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入学してすぐに噂は広がった。私が廊下を走って転けるたびに、眉を顰めるならまだしも扇子の奥で嘲笑いを隠す生徒たち。噂通りだとの声に内心にやりと笑う。
しかも庶民のするような嫌がらせが頻繁に行われた。物隠しに破損、さらには足を引っ掛けたり、授業の教室を教えなかったり。
いくらでもすればいい。私の"花"がそれらを記録し、私の敵か味方か見分けてくれるのだから。ヘラヘラ笑いながら人を観察する中で、手紙の呼び出しをもらった。
「いらっしゃいませ。ブラン公爵令嬢様」
「こちらこそ遅れてごめんなさいね。サラットス伯爵令嬢。私はアイシャよ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いいたします。私はシャーロットちゃんとお呼びください」
見事なカーテシーに一瞬見とれてしまった。私は頭を振り、馬鹿なふりを続けようとした。
「シャーロットちゃんね。よろしく・・・・・・」
「なぜ愚か者のふりをするのでしょうか」
手に握った扇子にピクリと力が入る。
「なんのこと? 私、わかんないわ」
「そうね。魔導具使いますわ」
止めるまもなく鞄から魔導具を取り出して机に置く。置かれたものを見て、私は頬がヒクリとした。
音無しの器。一定距離、結界内の声は誰にも聞こえなくなる魔道具。
そうだ。彼女は第一王子の婚約者だ。第一王子から空気のように扱われているらしいけれども。
「隠せてませんわよ。わざと崩してますでしょう? 世間知らずっぽく見せかけていても、扇子の奥でこちらを観察しているのは丸わかりでしたわ」
「なんてこと」
「私しか気づいてないかもしれませんが。ねえ、ひどい噂もあり、手も出されてますのになぜわざと放置してますの」
彼女のまっすぐした視線から私は目を逸らした。頬が燃えるほど熱くなる。自信を持ってたというのに見破る人がいるなんて面白いけれどもそれ以上に恥ずかしさがせり上がってきた。
「ほっといてくださいな」
「見てられないのですもの」
ハの字にたれた眉は困りきっているようでなんともかわいらしい。そこからは散々だった。何度も繰り返し大丈夫と伝えるが、首を傾げて本気で心配してくる。
私は苦笑いした。
やがて彼女は助けたい一心に声をかけたらしいことが間違いだと途中で気づいたらしい。話した末に俯きながらポツリと言った。
「だめですわ、私。尊敬する王妃様のように困っている方へ手を伸ばせるものになりたいのに、押しかけになって迷惑かけてしまいましたわ」
「傲慢ね」
私はにやりと笑う。
「でも素晴らしいわ。私には必要なかっただけよ。"失敗は成功の道を歩むためのもの"ってお祖父様はよく言ってたのよ」
彼女は素敵な言葉ですねと微笑み、ではカーテシーを決めて去っていった。
王太子妃として素晴らしい姿だ。私の擬態も見破るなど、よく観察している。しかも、私がそれを隠したがっていることも分かったうえで側付きをドアの外へ控えさせた上で魔道具を使うなんて、王太子にはもったいない。
あの王太子は私の容姿に食指を動かしたのか、何度も色のある誘いをかけてくる。バカならいいかとでも思っているに違いない。
その度にのらりくらりとしていたら王妃様に呼び出されてしまった。