非常識な世界で
誰が決めた常識
ハンソンの泊まっているロウベルグの宿屋まで飛んで来た元気とアイリスとロマ。現在はハンソンの部屋の前で息を潜めている。なぜ待機して居るのかも、息を潜めているのかも解らない元気とロマ。そんな二人はアイリスの指示待ち中だ。
ミリャナは、「一緒に行っても何も出来ないから……」とログハウスでお留守番している。元気的には一緒に来て欲しかったが、アイリスに急かされ、仕方なく承諾した。
「ロマ……。覚悟は良いわね?」
「は、はい!」
ドアの前でアイリスがロマに最終確認を行う。二人とも真剣な面持ちだ。
それも当然。ハンソンに文句を言った所でその先どうなるかが解らない。上手く行けば万々歳だが上手く行かなければ、ロマは失恋した挙げ句、宿無し無職になってしまう。人生のターニングポイントとも言える大事な場面なのだ。
「覚悟は出来ているようね……。じゃ、行ってらっしゃい!」
「え!?ひえぇ!…………」
一瞬の出来事だった。
アイリスがハンソンの泊まっている部屋のドアを素早く開けると、襟首を掴みロマを部屋の中へと投げ入れてしまった。
「よし、任務完了!……帰りましょうか」
「え!?ア、アイリス!皆で話をするんじゃ無いのか?」
ロマを部屋に投げ入れ、満足そうなアイリス。そんなアイリスに驚く元気。アイリスはそんな元気にキョトンとして見せる。
「え?何でですか?ここまでやってあげて、上手く行かないならそれまででしょう?」
「そ、それは……そうだけど……。いきなり投げ入れるとか……酷く無いか?」
「はぁ……。お子ちゃまはこれだから……。扉に聞き耳を立てれば、どうなるか解りますよ……」
アイリスにそう言われ、扉に耳を当て部屋の中の様子を伺う元気。アイリスはその様子に呆れながらも、少しご満悦な様子。元気の情け無い姿が大好きなアイリスだ。
「…………帰ろうか……アイリス」
「……もう良いんですか?……最後まで聞かなくて?」
少し気まずそうな元気の様子に、ニヤニヤするアイリス。そんなアイリスの様子に更に気恥ずかしくなる元気。
「……だ、大丈夫……」
「あ、何なら私……暫く下に……」
「いや!良いから帰ろう……まったく」
「フフフ……。じゃ、帰りましょう!」
元気とアイリスはロマを残したまま、ログハウスへと戻り。寝る準備をしていたミリャナに事の顛末を聞かせた。
「そう……。上手く行ったのね……」
「う、うん……」
ロマとハンソン。上手く行ったのは良いが、複雑そうなミリャナ。同じく元気も複雑な様子だ。
「はぁ……。お姉ちゃん……不服そうだけどさ……。恋愛に綺麗も汚いも無いのよ?もしかして綺麗なまま二人で一緒に暮らしました~パチパチパチ~ってのを期待してたの?」
「そ、そう言う訳じゃ無いけど……」
……と言ったミリャナだったが、正直言えば、もうちょっと素敵な終わり方になると思っていた。
元気も元気でそうだった。
部屋に投げ入れられ、ハンソンと二人っきりになったロマ。そんなロマとハンソンが心配で聞き耳を立てていた元気。しかし話は心配とは逆の方向へと進んだ。
最初は口喧嘩をしたいた二人だったが、けど……。だって……。でも……。と情け無い、いい訳をするハンソンにロマが、今まで抑えていた感情を爆発させ、ぶち切れて襲いかかった。
「ロ、ロマ!そ、そんな……。だ、駄目だよ俺には……何も……」
「何も無くても良いわよ!私がいれば良いでしょ!何か不満!……私よりもハーピーが良いの!?」
「そんな訳……。無いだろ……!俺がどれだけロマを大切に思って……ずっと我慢してたか……」
「我慢して……。死に掛けてたら意味が無いじゃ無い!……お馬鹿……」
「ゴメン……。ロマ……」
「次は……もう。追い掛けないから……」
「うん……。もう。絶対に離さない……。ロマ……」
宿屋の扉越しに、二人の会話をここまで聞いて、チュッチュと生々しい音がし始めたので、元気はギブアップしたのだった。
オジさんと少女。ミリャナは勿論、元気にも信じられない組み合わせ。そしてその先の好意を越えた行為に及んだ二人に、元気とミリャナは嫌悪感を感じてしまうのだ。
「……死んだら終わり」
元気の膝の上でそう呟くアイリスに元気とミリャナはハッとする。
「はぁ……。旦那様?疲れたので帰ります……。飛ばして下さい!」
「あ、うん!……今日はありがとう!」
「いえいえ。お小遣い忘れないで下さいね!」
「あぁ!勿論!」
膝から飛び降りニコリとするアイリス。そんなアイリスに小銀貨一枚を握らせて家へと送ろうとした時だった。
「アイリス……。今日は遅いから……泊まって行ったら?」
「……嫌よ。明日も学校だもの……」
「そう……」
アイリスを見て少し不安そうなミリャナ。元気もその気持ちが解る。猟奇的で元気なアイリスだが、ちっちゃなお胸に抱えた心の闇は、誰よりも深い。ほったらかしていたら、フッと消えてしまいそうな、そんな危うさがあるのだ。
「はぁ……。人の心配よりお姉ちゃんは自分の心配をしたら?このままじゃ、旦那様ハーピーとするわよ?」
「え!?」
アイリスの急な発言に、ミリャナが椅子を倒す程に驚いて立ち上がり元気を見る。アイリスの発言にも驚く元気だが、それ以上に驚くミリャナに元気はビックリした。
「いや!しないしない!驚き過ぎだってミリャナ!」
「あ!……ご、ごめんなさい……」
「まぁ、ハーピーとずる前に私に言って下さいね!……いつでも相手をしますから!」
謝るミリャナを横目に、アイリスが元気に向かって挑発的に微笑む。
「ア、アイリス!」
「はぁ……。旦那様送って下さい。今度は私と旅行しましょうね!」
そう言ってミリャナにあっかんべーするアイリスを、喧嘩に発展する前にアルカンハイトへと元気は送り飛ばした。
一気に静まり返るコンテナハウス。二人きりになり何だか気まずい。ハンソンとロマの話をしようにも行き着く先は、そう言う話。アイリス話をしようにも、やはり行き着く話はハーピーとするかしないかの話。エロい話に耐性が無さ過ぎて何を話して良いのか解らない。
「そ、そろそろ……寝ようかな……。明日……山越えだし……」
「そ、そうだね……」
寝る準備を整え、イソイソとベッドに入る二人。電気を消していざ就寝だ。
日本の社会での常識。未成年と成人男性のお付き合いは犯罪。そんな常識が根深くあった元気。しかしアイリスの放った一言。『死んだら終わり』その言葉が元気の心に深く刺さった。
命を掛けて旅をし、愛を求めた少女ロマ。彼女の愛は不誠実で卑しい物なのか?その愛をれを受け入れた男ハンソン。彼は少女を愛してしまった気持ち悪い犯罪者なのか?考えた所で元気には答えは解らない。
しかし、本気な彼女達に対して、少しの嫌悪感を抱いてしまった潔癖な自分に対して、嫌悪感を感じてしまう元気なのだった。
そしてミリャナもミリャナで、ロマを子供扱いし、彼女の意志を蔑ろにし、子供と決めつけ断定した自分がとても情け無かった。
悶々としながら夜を過ごす二人。そんな二人が寝付いたのは空が白み始めた朝方だった。
「ごめんくださ~い!」
コンテナハウスへの来客で目が覚める二人。二人は急いで飛び起き扉を開ける。声の主はハンソンとロマ。朝からニッコニコだ。
「あ……すいません……寝起きでしたか……」
ハンソンの前に立ち、寝起きの元気達を見て申し訳無さそうにするロマ。ハンソンも所在無さ気立っている。
「あ、いや……いいんだ……。それで……二人で……どうしたの?」
「あ、その……。お二人にお礼を言いに来たんだ……。それに……報告をしようと思って……」
「報告?」
ハンソンに聞き返すミリャナに、ロマが笑顔で元気良く答える。
「フフフ……。私達……アルカンハイトに行って……結婚するんです!」
「「け!結婚!?」」
ロマの返答に驚く元気とミリャナ。
「ほら、ロマ……これが普通の反応なんだ……もうちょっと考えてから……」
「ハンソン様!人の反応何て関係無いでしょ!それに、後にも先にもどうせ、私以外結婚してくれそうな人いないでしょう?お金も意気地も色気も無しで、どうするんですか?」
「あ……う……。それは……」
「アルカンハイトで一人でやって行きますか?お金稼ぎも生活も一人で全部出来ますか?」
「あ……いや……」
「……それとも……。ハーピーにまた……食われますか?」
「そ、それはもう言わないでくれよロマ……」
ズイズイと少女ロマに詰められる中年のオジさんハンソン。元気とミリャナはそれを見ていて心が痛くなる。いい訳を出来ないハンソンが涙目なのだ。
「ハンソン様には私がいないと駄目なのです!……と言う訳で結婚します!」
解りやす過ぎる理由に、元気とミリャナは何も言えない。ハンソンも何も言えない様子だ。
「……ロマ。一つだけ……聞いてもいい?」
「はい!奥様!何なりと!」
「お、奥様……」
ロマに奥様と言われ戸惑うミリャナ。だがすぐに真剣な眼差しに戻る。ロマにしっかりと確認したい事がミリャナにはあった。
「ロマ……。アナタのそれは……その……本当に愛情なの?その……親子としてでは無くて……男女としての……」
ミリャナの発言にキョトンとするロマ。ハンソンはミリャナの言っている意味を理解し俯き、元気はその様子を見守る。
「どうなんでしょう?愛とか恋とかはあまり解りませんけど……。もう、他の女には渡しません……ハンソン様は私の物です……次、浮気したらハンソン様を殺して、私も死にます……」
「そう……」
ニコリと答えるロマに心のモヤモヤが消える
ミリャナ。姿形はどうあれロマは本気なのだ。
「う、浮気って……あれはモンスター……」
「もっと駄目でしょうが!」
「す、すまない……」
「謝る位なら!しないで下さい!」
その後も暫くイチャついていた二人は、アイリスにもよろしくお伝え下さい。と言ってロウベルグへと帰って行った。
「……ミリャナにしては、何か意地悪な質問だったね……」
「そう?……大事じゃない……好きの形って……。とても大事だと思う……。それに本気かどうかも……」
ミリャナはそう言うと先にログハウスの中へと戻る。元気も後に続いて中に入る。そして朝食の準備を始めた。
朝食の準備が終わり。黙々と食事をする二人。ロマとハンソンの事には納得した様子のミリャナだったが、まだ何かある様子で心ここにあらずだ。
「……ミリャナ……どうしたの?」
「え!……えっと……美味しいわ!」
「そ、そう?……ありがとう……」
ハムエッグを頬張りニコリとするミリャナ。何かを考えている時の解りやすい反応だが、何を考えているかは元気には解らない。
元気がミリャナのモグモグタイムを眺めていると、ミリャナが不意に手の動きを止めた。
「げ、元ちゃん……。言っとくけど……その……」
ハムエッグをこれでもかと睨みつけ、真剣な表情をするミリャナ。今日の気分は塩じゃ無くて醤油だったかな?と元気は不安になる。
「……ハ、ハーピーと……その……エッチな事したら……ゆ、許さないからね!」
「え!?しないって!……え!?さっきから黙ってたのそれが理由!?」
耳まで真っ赤になるミリャナ。そんなミリャナに驚き笑ってしまう元気。
「わ、笑わないでよ元ちゃん!……言葉でちゃんと言っておきたかったの……。気持ちを言葉にしておきたかったの!」
「そっか……。フフフ。ありがとう!でも心配しなくても大丈夫!何でも最初はミリャナとって決めてるから!」
元気の返答を聞いて、手にしたフォークで目玉焼きの目玉をイジイジとほじくり返すミリャナ。
「そ、そう……。うん。……その……ちゃんと……色々と考えてるから……その……色々と……うん……ちゃんと……」
恥ずかしそうなミリャナの姿を見て、急激に恥ずかしさボルテージが上がる元気。
「あ、うん……あ、うん……そう……。その……うん……ありがとう……」
初体験はミリャナとするからね。と宣言した元気。そんな元気の求愛に答えるミリャナ。肝心な所はごにょごにょと濁して言葉にしない残念な二人。
そんなクソ温い空気の中で朝食を終えた元気達は、山越えを行う為にログハウスを畳み山へ踏み入るのであった。
人間は一体何処からが一固体の人間として認められる時期なのでしょうね?
二十歳から?それも大人が決めたルールでは?
子供は大人が決めた常識の中で生きるのが当たり前?
次回は山越えです!
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