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1,1年半前まで一緒だった奴

 波は穏やかで、焼くような日差しが照りつけながら、船はゆっくりと目的地の島まで向かっている。僕は甲板で揺られながら眼前の島を見ながら呆けている。埋め尽くすような緑と点々とした白で出来たあの島の姿を久しぶりに見た。最後に見たのは1年半は前だろう。

 大学に入ってから初めての里帰り。2年の夏の今日までその島の面影すら見なかった。もっと早いうちに帰っても良かったのかもしれないが、なかなかその気になれなかった、というよりは戻りたくなかった。

 そもそも僕はこの島に過ごす事に辟易したから外に出たのだ。それなのになぜ戻る必要があるのか、そう思うとなかなかふるさとに足を運べなかったのだ。

 島について、何をしよう。あそこは東京のような娯楽と喧騒に溢れた場所じゃない。待っているのは静寂と、波の音と、あとは飽きるほどの緑だけだ。多くの人にとっての何も無い島の典型例みたいな場所である。

 純粋無垢な子供のときなら、ヘトヘトになるまで森の中を駆け回り、服をビシャビシャに濡らして海を楽しんだりしていたが、今はそんなことする気にはなれない。

 友人との悪ノリならあるいは、とも思ったが、自分の知る限りの友人とはもう連絡も取っていない。島に残った同級生とたまたま会えるかどうかというところだろう。

 せいぜい親に顔を見せてのんびり過ごすことくらいだろう。物事に意味を考えすぎるのも良くない。休むためだ。そう思いながら船に揺られていると、いつの間にか島は目の前まで迫っていた。

 船は港に着き、僅かな乗客が降りていく。観光か、あるいは休養だろうか。変化がないなら、この島にも宿はひとつあったはずだ。こんな何も無い島に来る人などいないと小さい頃はよく思っていたが、少なくとも島を出るまでは経営できていたのだから、どうやら成り立っているらしい。

 島に足が着く。さざ波の音、鳥の鳴き声、海の香り。どれもこれも懐かしさがある。 だがやはりここは大学のある都内とは違う。人や車や広告の音が全くと言っていいほど無い。たった1年半だが随分と都会慣れしてしまったらしく、自然の音しか聞こえないのが少し不気味にさえ思えた。

 足元を注意しながら船を降り、スーツケースを引っ張って行こうとしたその時――  

 「やあ、久しぶり」

 さざ波を突き抜けるような声が真正面から聞こえる。その声を聞いて思わず顔を上げる。

「偶然だね、まさか里帰りのタイミングが同じなんて」

 涼しげな笑顔が目に映る。偶然、とか言っているが、その笑顔は一ミリも驚いてないまっさらなものだった

 碧野七海。僕の同級生。斜向かいの家に住んでいた、小学校の頃から付き合いのある子だ。こんな島だから大体の人間の顔くらいはお互いに覚えているものだが、七海とは遊ぶ機会も多く、高校卒業まで数少ない僕と話してくれた友人だ。

 その姿は最後に見た時と対して変わらない。白いTシャツに黒のパンツ――それだけのシンプルな服装だが、あどけなさの残る端正な顔に低く1つにまとめた髪、そして黒パンツが彼女の足の長さを引き立たせ、着飾ることなくその魅力を引き出している。

 サイダーのCMでも見ているような、夏のさわやかさの権化が、そこにあった。 

「誰から聞いたの?」 

「君の親。昨日会った時に機嫌よさそうだったから聞いたんだよ」

 ため息がこぼれる。だれこれ構わずなんでも話すのは母の悪癖だ。島を出てしばらく経ったが所詮は1年。そうやすやすと変わるわけも無いだろう。そういう意味では少し安堵した。

 とにかく里帰り用に持ってきた荷物をどうにかしたい。そう思い、港を後にする。数歩後から軽い足音が聞こえる。振り返るとニマニマとしながら着いてきている

「それで、何か用?」

 小学校から高校まで同じとはいえ、大学は別々で1年半は会っていないしまともに連絡も取っていない。なのにわざわざ待ち伏せる様に港にいたのだ。

 何かあるに違いない、欲を言えば親に顔を見せるだけの里帰りにしたくないから何かあって欲しい。せっかくこんな島まで来たのだから、たとえ楽しい出来事でなくとも大学の友人に土産話として持って行ける出来事が起こって欲しい。内心そんな思いをしながら聞くが、

「……?何もないけど……なんで?」

 予想はついていた。本当に会いに来ただけなのだ。先程までの思考が無意味なのを痛感した。

「じゃあなんでわざわざ港まで来たんだよ……」

 そう聞くと、しばらく俯いてしまった。

 何気ない一言のつもりだったのだか、良くない言い方をしてしまったのだろうか。咄嗟に謝ろうと振り向いた直後に彼女は口を開く。

「久しぶりに会いたくなっちゃって……」

 そのはにかんだような笑顔を見て、思わず心臓が高鳴る。ただ、会いに来た。会いたくなった。そんな理由は相当に好意を寄せている人にしか使わないものだろう。嫌いな人にわざわざ顔を見せる物好きなんて少ないはず。

  彼女はもしかすると、僕に特別な感情を抱いているのか?それとも誰にでも言っているのを自分が思い上がっているだけなのか?でも、もしそうならなんでその言葉が咄嗟に出てこなかったんだ?

 ただ、どんな結論であれ下手な反応をすれば気持ち悪がられてしまうかもしれない。僕はすぐに前を向いて歩き続ける。

「……嫌だった?」

 そんなことない、そう言うために振り返る。

 僕の目に再び映った彼女の笑顔を見て湧き出た感情は、燃えるような情熱でも、貫くような恋心でも、透き通るような感嘆でもなく、

 駆られるような不安だった。

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