3 タイムトラベラー
「はぁ~」
笹川は疲れた様子で、陰謀論同好会に入るなり大きなため息をついた
「あら?今日はかなり疲れが見えますね」
「・・朝の抜き打ち持ち物検査でゲーム機が没収されたんです・・はぁ~~っ」
「それで今日は陰謀論同好会に来るのが遅かったというわけですか」
フラフラとした動きで椅子に腰を落とした笹川に読子は苦笑を向ける
「でもゲーム機は返却してもらったのですね」
「はい、反省文を10枚書いて、やっとゲーム機を返してもらえました」
放課後まで使って反省文を書き上げ、ようやく返してもらえたゲーム機を笹川は大事そうに鞄から取り出す
「けど、今時持ち物検査なんてやりますかね〜」
「来月に2年生の方で交換留学生が来るという話ですから、その前に学年の空気を引き締めておきたかったのではないでしょうか?」
「なんで迷惑な!それじゃあ俺のゲーム機が没収されたのはその交換留学生のせいって事じゃないですか!」
「いえ、没収されたのは持ち込みが禁止されているゲーム機を持ち込んだ笹川君の自業自得なのですか・・」
まだ来てもいない留学生に理不尽な怒りをぶつける笹川に対し、読子は冷静なツッコミを入れる
「まったく!なんでこのネット社会の現代で交換留学なんてやるんですかね!」
「そうですね・・留学させるのは留学団体が留学生を利用して利益を得るためとする陰謀論はありますね」
「えっ?利益を得るための留学ですか?」
「留学団体が留学生から高額な手数料を取っていることや留学生を安い労働力として利用することで利益を得ているという陰謀論ですね」
留学に必要な費用相場は1年間で300万円から450万円ほどであり、学費や生活費は滞在先の都市、留学準備費用は為替レートによっても大きく差が出てしまうのだ
「他にも留学団体が留学生を洗脳して国の情報を盗み出すスパイ活動をさせているという陰謀論なんかもありますからね」
「ス、スパイ活動っ!?スパイってあれですよね!天井にぶら下がりながら銃撃戦をしたり、飛んでるヘリに飛び乗ったりするんですよね!」
「他国の機密情報を秘密裏に入手するためのスパイですので、そのような目立つ行動は絶対にしませんよ」
笹川の思い浮かべる世界の危機を救うためにテロリストと銃撃戦を行い、逃げるボスを追いかけてヘリへと飛び乗るスパイ像は読子によってすぐさま否定される
「洗脳されてスパイにさせられるなんて!それじゃあ留学なんてしない方がいいって事じゃないですか!」
「うふふっ、笹川君の言う通り、この陰謀論が真実だとするのなら留学するのは危険な事かもしれませんね」
「あれ?その言い方って、もしかしてこの陰謀論はウソなんですか?」
「嘘がどうかは分かりません・・ですが、留学生がスパイ活動をしているという陰謀論は冷戦時代に広まったものなのですよ」
「冷戦時代にですか?」
「その時代はスパイ活動が盛んに行われていたために留学生や外国人労働者などは、敵対する国のスパイとして疑われることが多かったそうなのです」
アメリカでは、冷戦時代にはソ連や中国からの留学生が多数訪れており、彼らはスパイ活動を行っていると疑われることがあり、ソ連や東ドイツなどの社会主義国家でもアメリカや西側諸国からの留学生がスパイ活動を行っていると疑われることがありました
「しかし、実際には留学生や外国人労働者がスパイ活動を行っていたという証拠は見つからなかったそうですよ」
「それじゃあ、留学してもなんの問題もないって事じゃないですか!」
「うふふっ、そういう事ですね」
読子はいたずらが成功した子供のように口元を押さえてクスクス笑っていた
「交換留学は自己成長や異文化理解を深めることができると同時に国際的な視野を広げることが出来ますので、とても良い教育プログラムだと私は思いますよ」
「なら、留学生がスパイにされてるなんていう陰謀論を教えないでくださいよ!」
「あら?こういった陰謀論が拡散した理由について、時代背景や社会情勢を考察することも大変興味深くて、面白いものなのですよ」
「俺にはその面白さが分からないんですよ・・はぁ~」
世界中の陰謀論を考察している様子の読子に笹川はうんざりしたようにため息をつく
「俺の成績じゃ、逆立ちしても留学する事はないんですから留学関係の陰謀論を心配してもしょうがないんですよね・・それよりも抜き打ちの持ち物検査の方が心配ですよ」
「そうですね、来月に交換留学生が来るとしたらその前にもう一度くらい持ち物検査があるかもしれませんね」
「そんなぁ〜反省文を書いてせっかく返してもらったのに、またゲーム機を没収されたら、もうやってられないですよ〜」
「笹川君はゲーム機を学校に持ち込む事が前提なのですね」
「当たり前じゃないですか、家だと妹がうるさくてゲームに集中できないんですよ」
うんざりとした顔でゲーム機の電源を入れ、笹川は操作を始める
「はぁ~・・いつ抜き打ち持ち物検査があるのかさえわかれば、その日はバレないようにゲーム機を隠しておけるのに・・未来の出来事が分かればなぁ〜」
「もしかしたら、分かっている人はいるのかもしれませんよ」
「えっ?それって本当ですか!」
その言葉に反応した笹川は視線をゲーム画面から外し、読子の方へと移す
「ジョン・タイターという人物を知っていますか?」
「誰ですか?そのジョン・タイラーって?」
「ジョン・タイラーは米国の政治家ですね、私が言っているのはジョン・タイター、この人物は2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する男性です」
「えっ!?タイムトラベラーが実在するんですか!?」
「ジョン・タイターは2000年にインターネット上の超常現象関連チャットに現れたのですよ」
「ネットのチャットですか?それって嘘じゃないんですか・・」
匿名性が高いチャットの書き込みは全く信用できないと、笹川は不信感を抱いている
「その書き込みを見た人達も最初はまったく信用していなかったそうですよ」
「やっぱり、そうですよね」
「ですが、ジョン・タイターはタイムトラベルの理論や自身のいた未来に関する状況、未来人である証拠などを提示していったんですよ」
「証拠ですか?」
「タイムマシンは乗り物ではなく、重力制御装置であり、その装置を乗用車に設置して車ごと時間移動しているそうですよ」
「車でタイムトラベルって昔の有名な映画にありましたよね?」
「うふふっ、その方が想像しやすくで良いのではないですか」
「・・落雷を受ける時計台も一緒に想像出来てしまいますけどね・・」
笹川の脳内では落雷の力で未来に戻るタイムマシンの車の映像が鮮明に思い浮かんでいた
「ジョン・タイターはタイムマシンの理論の他にも未来の出来事としてアメリカ合衆国が解体されている事や中華人民共和国が台湾、日本、韓国を強引に併合していると述べられていますね」
「うげっ!?それって米国も日本もなくなっているって事ですか!?」
「それだけではなく、第三次世界大戦が起き、核戦争で30億人の死者が出るという話もあるのですよ」
「そ、そんな恐ろしい未来が起こるなんて・・!!」
世紀末のような光景を思い浮かべた笹川は顔を青ざめさせる
「ちなみにこれらの出来事は2020年以前の出来事として述べられていますね」
「2020年以前?・・それってもう外れているって事じゃないですか!!」
ジョン・タイターの書き込みではアメリカ合衆国が解体されるのは2011年、日本が強引に併合されるのは2015年だとされていた
「やっぱりデマカセだったんじゃないですか!」
「そうとは言えませんよ」
「えっ?でも実際に第三次世界大戦なんて起こってないですよ」
「それはジョン・タイターという存在が介入した事によって、未来が改変された可能性があるとは思いませんか?」
「未来がもう変わっているって事ですか?」
「そうです、実際にタイムトラベルをした人々が過去に戻って歴史を改変しているという陰謀論は数多くありますからね」
過去や未来に旅行できる技術が既に存在しており、政府や軍事機関がそれを隠蔽しているという陰謀論は古くから存在していた
「けど、タイムトラベルってSFですよね?本当に可能なんですか?」
「確かにジョン・タイターが提供したタイムマシンの理論で装置を作ろうとしても現代の技術では実現不可能だと言われていますからね」
「やっぱりタイムトラベルは不可能って事ですよね」
「いえ、あくまで現代の技術では実現不可能という話であり、未来では本当にタイムマシンが作られているかもしれませんよ」
「未来の技術ですか?」
「そうです、現代でも物理学者はワームホールを使ったタイムトラベルや超光速粒子であるタキオンを使って過去に情報を送るなどといったタイムトラベルについての考察と議論をしていますからね」
「あっ、今でも本気でタイムマシンを作ろうとはしているんですね」
タキオンはエキゾチック物質のひとつと考えられている粒子で、つねに光速を超える速度で運動していると理論上考えられているものであり、その存在は確認されていない
「それに世界中で目撃されているUFOはタイムマシンだという説もあるんですよ」
「えっ?UFOって宇宙船じゃくてタイムマシンだったって事ですか!?」
UFOが初めて目撃されたのは1947年6月24日にアメリカのニューメキシコ州ロズウェルだといわれている
この事件はアメリカ陸軍の報道官が『空軍が墜落した飛行物体を回収した』と発表したことから始まり、その後『UFOが墜落した』という噂が広まったことで有名になっていた
「米国がUFOを回収し、研究しているという陰謀論は有名ですからね、もしUFOがタイムマシンだったとするなら米国はすでにタイムトラベルを行っている可能性はありますよね」
「それじゃあ米国は自分達に都合の良いように歴史を改変しているって事ですか!?」
「そうかもしれませんね・・もしかしたら独立戦争で敗北していたのかもしれませんし、世界大戦で米国が負けていたのかもしれません・・タイムトラベルでそれらの歴史が改変した結果、今の現在があるのかもしれません」
「くっ!タイムトラベルで自分の都合の良い歴史改変を行うなんて・・」
体の奥底から湧き上がる怒りを抑えるようにグッと歯を噛み締める笹川
「なんて・・なんて羨ましいんだ!!それなら持ち物検査で俺のゲームが没収される未来を変えてくれたっていいじゃないか!!」
「あらあら、タイムトラベラーに望むのは持ち物検査の結果だけなんですね」
歴史上の人物に成り代わりたいとか、株で億万長者になりたいとかを思い浮かべないあたり、笹川の器の小ささを感じさせていた
「あっ、でもタイムトラベルで過去を変えられてら、俺ってその記憶がないって事ですよね」
「おや、いつもゲームの事ばかりだった笹川君からそんな鋭い意見が聞けるなんて、どのような人でも成長するという良い事例を目撃する事が出来ましたね」
「なんかめっちゃ俺の事を馬鹿にしていません?」
むっとした顔になる笹川
「うふふっ、ごめんなさい・・けど笹川君がきちんと考えてくれるようになってくれた事が私はとても嬉しいんですよ」
子供の成長を感じる母親のような気持ちで、口元に手を当てて微笑む読子
「確かに笹川君の言うとおり、未来が改変されれば、記憶も改変され、元の世界の記憶はなくなるとされていますね」
「やっぱり、そうですよね」
「ただ完全に記憶がなくなるとは限りませんよ」
「えっ?改変されたのに記憶が残るんですか?」
「マンデラ効果が改変された世界線のものだと主張する陰謀論もありますよ」
「マンデラ効果?」
「マンデラ効果というのは、南アフリカの黒人解放運動を指導したネルソン・マンデラは実際には2013年に亡くなったのですか、80年代に死亡したと記憶間違いをしている人が非常に多かった事から名付けられたものです」
「それってみんなが同じ勘違いをしていたって事ですか?」
「そうです、その事から多くの人が共通の記憶を持っていると思われる出来事や事実が実際にはそうではなかったという現象をマンデラ効果と呼ぶようになったのですよ」
世界的に有名なキャラクターやメーカーのロゴの色が多くの人がこうだと思い込んでいるものの実際には違っている事があり、それらの現象もマンデラ効果だとされている
「それがなぜ、改変後の記憶が残る話と繋がるんですか?」
「マンデラ効果による間違いは別の世界線では実際に起こった事であり、それが改変された記憶の中に残っているからだと主張されていますね」
「みんなが同じ勘違いをするのはおかしいって事てすか?」
「そうです、たしかに人の記憶は簡単に改竄されてしまいます」
なにかの事件を目撃した目撃者が警察の取り調べやマスコミの報道によって事件の犯人を誤認してしまったり、実際には虐待を受けた事もないのに虐待を受けたと思い込んでしまったりと人間は驚くような記憶を自ら作り出してしまう事がある
これを心理学では虚偽記憶と言われている
「ですが、100人のうち50人がまったく同じ記憶違いをしていたとすると、それはただの記憶違いでは済まされないのではありませんか?例えば、2回目の持ち物検査があった場合ですか」
そこで読子は人差し指と中指の2本を立てる
「笹川君のクラスメイト全員が持ち物検査のあった回数を3回目だと思い込んでいたら、そこには何か奇妙なことが起きているとは思いませんか?」
薬指も立て、読子は立てられた3本の指をクニクニと曲げながら説明をする
「消えた2回目があるって事ですか?」
「そうです、タイムトラベラーによって改変されてしまった2回目の持ち物検査の記憶がクラスメイト全員に残っているからこそ、そのような現象が起きてしまうのかもしれません」
「その記憶がタイムトラベラーが持ち物検査を阻止してくれた証明になるって事ですね」
「そういう事になりますね」
「けど、今の話だとタイムトラベラーが持ち物検査の2回目を阻止してくれたとしても、結局は3回目でゲーム機を没収されてしまうって事ですよね?それだと、あまり意味ないですよね」
持ち物検査がある限りゲーム機の没収されてしまうと笹川はうねる
「持ち物検査がある度にタイムトラベラーが阻止してくれれば良いんですけど・・そう都合よくタイムトラベラーなんて現れないですよね〜」
「いえ、もしかしたらそうではないかもしれませんよ」
「えっ?どういう事ですか?」
「第二次世界大戦中の写真や17世紀に描かれた絵画にスマホを使っている人物が写っていたりとかもするんですよ」
「えっ?スマホってそんな時代からあったんですか?」
「あるわけがありません、最初の携帯電話が発売されたのは1973年ですからね」
「それじゃあ!その時代にあるはずのないスマホを使っていた人はタイムトラベラーだって事じゃないですか!」
「学者の方は目の錯覚で時計や補聴器がそう見えているのだと述べられていますけど・・もし本当にタイムトラベラーだったとしたら、未来ではタイムマシンがごく一般的に使われているのかもしれませんね」
「なら、未来の俺がタイムトラベラーになって、現在の俺にいつ持ち物検査があるのかを教えてくれるかもしれないって事ですよね!」
「そうかもしれませんけど・・笹川君は急におじさんから自分は未来から来たお前だと言われたらどうします?」
「えっ?どうするって・・」
笹川は想像する、突然目の前に知らない男性が現れて、未来の自分だと言われたらどういった行動をとるのかを・・
「・・頭がおかしいオヤジに絡まれたと思ってダッシュで逃げますね」
もし男性が未来の事を伝えようと追いかけてきたら、警察につき出す自分の姿をありありと想像出来てしまっていた
「もし日影先輩の前に未来の自分が現れたら、どうするんですか?」
「私ですか?・・ふーん・・目の前に未来の自分が現れたら・・」
考え事に耽るように頬を撫でる読子
「・・先ずは自分の手の甲に傷を付けますね」
「えっ!?なんすかそれは!?」
「だって自分の手の甲に傷を付ければ、未来の自分の手の甲には、古傷が残っているはずですからね、そうすれば未来の自分だと確認する事が出来るでしょう」
「・・よ、よくそんな猟奇的な確認方法が思いつきますね・・」
笹川は読子の確認方法については感心はするが、自分自身はその方法を絶対に試さないと決意していた
「それで未来の自分だって確認が取れたら日影先輩はどうするんですか?」
「そうですね・・未来の出来事を聞いて、多くあるタイムパラドックスの検証を・・ああ、検証といえば・・」
なにかを思いついた読子はその口元をニタリと歪める
「・・親殺しのパラドックスの検証など良いかも知れませんね・・」
「えっ?なんですか、親殺しのパラドックスって?」
「うふふふふっ・・聞きたいですか?」
「・・あっ・・その・・怖いんで・・いいです・・」
不気味に笑う読子にそれ以上の事を聞く勇気は笹川にはなかったのだった




