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1 シミュレーション仮説〈挿絵あり〉

※この話は陰謀論を広め、差別や偏見を助長して社会不安を煽るような目的は一切ございません。

ご理解の程、よろしくお願い致します。

ここは狛枝高校

都内にある学園で今は放課後の時間帯

帰宅部の生徒は家に帰り、体育会系の部活をやっている生徒の声がグラウンドに響く


そんな中、同好会や文系学部のために用意されている部室棟の奥の部屋、そこは美術部がこれまでに作った作品を保管しておく倉庫になっており、キャンバスや絵の題材に使った石像や小物が廊下にまで積まれていた


倉庫内も絵の具やキャンバスなどの画材が乱雑に置かれており、そんな中、微かに空いている中央のスペースには向かい合うように椅子が置かれ、男女の生徒が腰掛けていた


「世界には数多の陰謀論があります、すでに米国は宇宙人と接触をしているという陰謀論は何度もTVに取り上げられるほどの有名なものです」


腰までのロングの黒髪、伸びすぎた前髪で瞳が隠れてしまっている女生徒がニンマリと笑みを浮かべ、言葉を紡いていく


「陰謀論同好会とは世界に数多とある陰謀論を話し合うための同好会です・・さあ!陰謀論の話をしましょう」


自らの言葉におぼれているように両手を広げ、目の前の男子生徒にそう宣言する女生徒、それに反応するように男子生徒の方も口を開く


「いや、だから俺は倉庫なら人は来ないだろうと思って入っただけで・・陰謀論なんて興味ないんですけど・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


倉庫内でしばしの沈黙が流れる


「・・それでは陰謀論の話をしましょう!」

「だから!なんでそこをループするんだよ!?『はい』と『いいえ』の2択のくせに『はい』と答えるまでストーリーが進まないゲームと同じかよ!?」

「それでは陰謀論の話をしましょう!」

「マジで『はい』って答えるまでループするの!?」


同じやり取りを先程から何度も繰り返していた二人だった


「俺、本当にこの倉庫を陰謀論同好会が使っているなんて知らなかったんですよ!誰もいない倉庫で邪魔されずにゲームをしようとしていただけなんです」


ボサボサの髪に眠そうな眼をした男子生徒は手に持つ携帯ゲーム機を指差して何度も説明した言葉を今一度述べる


「ゲーム・・そう、ゲームですか・・わかりました・・」

「あっ!やっとわかってくれましたか!・・良かったこれで・・」

「それなら、陰謀論の話をしましょう!」

「全然分かってねぇ!?やっぱりループしてるじゃねえか!!」


椅子から立ち上がり、大声で突っ込みを入れる男子生徒は倉庫に入った事を大いに後悔していた


(クソっ!うるさい妹に邪魔されずにゆっくりとゲーム出来るところを探していただけなのに・・こんな厄介な人に絡まれるなんて!!)


部活棟の奥にある倉庫を見つけ、「ここなら誰も来ない」とニコニコ顔で入った瞬間、乱雑に物が積まれた倉庫内の空きスペースで椅子に座り『この世界の真実』と表紙に書かれた厚い本を読む女生徒に気付いた瞬間・・いきなり椅子に座らされ、今の状況に陥ったのだ


「もういいです・・俺、他のところに行きますんで・・」


男子生徒はこれ以上の問答を諦め、陰謀論同好会を出ようときびすを返す


「待って!!行かないで!!」

「うおっ!!?なんですかいったい!!」


出て行こうとした男子生徒の足に女生徒が飛びかかるようにして縋り付く


「お願いよ!陰謀論の話をさせて!」

「ちょっと、縋り付かないて・・ひぃぃぃっ!!?マジで怖いっ!!!」

「お願いぃぃっ!!!お願いだから私の話を聞いてぇぇっ!!!」

「ひいいいぃぃぃぃぃいいいいっ!!!?」


長い黒髪で目元を隠しているホラー映画の悪霊のような外見の女生徒に足にしがみつかれ、そのまま黄泉の世界にまで引き攣りこまれそうな恐怖に男子生徒はガクガクブルブルと震え、涙目になってしまう


「な、なんで、そんなに陰謀論の話がしたいんですか!?」

「そのために陰謀論同好会を作ったのよ!それなのに・・それなのに誰も陰謀論同好会に来てくれないのよぉぉっ!!!」

「まあ・・陰謀論同好会なんて怪しいのに近づこうとは思わないでしょうね」


教師もよくこんな同好会を許可したなと心底不思議がる男子生徒


「部員が来たら話してあげようと世界中の陰謀論を集めているのに・・その話が出来ないのよ!私は陰謀論の話がしたいの!これ以上溜め込んたら頭がパーンで破裂してしまうわ!いいの!私の頭がパーンでなっても!!」

「いや、人の頭が自然にパーンで破裂するわけないでしょう」

「うふっ・・うふふふふ・・本当にそう言えるのかしら・・」

「えっ?」


その言葉に足に縋り付いている女生徒はニタリと笑みを浮かべる


「君は、人体自然発火現象というのを聞いた事あるかしら」

「人体自然発火現象ですか?」

「そうです!人体自然発火現象とは人間の身体が突然燃え上がってしまう現象のことです」

「いや、人が自然に燃えるなんてあるわけないじゃないですか」

「あら?アメリカでは人体自然発火現象と思われる事例が報告されているんですよ」

「えっ!?実際に人が自然に燃えているっていうんですか!?」


男子生徒が自分の話に食いついた事に女生徒の笑みはますます深まっていく


「椅子に座ったまま状態で膝から下を残して炭になってしまった女性の事例があるのですよ・・しかも、燃えてしまった時間は、たった6分間だったといわれています」

「いや、それってただ単に事故で自分の体に火が燃え移ったんじゃないんですか?」

「人体を燃焼させるには少なくとも摂氏1,000度の高温が必要なのですよ、そんな高温が燃え移ったとして座ったままでいられると思いますか?」

「それは確かに・・火を消そうとのたうち回りますよね・・」

「それに燃え上がったのは人体のみであり、遺体の周囲に火が広がらなかったそうですよ、このことから考えられるのはこの燃焼現象が体の内部から自然に発生したものだという事です」

「そ、そんな事が・・いや、それと今の状況が関係があるんですか?」

「ふっふっふっ・・分かりませんか・・人体が自然に発火する現象があるとするなら自然に頭がパーンと破裂したとしても不思議ではないという事です!」

「なっ!なんだってーーっ!!?」

「もしここで君が私の陰謀論を聞いてくれなかったら、本当に君の目の前で私の頭がパーンで破裂する可能性があるという事っ!」

「そ、そんなっ!!?」

「弾けた頭蓋骨が頭皮とともに飛び散って、脳脊髄液と灰白質の脳が君の身体に降り注ぐ事になりますね」

「うわああああーーーっ!!!?具体的に説明しないでぇぇぇぇーーっ!!!」


うっかりとそのグロテスクな場面を想像してしまった男子生徒は頭を抱えて悶絶する


「うふふふっ、そうなりたくなければ私の陰謀論を聞くしかありませんよ」

「こ、怖っ!?・・い、いや・・俺は本当にゲームをやりたいだけて・・」

「私の陰謀論を聞いてくれるなら、ここでゲームをしても良いですよ」

「えっ?いいんですか?」

「もちろん!私が集めた陰謀論を聞いてくれた後ならここでゲームをしていようと構いません!」

「ふ~む」


男子生徒は顎に手を当てて考える


(陰謀論なんて怪しい話、聞きたくないけど・・他にゲーム出来そうな場所を探すのもめんどくさいしな・・)


屋上は立入禁止であり、校舎裏だとヤンキーが(たむろ)しているかもしれないと空いている部屋を探していた男子生徒にとって眼の前の女生徒の提案はまさに渡りに船であった


「分かりました、俺はあなたの陰謀論を聞くだけでいいんですよね?」

「本当!ありがとう!これで私の頭がパーンでならずに済みますよ!」


そして落ち着いた二人は再び、椅子に座ると自己紹介を始める


「私は陰謀論同好会会長の3年の日影 読子(ひかげ よみこ)です、大好物は陰謀論で嫌いなものは世間一般が何も考えずに受け入れている常識と言う名の束縛です」

「俺は2年生の笹川 浩史(ささがわ ひろし)って言います、好きなものはアニメとゲーム・・嫌いなものはわがままで身勝手な3次元の女ですね」


この時、互いの顔に緊張が走る

完全に不審者を見る顔になり、このまま目の前の人物と関わって大丈夫なのか?

将来、ニュースで眼の前の顔が流れたらどうしようかと本気で心配する


「ま、まあ〜将来の不安は置いておいて、今は陰謀論の話をしましょう」


陰謀論を話したい欲求に負けた読子はコホンと咳払いをして、陰謀論の話へと流れを変える


「あの、日影先輩・・一応約束なんて、話は聞こうとは思うんですけど・・陰謀論はそんなに面白いものなんですか?」


頬を掻きながら笹川はつまらない話だったら自分は100パーセント眠ってしまうだろうと確信していた


「もちろん!陰謀論はとてもおもしろい話よ・・と言いたいのですが、受け止め方は人それぞれですからね・・笹川君は陰謀論をどう思っているのかしら?」

「俺ですか?・・う~ん・・俺は陰謀論の事は知らないですけど・・陰謀って響きからあまり良いイメージは持っていませんね」


陰謀論好きと公言している自分に向かって、陰謀論に良い印象はないと正直に答える笹川に読子は口元に手を当てて苦笑する


「そうですね、陰謀というと影で誰かが悪巧みをしていると考えてしまいますからね、陰謀論を信じる人達の中には陰謀論を信じる事で自分が苦労するのは政府の陰謀のせいだと逃げ道にしている方々もいますから・・良い印象とは言えませんよね」


静かに笹川が悪い印象を持つのは当たり前なのだと肯定していく読子


「ですか私は陰謀論について、こう考えているんです」


読子は髪をかきあげ、静かに自らの考えを述べていく


「陰謀論は現実世界に対する異なる見方や考え方を提供するもの、もちろんそれが真実かどうかはわかりません・・ですが、固定された考えにとらわれるのではなく、新しい見方や考え方を見つけることが出来るようになるものだと・・」

「とらわれない考え・・ですか?」

「もし笹川君が私の陰謀論を聞く事で一つの見方に限定されるのではなく、柔軟な考えを持ってくれたのなら・・私はとても嬉しく思いますよ」

「・・っ・・!!」


挿絵(By みてみん)


前髪の隙間から覗く、読子の微笑み顔に笹川は見惚れたように固まる


「なっ!?お、俺はいったい何を!3次元の女性に見惚れるなんて・・確かに今の日影先輩はさっきまでのホラー映画の悪霊姿を忘れさせる魅力的な姿だったけど・・それでも日影先輩は所詮は3次元!2次元の女性の魅力に勝てるわけがないのに!!」

「あの・・なんかものすごく失礼なことを言っていませんか?」

「ひぃぃっ!!?」


ニコリと口元を微笑ませる読子の背後に真っ黒なオーラが漂っているように感じ、笹川は顔を青ざめさせる


「あっ、いや、その・・そうだ!陰謀論の話、早く始めましょうよ」

「・・露骨に話を逸しましたね・・まあ、今は忘れましょう」


早く陰謀論の話をしたい読子は笹川の失礼な態度はいったん忘れ、どの陰謀論の話をしようかと考える


「・・そうですね、今日は笹川君が好きなゲームに関係した陰謀論の話をしましょうか」


読子は笹川が手に持っている携帯ゲーム機に瞳を向けると頬に人差し指を当てて笑みを浮かべる


「ゲーム関係、それなら俺も眠らずに聞けそうですね!」

「ふふっ、真面目に聞いてくれるのなら、私も嬉しいですよ」


ゲームという単語一つで笹川の話に対しての集中力が高まった事に読子は笑みを深め、陰謀論の話を始める


「笹川君は「シミュレーション仮説」というものを知っていますか?」

「なんですか「シミュレーション仮説」って?」


笹川は聞いた事のない単語に首を傾げる


「オックスフォード大学教授のニック・ボストロムが提供したもので私たちが生きている世界は知的生命体が行っているコンピューター・シミュレーションであると指摘したものですよ」

「えっ!?・・それって、この世界がゲームの中だって事ですか?」

「そういう事ですね」

「いやいやいや!そんなわけないじゃないですか!」

「あら?どうして違うと言えるのかしら?」

「いや、普通に考えて下さいよ!この世界全てをゲームになんてそんな超高度な演算ができるコンピューターが存在するわけないじゃないですか!」

「なぜ、そう言い切れるのかしら?」


笹川の否定の言葉は「シミュレーション仮説」を否定する者の定番であり、だからこそ読子は動じる事もなかった


「考えてみてください、現代の技術はどんどん進化していますよね、数十年前には想像もできなかったような技術が今では当たり前になっています・・もし、技術革新がこのまま続き、数百年後、数千年後には私たちが想像もできないような技術が開発されてるかもしれませんよ」

「それって未来の話ですよね?なら今現在の技術では無理って事じゃないですか?」

「そうですね、今の私達の技術的には無理かもしれません・・ですが・・」


そこで言葉を切った読子は人差し指を上へと向ける


「宇宙ではどうでしょうか?」

「う、宇宙ですか?」

「宇宙では今の私達の文明の数千年先の技術が使われており、量子コンピューターを超える超高度な演算ができるコンピューターが存在しているかもしれませんよ」

「いや、確かに宇宙になら凄いコンピューターがあるかもしれませんけど・・」


いきなり宇宙の話へと飛んた事に笹川は思わず眉をひそめてしまう


「彼らが超高度な演算ができるコンピューターの中に私たちを作り出した可能性は否定出来ませんよね」

「否定は出来ませんけど・・この世界がコンピューターの中だって証明も出来ませんよね?」

「確かに証明は出来ません・・ですか、近年の量子力学で『二重スリット実験』という実験を行った時にとても不可解な結果が観測されたのですよ」

「『二重スリット実験』・・?」


またも聞いた事のない単語に頭に無数のハテナマークを浮かべる笹川


「笹川君は物質は「陽子」、「中性子」、「電子」などで構成されているという事は習っていますよね」

「・・理科はうろ覚えですけど、習った気は・・するような・・しないような・・」

「それらは粒子であり、もっと簡単に言うと超ミクロの球状のボールみたいなイメージなのは覚えていますか?」

「は、はい・・なんとか・・」


目を泳がせ、自信なさげに呟く笹川


「実際に見本があった方が良さそうですね・・あっ、これなど良いかもしれませんね」


読子は倉庫に乱雑に積まれた荷物の中から美術部が保管していた絵のキャンバスを3つ取り、それを自分と笹川の間に倒れないようにして並べていく


「『二重スリット』の実験とはこのように2つの隙間のある板に電子のボールを1個ずつ発射して当てるという実験なのです」

「・・っ!・・こ、これは・・!!」


倉庫に置かれていたビー玉を一個指先ではさみ、キャンバスとキャンバスの隙間を通していく読子、そして一点を見つめる笹川


「電子は、隙間を通って向こう側にあるスクリーンに当たり、当たった場所に模様を作っていきます」

「・・透き通るような黒髪・・う、美しい・・」

「笹川君は隙間が2つならスクリーンに当たって作られる模様の数はいくつだと思います?」

「・・2つ・・なんで完璧な半球体・・つ、包まれたい・・」

「ん?完璧な半球体ではないと思いますけど・・笹川君の言うとおり、普通は2つの隙間を通って作られる模様は2つだと思いますよね、けどそうはならなかったんですよ、不思議なことにつぶつぶの球体の粒子の性質だけでなく、複数の縞模様がスクリーンに写し出されたのです」

「不思議だ・・なんだ、この気持ちは・・!・・た、確かめないと・・!」

「そうです、この不思議な現象を確かめようと2つのスリットを通る瞬間に光を当てて、どちらのスリットを通ったか観測しようとしたんですよ、けれとそうすると複数の縞模様が消え、縞模様は2つだけになってしまったのですよ」

「観察・・もっと隅々まで・・観察して確認しないと・・」

「笹川君の言う通り、何度も観察を行ったのだけど、全て同じ結果になってしまったのですよ、この事から分かったのは人間が観察していなかった場合は確率的に波のように広がっていた電子は観察された瞬間に1つの粒子に収束するという事」

「・・吸い込まれそうな瞳・・まるで意思を持っているようだ・・」

「そうです!この結果が事実であるとするならば、何者かの意思か、それに代わる何かしらの思考がこの世界に介在していると言えますよね!」


自分の言いたい事を理解してくれていると喜ぶ読子であったのだが・・


「二重スリット実験は量子コンピューターとも深い関わりがあり・・ん?」

「・・はあはあはあはあ・・!」

「・・あの・・笹川君、私の話を聞いていますか?」


厨二病の妄言だと馬鹿にするわけてはなく、黙ったまま鼻息を荒くしている笹川の様子に小首をかしげる


「笹川君、真面目に聞いてくれてますか?」

「・・はぁはぁ・・もえる・・これは萌える・・これこそ俺が求めていた・・2次元嫁!」

「2次元嫁?・・むむむっ、真面目に聞いてくれないのなら、陰謀論同好会でゲームをして良いという話もなしにしますよ!」


問う読子に返ってくるのは荒い鼻息で意味不明な事を述べる笹川、その態度に読子はぷっくりと頬をふくらませる


(退屈で眠っている訳ではありませんよね?・・目はバキバキに見開いてますもんね・・」


読子がよくよく笹川を観察すると笹川の視線は読子にではなく、二人の間に置かれたキャンバスに注がれている事に気付く


「このキャンバスがどうかしたのです・・か・・ひぃ!!!!?」


笹川の目を釘付けにしているキャンバスに目を向けると読子が真っ白なキャンバスだと思っていたそこには、黒髪の美女が絹のように薄く長い布地一枚で胸部と局部のみを隠し包み、髪をかき上げている様子が鮮明なタッチで描かれていた


「み、見ないで下さい!!」


瞬間沸騰したように顔を真っ赤にした読子が慌てて裸婦の描かれたキャンバスを自分の方向にグルリと回転させる


「ああっ・・俺の2次元嫁・・!」


笹川の心底残念そうな声が漏れる


「そ、そうでした・・この倉庫の使用許可をもらう条件に絵理子に・・ううっ・・」

「あの日影先輩、その絵は・・」

「こ、これは、美術部の部長さんが描いたものでして・・」

「美術部の部長!まさかこの高校にそんな神絵師様がいるなんて・・!!」

「神なものですか・・絵のモデルになってくれれば使用許可するって・・裸婦のモデルなんて聞いてませんよ、まったく・・」


ブツブツと不満を呟く読子の脳裏には裸婦画を描けた事に満足した美術部部長のホクホク顔が浮かんでいた


「しかも・・完成した絵を渡されて・・私にどうしろというんですか・・こんな絵を自宅に持って帰れるわけないでしょうに・・」


完成した裸婦画を渡された読子は誰にも見られないようにと、この倉庫に隠していた事を今になって思い出していた


「あ、あの日影先輩、その素晴らしい神絵をもう少し見せてもらっても・・」

「この絵の事は忘れて下さい!」

「げ、けど・・俺の2次元嫁・・」

「今はシミュレーション仮説の話です!笹川君は生活をしている中で実際は一度も体験したことがないのに、どこかで体験したことのように感じる事はありませんか!!」


顔を赤らめた読子はこれ以上この絵に関しての質問は許さないとばかりに強引に話を陰謀論へと戻していく


「え、えっーと・・それってデジャブでやつですか?」

「そうです、笹川君はデジャブを感じた事はありませんか」


絵を未だに気にするようにチラチラと視線を向ける笹川だが、これ以上、絵の事を聞くと呪ってきそうな読子の気配に口にするのを諦める


「・・確かに初めてプレイしたゲームなのにもう何度もやったような感覚になった事はあります」

「それは同じシミュレーションのゲームばかりやっているだけではないかと・・」

「そうですか?・・それなら・・あっ!この間、レアなゲームを買いに遠出した時なんですけど、そこの店員がゲームをぶちまけて、その時に何故か前にも同じ事があったような感覚になりましたね」

「そうですそうです!それがデジャブというものです」


笹川のデジャブの話に暗い気配だった読子は我が意を得たりと満面な笑みへと表情を変える


「それは笹川君がコンピューターの予測外の行動をとった事でシミュレーションの中で何らかのバグが発生してしまい、同じシミュレーションがループしてしまったのかもしれません」

「ループですか?漫画で同じ日を何度もループしてしまうっていう設定を見た事ありますけど、それと同じって事ですか?」

「うーん、世界五分前仮説やサイクリック宇宙論を題材にしている作品もありますので、一概に同じとは言えないのですか・・」

「すみません、これ以上知らない言葉を言われても俺には理解出来ませんよ」


もうこれ以上は難しすぎて降参だというように笹川は弱々しく手を上げる


「そうですか・・それなら、それらの説の話はまた今度にしましょうか、今はシミュレーション仮説の話を続けましょう」

「あっ・・今度、その説の話もする予定なんですね」


笹川はもしその話を聞かされた時に自分の頭では理解出来ないだろうなと確信し、困った顔になってしまう


「アインシュタインの一般相対性理論でも光速で移動した場合は普通よりも時間が遅くなるとされていますか、これもシミュレーションのバグなのではないかという説もあるんです」

「ア、アインシュタイン・・一般相対性理論・・それ、絶対に難しい話ですよね」


アインシュタインという人物名だけで笹川の脳は許容範囲を超えてしまうよと警告するように頭痛を引き起こしていた


「笹川君が大好きなテレビゲームをやっている時に特定のエリアで特別な操作をした場合にキャラクターの動きがカクカクになったり、遅くなったりする事はありませんか?」

「ああ〜・・ネット対戦型の戦闘ゲームをやってる時に戦闘ステージを高速で移動してたら、いきなり動きが遅くなってボコられた事はありますね」

「それと同じように、この世界には光速というコンピューターの処理速度の限界が設けられており、それを越えようとするとバグが起き、タイムラグが発生してしまうというわけです」

「通信速度の違いでバグるってマジでゲームみたいですね」


ゲームプレイ中にバグでやられた事を思い出し、しみじみと考える笹川だったが、そこでふと思い当たる


「でもバグっていつ起きるか分からないですよね?」

「そうですね、デジャブを人為的に起こせるようになれば違うのでしょうけど、具体的なメカニズムについてはまだ不明な点が多いですからね」


一般的な理論では脳内の神経回路が異常な活動を起こすことによって、デジャブの現象が起こると考えられているが、まだそれを完全に証明出来てはいない


「それに光速以上のスピードで移動する事なんて出来るわけないんですから、シミュレーション仮説を証明する事はやっぱり不可能ですよね?」

「確かにシミュレーション仮説を解明するのなら円周率を解析した方が早いかもしれませんね」

「円周率?円周率ってあの3.14のやつですか?」 

「そうです、円の周囲の長さと直径の比率を表す定数であり、3.14159・・と小数点以下の数字が無限に続いていく数字です」

「なんで円周率を解析する事がシミュレーション仮説を証明する事に繋がるんですか?」

「無理数である円周率にはこの世界がシミュレーションだと証明するメッセージがあるかもしれないのです」

「いや、なんて円周率にそんなメッセージがあるんですか?」

「コンピュータのソフトウェアの中にはイースター・エッグと呼ばれる、本来の機能とは無関係なメッセージが隠されている場合があるのです」

「えっ?そんなのあるんですか?」

「スマートフォン向けのOSにも隠し要素が含まれている場合があるのよ」


そう言うと読子は自分のスマホを取り出し操作をして、設定画面を出すと同じ項目を3度タップする


「なんですかその画面は!はじめて見ましたよ」

「これがイースター・エッグ、本来の機能とは無関係に設計者の遊び心で作られたものですよ」


画面上に表示される文字を大きくしたり、小さくしたりする読子


「これと同じようにこの世界を作った設計者が円周率の中にイースター・エッグを用意しているかもしれないのですよ」

「でも、そのイースター・エッグをどうやって円周率の中から見つけるっていうんですか?」

「それは、数学的な手法を使って円周率を解析することになりますね、例えば、円周率の数字列の中に意図的に配置されたパターンがあるかどうかを探すとか、円周率の数字列を二進数に変換して、そこに意図的に配置されたパターンがあるかどうかを探すこともできます」

「それってめっちゃ大変ですよね?」

「確かに時間も手間もかかるかもしれません・・ですが、もしイースター・エッグを見つけることができれば、それはシミュレーション仮説を支持する証拠になるでしょうね、実際に世界中で多くの学者が円周率の謎を解明しようと日夜研究を重ねているのです」

「なんでそこまでしてこの世界がシミュレーションだと証明したいんですかね?」

「そうですね・・この世界がシミュレーションである可能性があるという仮説が立てられた以上、その真偽を確かめようとするのは人間の探究心からでしょうね」

「探究心ですか?」

「はい、人は自分自身や世界についての新しい知識や理解を得るために常に探究心を持っています、だからこそ人はこれまでに多くの謎を解き明かし、そこから大きな発見につなげていったのです」


万有引力の法則、ペニシリンの発見、DNAの二重螺旋構造の発見、宇宙の拡大の発見

これらの発見は人の探究心から生まれたものであり、科学や医学、天文学などの分野に大きな影響を与えている


「いつか人類はその探究心からシミュレーション仮説を証明するかもしれないって事ですか?」

「そうです、もし本当にこの世界がシミュレーションであるということが証明されれば、人々は自分たちがどのような存在であるのか、この世界がどのような目的で作られたのかをより深く考えることができるのかもしれませんね」

「そうですか?俺は自分がゲームのキャラクターと同じだって言われたらショックを受けると思いますよ」

「笹川君はショックを受けたら、どうするんですか?」

「将来の事なんて考えないで一日中ゲームをして過ごしますね・・あれ?今と変わらない?」

「うふふっ、受け止め方は人それぞれですからね、笹川君のように変わらない人もいれば、自分がシミュレーションの一部だと受け入れられずにこの世界そのものを破壊しようとする人達も現れるかもしれません」

「それってめっちゃ怖くないですか?」

「そうですね・・もしかしたら、もうすでにイースター・エッグを見つけ、ヒントを手に入れている人達はいるのたけど、倫理的問題や宗教的問題が生じる可能性を考えて秘密にしているのかもしれませんね」


指を口元に当て、笑みを浮かべながらの読子の言葉に笹川は顔をこわばらせてしまう


「秘密にしなくちゃいけないほど恐ろしい結果が待っているかもしれないって事ですよね」

「うふふっ、もしかすると私達はこの世界がシミュレーション仮説だと気付いた時に人類がどのような行動を取るのかを調べるために作られた存在なのかもしれませんね」

「シミュレーション仮説に気付いた時のためのシミュレーション仮説の実験をしている・・なんかややこしい話ですね・・」


難しい話に笹川は眉をハの字に寄せ、こめかみをグリグリと揉みほぐす


「それでは次にシミュレーション仮説とは異なる独自の視点を持っているといわれているフランク・ティプラーの「オメガポイント仮説」の話をしましょうか、この仮説では宇宙が自己完結型のシミュレーションであると・・」

「すみません、日影先輩・・もう頭がパンクしそうで・・マジで俺の頭の方がパーンって破裂しそうなんですけど・・」


笹川は読子が喜々とした顔で話を始めようとしているのを見て、自分の額をさすと同時に疲れた表情を見せる


「そうですか?まだ話足りないのですか・・私も笹川君の頭が破裂するグロ映像は見たくありませんし・・今日はここまでにしておいましょうか」


残念そうにしながらも話を切り上げてくれた事に笹川はホッと息をはく


「それじゃあ、日影先輩の話を聞いたんだからゲームやらせてもらいますね」

「ええ、いいですよ」


やっとゲームが出来るとニコニコ顔で笹川は手に持つ携帯ゲーム機の電源を付ける


「むむっ、このステージは難易度が高いな・・どこかにクリアのためのヒントがあるのかな・・あっ・・!」


しばらくポチポチと携帯ゲーム機を操作し、ゲーム内のキャラクターを動かしていた笹川だったが・・ふと視線を天井へと向ける


『この世界はシミュレーションかもしれませんね』


天井を見つめ、その先にある宇宙を思い浮かべながら、笹川は先程の読子の言葉を思い出す


(俺もこのゲームキャラと同じで誰かに見つめられて、操作されてる・・?)


挿絵(By みてみん)


宇宙から誰かに見られて、自分がシミュレーションされていると考えた瞬間、背筋に寒気が走り、笹川はプレイしたばかりの携帯ゲーム機の電源を切ってしまった


「あら?笹川君、どうしたのですか?ゲームをやるために私の陰謀論を聞いてくれたのではないのですか?」

「いや、そんなんですけど・・今日は、帰ります・・」

「そうですか・・それならゲームがやりたくなったら、いつでも陰謀論同好会に来て下さいね」

「・・はい、わかりました」


陰謀論の話が出来た事にスッキリとした読子に手を振られ、笹川は陰謀論同好会を出て行くのだった


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