組んだ迷路があるのかと身構えてたわ」
《言うのであれば地上にある“特にこれといった珍しさのない史跡群”が迷路のような役割を果たしているのでしょう。さあさあ、早く扉をお開けになってください!》
「え……こんな重そうな扉開けるの?あなたが開けなさいよ、さっき開けたんでしょ?」
《……ならいっせーので一緒に開けましょう!行きますぞ!いっせーの!》
無言を挟んだジールは、両開きの扉の右側を押す素振りを見せた。
そして、それを見たシェリーも渋々扉を押す。
「しょうがないわね……。いっせーの!────ってあなた全く動かしてないじゃない!ってあらァッ!?」
自分が力を入れた途端にサボり始めたジールを注意したシェリーは、勢い余って扉の向こうの部屋に滑り込んでしまった。
痛みに悶えながらもなんとか起きると、その痛みを忘れさせるほどの光景が目の前に広がっていた。
「痛ったた……。────って、な、なに……これ……!?」
《“これ”扱いはいくら姫様でも無礼ですぞ。今私たちが前にするのは、ユースが始まりと終わりの街、そして伝承と御伽噺の街と呼ばれる理由そのものです》
埃1つない清浄なるその場所には、こじんまりとしつつも厳かな祭壇があった。そして、そこにはたった1つのとても大きな棺が祀られていたのだった。
「本当に……本当に実在していたと言うの?この地で眠っていたと言うの?かの名高き、そして名無しの闇葬の英雄が」
まるで、そこだけ時間が止まっているかのように。
音もなく、ただ静かで、一瞬が永遠のように感じてしまえそうなほどで。
魅入られるようにその棺へと歩みを進めるシェリーは、我に帰るとその棺に刻まれた文字を唱えるのだった。
「『世界に葬られし我らが英雄“アニモ・ミラリウス・フェリノーリア”、ここに眠る』……!?────世界に葬られし……英雄……。闇葬の英雄の名前ってもしかして」
《現在、我々が息をするように使っている挨拶、【アニモの加護があらんことを】と【ミラリウス・フェリノーリア】。まさかそれらが同一の人物の名前で、しかも闇葬の英雄のものだったなんて知ったら世界は揺れに揺れるでしょうな》
「で、でもここで眠っている方は本当に闇葬の英雄なの?フェイクの類ではなくて?こんなの見せられたら信用できないほうがおかしいけれど、もう1つ決め手が欲しいわ」
目を疑う事実ばかりが目前にあるせいで、いつにも増して証拠を求めてしまうシェリー。
呼吸は荒ぶり、胸の高鳴りは瞳にも現れ、碧眼は大きく揺れるのだった。
《なら、この棺を開けてみますかな?ほほっ、冗談です。ここら一帯をもう少》
「────そうね!開けちゃいましょ!!」
《そうそう、開けて────って何をする!?》
思い立ったら何とやら。
ジールが冗談を冗談と言い終える間に彼女は、祭壇にある棺をこじ開けようとしていた。
《こっんのバカ姫はなっんでいっつもいっつも私の話を最後まで聞かなんだ!ってあァ!?》
ジールの制止も虚しく、強引に棺は開けられてしまった。
すると、瞬く間に中から冷たい白い煙が溢れ、シェリーは思わず咳き込むのだった。
「ごほっ、ごほっ!って冷た!けど意外と簡単に開いたわ!さあ、動かぬ証拠はあるのかしら……?あら、良い匂い」
鼻をかすめたのは死臭ではなく複雑ながらも多幸感の得られる花香だった。
棺の中から溢れる煙が薄れ、次第に視界が明瞭になってくると、その香りの答え合わせができた。
棺の中に夥しい数の花々が敷き詰められていたからだ。
どれもこれもシェリーが今まで見たことのない花ばかりで、それだけでも彼女とジールは目を皿にせざるを得なかった。
だが、本題はそれではなかった。
「ってきゃぁっ!!」
《顔……!?そんなことがあり得るのか!?》
花々で隙間ないその大きな棺に、1つ異質な何かがあった。
男の顔が、白骨化されてるわけでもミイラのように乾燥されてるわけでもなくそこにあったのだ。
とても安らかそうに眠っているその顔は、花に身体が埋もれて生首のようになっている。
《私の記憶が正しければ、ここに敷き詰められた花の殆どが絶滅種や古来より姿を変えていない、所謂生きている化石と呼ばれるものです。そして……》
「そして、この棺桶の主。骨にもなってないしミイラになってるわけでもない、腐ってることもない。本当にただ眠っているみたいにここにいるわね」
《遺体の原型をとどめる、維持や固定の魔法でしょうかな?にしても高度だ、ここまで美しい状態で保存できるなんて。それに、数日この水準で保存するだけでも至難の業なのに、この花々や史跡のこと考える限り数日どころの話ではない。ですが……闇葬の英雄、はたまたその仲間たちならばそれは可能なのでは?》
「死人に口なしとは言うけれど、目の前にあるものを見せられちゃったら信じないわけにはいかないわ」
頬につたう冷や汗を拭う余裕もなく、棺に横たわる男を眼下に望む。
伝説や神話の世界の存在が今目の前にいる事実はシェリーを大いに興奮の渦へと誘うが、同時に畏怖の念が身体中の神経という神経を縛るのだった。
「本当に、まさか存在していただなんて。あなたが、あなたこそがこの世界の真理にして闇に葬られしお方なのね。ずっと、ずっとあなたに会いたかった。アニモ・ミラリウス・フェリノーリア」
《頑固な姫様もやっとお認めになりましたか。────さてと、生きているわけでもありますまい。少し調べさせていただきましょう》
「そうね。……お身体、少し触りますね」
了承なんて無意味、そんなことは百も承知。
しかし、無言で死人を躙るような真似は絶対にない。
手を合わせ、祈りを捧げ、かつての救世の英雄──決定的な証拠は出揃っているが、一応まだ100%そう決まったわけではない──の身体を露わにするため、花をかき分けよう。
────そう思っていた時だった。
『あー、あー、テストテスト。うん、大丈夫そうだ。えー、この音声はアニモの棺を開けし者へ向けられたものです。トリガーはこの棺を開けること、そして“彼”の名前を呼ぶこと。これを聴いてる君の時代は、一体何が流行っているのかな?』
「え!?な、なんなの!?」
《声!?……一体何処から?》
部屋に響き渡らせるように、あるいは脳内に直接語りかけるように。
室内の何処からか、得体の知れない誰かの声がしたのだった。
若い男らしきその声。
それが自分たちのものではないことは確かめるまでもなかった。
『今、僕がいる時代は陽暦1407年!そこに眠る我らのアニモが世界の敵になってしまった年。救世の英雄がいつ目覚めるか分からない夢の旅を始めた年さ。どうだい、綺麗な顔しているかい?良い夢見れてそうかい?』
「ちょっと!わたくしたちの質問に答えないでペラペラお喋りを続けるの酷くない?ちゃんと人の話を聞いてください!」
『おっとっと余談が過ぎたか。んー、そろそろお喋りな人はガミガミ言ってくる頃合いかな?ちなみにこの音声は録音だから一切の文句が受け付けられませーん!僕の独演会でーす!』
「んなっ!?」
《見事に見抜かれてますな……》
顔こそ見えないが、得意げに舌を回らせる様子が容易に想像できてしまう正体不明のその声に、シェリーは手玉に取られるのだった。
『さてと、ここから先はちょっと真面目なお話だ。訳あって僕らの時代は、アニモにとってとても生き辛い世界になってしまった。世界の共通の敵を倒し、名実ともに最強にならざるを得なかった彼は、怯えた臆病なる世界に迫害される寸前になった。だから……とても一朝一夕で変えられるとは思えないその光景を前に、僕らはある決意をしたんだ』
おちゃらけた声色は何処へやら。
急に冷気が吹いたような真面目さに、何やら不穏さを感じたシェリーらは閉口したまま“彼”の声を待つのだった。
『彼を、アニモをいつか訪れる自由な世界に送り届けようってね。生きている間に僕らが世界を変えられれば、それに越したことはないんだけど。でも、この音声が未来の僕の知らない何処かの誰かに届いているってことは、きっと叶わなかったんだろうなあ』
「……今も大して平和とは言えないけど」
《それでもこの方たちのいた時代よりかは遥かにマシなのでしょう。いや、この方たちがマシにしたと言うべきか》
世界各地に存在する闇葬の英雄の伝承。
しかし、それらは何処か抽象的で疎らに点在しているだけに留まっている。
そもそも、“闇葬”という意味自体が思い返せば不穏で、英雄アニモを闇に葬ろうとした何かがいたことを裏付けているのも忘れてはならない。
それらが進行形だった激動、動乱の時代。
様々な艱難辛苦が襲いかかってきたことは想像に難くない。
『そろそろ時間が迫ってるから話をまとめないとね。今これを聞いてくれてる君へ、僕らが願うことはただ1つなんだ。僕らのアニモに、何も背負わなくて良くなったアニモに、素敵な世界を見せてあげてほしいんだ』
「はい……?もう亡くなられているのに見せるも何もないんじゃない?」
『多分、死んでるんだから見せられるわけないでしょ?みたいな反応なのかな。実はね、アニモは死んでないんだ』
「はい……!?」《何ですと……!?》
『生物の超低温保存。僕が持つ魔法の中で、神への領域に達する可能性のある唯一の魔法さ。きちんとした手法で起こせば、記憶や身体が当時の状態で目覚めることができる。無理矢理棺をこじ開けたりとかはしてないよね?ちゃんと棺に刻まれてある注意書きに倣って、横にあるボタンを押して開けたよね?これやらかすととんでもないことになるかもしれないからね?』
「────!?」
シェリーの顔が見る見るうちに青くなる。
自分がした行動を振り返っても、棺を開けたその時にボタンを押した記憶なんて存在せず、無理矢理棺をこじ開けた記憶しか存在しないからだ。
恐る恐る棺の横に目を向けると、そこに確かに凸があった。これがボタンなのだろう。
そして、棺の割と目立つところに、ボタンを押す注意書きが刻まれてあったことも、シェリーはたった今気づいたのだった。
「じ、ジール……?わたくし、ボタン押して開けてましたよね……?」
《思いっきり……無理矢理こじ開けてましたな》
ガチガチの首を軋ませて、隣でぼんやりと身体を青く光らせる精霊ジールにシェリーは記憶にない記憶を訊ねたが、返ってきた答えは当然のものだった。
とんでもねえヒューマンエラー