4 フェムガー説
「あら?笹川君、今日は遅かったわね?」
「・・ちょっと、教室の掃除に時間がかかりまして・・はぁ~~・・」
笹川が陰謀論同好会にやって来た際、読子は言葉をかけたが、笹川の返答は少なく暗い表情をしていた
「ん?どうかしたのかしら?」
笹川から漂う憂鬱な空気を感じ、読子は声をかける
「・・くっ!今の時代は間違っています!」
「えっ!?どうしたのいきなり!?」
読子は笹川が突然激昂し、大声で叫び出すのを見て驚きを隠せなかった
「いったい何かあったの笹川君?良かったら私に話してみてください」
「ううっ・・日影先輩・・実は・・」
笹川は読子の優しい言葉に心が落ち着き、涙目になりながら話し始める
「掃除の時間、リア充ギャル女共がくっちゃべるばかりで、全く掃除をしてなかったんですよ・・」
「それを笹川君が注意したと・・」
「はっ?3次元女に自分から声をかけるなんて、俺がするわけないじゃないですか」
笹川のヤレヤレといった感じで軽く肩をすくめる態度に話を聞いてあげようとしていた読子は少しムッとなってしまう
「・・それなら笹川君が落ち込んでいた原因はなんなのですか?」
「クラス委員長がそのギャル女共に注意したんですよ・・そしたら、ギャル女共が『掃除しなくても十分キレイじゃん』『やりたい人だけで掃除すれば良い』って委員長に言い出して、それに委員長が『掃除の時間に掃除をするのは常識よ、さっさと掃除をしなさい』って反論したら・・」
「そこから言い争いになったと言うわけですね」
「・・はい」
人が自分の考えや主張を脅かされると攻撃的になることを知っている読子はその後の展開を容易に想像出来た
「もう委員長もギャル女共もギャーギャーと喚き散らすような言い争いを始めて・・俺は掃除を終わらせて、早くゲームやりたいのに、言い争いのせいでまったく掃除が終わらなくて・・それで思わず・・」
そこで笹川は大きく息をはく
「女なんだから黙って掃除しろよなって・・呟いちゃって・・」
「あらら」
「そしたら、言い争いをしていたはずの委員長とギャル女ともに聞かれたみたいで・・」
「繊細な感覚器官を持っている女性には小さな呟き声でも聞き取られてしまいますからね」
女性が男性よりも繊細な感覚器官を持っており、女性の視力は男性よりも鋭く、聴力も高いという事は科学的にも実証されていた
「もう、そこからは地獄でしたよ・・『今のセリフって男女差別だよね』『このフェミニストの時代に笹川君のその発言は問題ですよ!』『ホントホント!男女差別発言するとかキモッ!マジ最低!』って言い争いをしていたはずの委員長とギャル女共に囲まれて、散々に罵られました・・」
「男女差別発言はともかくとして・・それは笹川君にとっては、災難でしたね」
笹川が内向的な性格であることを考えると女子からの罵りは彼にとって非常につらいものだったのだろうと読子は哀れみの表情を浮かべる
「ぐっ・・!なんなんですかフェミニストって!!?」
「ん?フェミニストとは、男女の社会的・政治的・経済的な平等を求める人々のことを指しますね」
話した事で当時の怒りを思い出してしまった笹川の怒鳴るような言葉にも読子は動じる事なく冷静にフェミニストとは何かの返答する
「いや、それがおかしいんですよ!今でも生意気で自分勝手な3次元女にそんな事言ったら、さらに図に乗るに決まっているじゃないですか!」
女性からの軽蔑的な態度に憤りを感じた笹川は、その反動でフェミニストに対しても怒りをぶつけていた
「こんな事を続けていたら、いずれ世界は3次元女に支配されてしまいますよ!」
怒りに取り憑かれたように笹川は自らのひざを打つ
「フェムガー説と同じ事を考えているんですね」
「えっ?フェムガー?・・なんですか、それ?」
読子の聞いた事のない言葉に一瞬怒りを忘れ、呆気にとられる笹川
「フェムガー説とは、1970年代にアメリカのフェミニスト活動家であるサリー・フェムガーによって提唱されたもので、女性は男性を必要としないという考えから、男性が女性に対して支配的な立場にある現代社会を変え、女性が男性を支配する必要があると主張したのです」
「なんて迷惑な主張を・・!」
「現在世界各国で行われているフェミニスト運動が女性の権利を求めるだけでなく、男性を社会的に弱体化させることで男性を支配する事を目的としているのではという陰謀論ですね」
「そ、そんな悪しき陰謀か!?今すぐにフェミニスト運動を阻止しないと男達は女の奴隷になってしまう!?」
笹川は自分の考えが正しかったのだと慌てふためいた様子を見せる
「落ち着いて下さい、これはあくまで陰謀論ですよ、それにフェムガー説は当時は一部のフェミニストたちから支持されていましたけど、結局はフェミニスト運動の主流派から批判され、現代のフェミニスト運動においては支持されていないと言われていますからね」
「ぐっ、そ、それなら他にフェミニスト運動に関する陰謀論はないんですか!」
「おやおや?今日は欲しがりさんですね〜ですか、フェミニスト関係の陰謀論に多いのはフェムガー説と同じで男性の力を弱める事で女性が支配者になるというものが多いのですか・・」
眉間に皺を寄せ、頭の中の引き出しから記憶を探していく
「・・そうですね、笹川君が求めているものとは別かもしれないのですか・・米国の実業家であるジョン・D・ロックフェラーが20世紀初頭にフェミニズム運動を支援したという陰謀論もあるんですよ」
「んっ?それのどこが陰謀論になるんですか?支援するのを隠す必要はないですよね?それじゃあ、陰謀論にならないんじゃ・・?」
「そうですね、確かに支援すること自体は隠す必要はないかもしれません、ただ、この陰謀論の主張はロックフェラーがフェミニズム運動を支援したのは女性の社会進出を進めることによって、税収を増やし、子供を学校や託児所に預けさせることでコントロールしやすくするためであったとされるのです」
「それってつまり支援したのは女性たちを自由にさせるためではなく、彼自身のビジネスの利益のためだったという事ですか?」
「そうです、ロックフェラーがフェミニズム運動を支援するために、慈善団体を通じて多額の資金を提供したという証拠があるわけではありませんが、彼が支援した慈善団体が女性の教育や労働市場参加を促進するプログラムを実施していた事は事実ではありますからね」
「フェミニズム運動は男女平等や女性の権利を守るための社会的な運動であり、経済的な利益追求の手段として扱っているとされると批判されてしまいますからね」
「だから支援した事を秘密にしていたって事ですか?」
「そうですね、ただこれを陰謀論とまで言われるほどのものかどうかは別の問題ですね」
富豪や政治家の行動が陰謀論と結びつけられてしまうのは、社会的な権力を有しているため、おこなう行動に社会的な影響力を持つことが多く、その影響力が陰謀論の根拠となってしまう事がある
「けど、そういう支援があったから、今ではフェミニストが当たり前だって言われるようになって・・女性に対して優しくしなければいけないとか、女性の意見を尊重しなければいけないとか・・もう俺の男としての自尊心はボロボロですよ」
笹川はがっかりした気持ちを表すように肩を落す
「でもね笹川君、女性も同じように自尊心を持っているのですよ」
「えっ?」
「男女差別を受けた女性は今の笹川君と同じように憤っているとは思いませんか?」
「そ、それは・・けど、男女差別なんて本当にあるんですか・・俺はクラスの女子が差別されている場面なんて想像出来ないんですけど・・」
「確かに男女差別は実は存在しておらず、女性は男性と同じように機会を持っているのに女性の方が男性に保護してもらうために決定権を放棄しているのだと主張する陰謀論もありますね」
「ほら!やっぱり男女差別なんて存在してないんじゃないですか!」
笹川は自分に都合の良い陰謀論を信じて、得意そうな顔をする
「けど、いつまでも男女差別が無くならないのは意図的に男女差別が行われているという陰謀論もあるんですよ」
「えっ?それって今までの話と全く逆じゃないですか!?」
「そうです、男性が女性よりも優位な立場にある社会を維持するために、女性の立場を弱くしようとして男女差別が行われていると主張するものですね」
「そんな事があるんですか?」
「宗教、歴史、多くの問題があり、女性の立場が確立される事に危惧を覚える国々は確かに存在していますからね」
世界で最も男女格差が大きい国はイスラム教法が支配的な国家であり、イスラム教の聖典であるコーランやハディースにおいて、男性が女性よりも優位な立場にあるとされている
例えば、コーランには男性が女性に対して指導的な立場にあることが求められるという記述があり、ハディースには女性が男性に服従することが求められるという記述があるのだ
「でもそれって他の国の話ですよね?」
「他の国の話ですか・・笹川君は織田信長の奥方の名前を知っていますか?」
「織田信長の奥さんって濃姫ですよね、もちろん知ってますよ、戦国ゲームではよく出てきますからね」
「ではなぜ濃姫という名なのでしょうか?」
「えっ?それは親がつけた名だからじゃ?」
「違いますよ、濃姫とは、『美濃からやって来た姫』くらいの意味で、俗称にしか過ぎないんですよ」
「あっ、そういえばゲームによっては帰蝶って名前の時がありましたね」
「胡蝶や帰蝶と記載された史料はあったそうですけど、どちらの史料も創作物であり、あまり信憑性はないでしょうね」
「そうなんですか?なら本名はなんて言うんですか?」
「それは・・分かっていないんですよ」
「えっ?」
「平安時代から江戸時代にかけての女性の名前が記録上に正確に出てくることは滅多になく、系図などで確認しても女性には名前の代わりに「女」と記載されているだけなのですよ」
「なんで記録を残していないんですか?」
「当時は男性中心の武家社会であり、女性の存在があまり重要視されていなかったからですね」
「けど、それって昔の事ですよね?」
「確かに明治時代に入ってから、女性の社会進出が進み、女性の名前も記録に残るようになりました・・しかし、日本では社会的な性差別がいまだに根強いと言えますね」
「えっ?そうなんですか?」
日本のフェミニスト運動は主に1960年代から1970年代にかけて、女性の地位向上を求める運動が盛んになりました
この時期には、女性の参政権獲得や男女同権の法律改正など、様々な女性解放運動が展開されていた
「女性の政治的参加は現在でも少なく、フェミニスト運動に対する理解が不足している日本のフェミニズムは世界的に見ても発展途上と言えるのでしょうね」
「それでもニュースでセクハラや痴漢で男が捕まったりしてるじゃないですか、それだけ女性も守られているって事じゃないんですか?」
「それは女性が男性に対して虐待や性的暴行などの被害を訴えることで、男性を犯罪者として社会的に非難して女性が男性に対して優位な立場を得ようとしているとは考えてはいないのかしら?」
「えっ!?いやいやさすがにそんな事は考えませんよ!」
「それらの事は女性の被害妄想として女性が男性に対して差別的な扱いを受けているという現実を否定し、女性が自己中心的な存在であるという偏見を増幅させる考えは笹川君にはないという事ですね」
「あるわけないじゃないですか!自分はそこまで最低な人間じゃないですよ!」
笹川は自分をそんな人間だと思われていることに怒りを感じたが、読子は安心した表情を見せていた
「先程話した陰謀論のようにフェミニスト運動には陰謀が隠されていると、現実に起こっている出来事や社会的な問題を無視して男女差別に苦しむ女性を貶めるものになってしまう事もあります」
「それは・・」
「何も考えずに自分の都合の良い陰謀論のみを受け入れていれば、真実を見失ってしまいます」
「・・・・」
優しく語りかける読子の言葉に自らの都合でフェミニスト運動は間違っていると考えてしまった笹川は何も言い返せなくなってしまう
「これは何も男女差別だけに言える事ではないんですよ、残念な事に自分達の利益のため、考えに反する人を排除しようと陰謀論を利用する人々はいますからね」
ナチスがユダヤ人が世界を支配しようとしているという陰謀論を唱え、ユダヤ人を敵視させ、ユダヤ人を「人類の癌」と呼び、彼らを根絶するためにホロコーストを実行したのはあまりに悲惨で有名な話である
「周囲の環境や自分との考え方の違いによって、人は無意識に差別的な行動をとってしまいます」
人は無意識にあるグループに対して特定のステレオタイプを持ってしまうことがある
例えば、ある地域出身の人に対して「その地域の人は頭が悪い」というステレオタイプを持ってしまうと、その地域出身の人に対して差別的な行動を取ってしまう可能性があるのだ
「無意識に行った差別に対して、それを肯定してくれる説があると人は自分に都合の良い説を信じようと自分自身を騙してしまうことがあると言われています」
人は自分自身を守るために無意識に様々な防衛機制を働かせるといわれている
その中には自分自身が差別的な行動をとったことに対して罪悪感を感じることがないように、それを肯定する説を信じようとする防衛機制があるとされている
「そうやって100ある説の内、自分の都合の良い説1つだけを信じ、残りの99の説はデタラメだと決めつけ、聞く耳すらももたすに否定してしまう事はとても愚かで恐ろしい事なんですよ」
偏った世界観にとらわれ、自分に都合の良い説は絶対に間違っていないと思い込み、その説を正当化できる理屈や事例だけを信じてしまう
その思考の行き着く先は世界そのものの否定になってしまう
「笹川君なら現実を理解するためにひとつの情報にとらわれる事なく、複雑な問題に対しても冷静に考えてくれると私は信じてますよ」
「・・はい、努力してみます・・」
笹川は頭を下げ、静かにつぶやいた
その姿に読子の前髪の隙間から見える瞳は優しさに満ちた色を浮かべていた
「それに・・人は自分の考えや信念を守りたいという欲求があります、そのため自分の考えが脅かされると攻撃的になることを笹川君は分かっていますよね」
「それは・・身に沁みて分かってます」
笹川は小さな不満から女子を差別するつぶやきをしてしまい、女子にボロクソに罵られた事を思い出し、顔を歪ませる
「もし、さっきの笹川君のようにフェミニスト運動は間違っているという意見が多くなって、対立するようになったらフェミニスト運動も過激な考えへと変わり、フェムガーのように男性を支配すべきだという考えが主流派になってしまうかもしれません」
「そ、それって・・」
「うふふっ・・もしかしたら将来、笹川君は私の奴隷になっているかもしれませんね」
先程までの優しげな瞳は意地悪なものへと変わっていた
「い、いや・・お、俺、今日からフェミニストになるんで大丈夫です!」
愛想笑いを浮かべた笹川は読子の前髪の隙間から覗く視線から逃れるようにあさっての方向に顔を向ける
「うふふっ、それは本当ですか?」
「ほ、本当ですよ!本当なんだからもういいじゃないですか!」
意地悪な笑みを浮かべた読子は笹川が向いた方向に移動して、笹川の顔を覗き込もうとすると笹川は今度は逆方向に顔を向けるのだった




