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97.元勇者、感傷に浸る

 

 雷火の襲撃に備えること、五日。

 慌ただしく日々を過ごしていたヘイロンたちの成果は上々のものだった。


 ローゼンが鍛冶場で作った力作のミスリル鋼を使った武具。

 これは頑丈さもさることながらかなり軽い。ムァサドが頭から足先まで一式を着込んで走っても少しもバテていなかった。

 これにはヘイロンも度肝を抜かれた。


「ヘイロンの分も作ろうか? ミスリル鋼なら沢山ある」

「いらねえよ。俺はそんなもんつけて戦うのは性に合わないんだ」

「そういえばそうだったな」


 ローゼンは気を損ねることなく納得した。

 傭兵団に所属していた時も、ヘイロンは体一つで戦場に出ていた。持っていたのは剣だけだ。

 怪我をしてもすぐに治せる彼には防具など足枷にしかならないのだろう。


「そうは言っても一応、兜だけでもつけてくれ。急所を守るのは大事なことだ」

「そこまで言うなら分かったよ」

「少し視認性は落ちるけど、ミスリル鋼は耐熱に優れている。絶縁体でもあるし悪いようにはならない。それに軽量で――」

「はいはい、全部お前に任せた!」


 ローゼンはこの手のことを語らせたらいつまでも話している。

 適当にあしらってヘイロンは他所に足を向けた。



 鍛冶場からぐるっと外を周って、森の入り口付近を歩いていると突然草陰から見知った顔が飛び出す。


「やあ、ヘイロン!」

「フェイ……何やってんだよ」

「何って、私の自慢の毒を仕込んでいるのさ。ここは毒沼ゾーンだね。一度踏み込んだら抜けられない。それはなぜかって? 触れた瞬間に身体が腐り落ちるからだ!」


 やけにテンションの高いモルガナは、意気揚々と力説する。

 ヘイロンは彼女の様子を見て、やっぱりかと嘆息した。あれほどやりすぎるなと釘を刺したのに、モルガナが自重している気配はまるでない。


「それ、ちゃあんと元に戻せるんだろうな?」

「出来るよ。でも毒の中和に結構な費用が掛かるのがキズだね」

「あのなあ。やりすぎるなって言ったよな!?」

「君に一等言われたくない台詞だ」


 師弟共々そこは似ているらしい。

 ヘイロンだって人のことは言えないのだ。やりすぎるな、なんて彼の為にある台詞でもある。


「分かった……少しだけ抑えろ、な?」

「善処しよう。さてと、次は何を仕込もうかなあ」


 鼻歌交じりにモルガナは森の奥に入っていった。

 彼女の後姿を眺めて、再度溜息を吐くとヘイロンは重い足取りで城内へと戻っていく。


 ヘイロンが向かったのは城の最上階。

 今は櫓として使っているそこにはイェイラが歩哨として立っていた。


「どうだ?」

「ああ、ハイロ。とっても退屈ね。何も起こらないんだもの」

「それ、良いことじゃないか?」

「まあ、そうなんだけ――どぉ!」


 手持ちの望遠鏡を覗いていたイェイラはいきなり仰け反った。

 ぐわんと動いた身体を受け止めたヘイロンは、思わずそれに口を出す。


「ニア、急に出てきて驚かすのはダメだろ?」

「ごめんなさい。でもイェイラ、退屈だって言ってたよ」

「だからって驚かすのはやめてよ。心臓が飛び出るかと思ったじゃない」


 ニアは突然下から飛び出してきたのだ。

 もちろん今いる場所の下には足場なんてない。彼女は下から飛んできたのである。


 グウィンの指導もあって、ニアは背に生やした翼で空を飛べるようになった。

 しかしスピードはあまり出せない。人が地上を走る程度の速度しか出せない。それでもイタズラをするには便利なものだ。


「そんなにイタズラするんなら、その翼むしってやろうか!?」

「だってぇ……みんな忙しいからって遊んでくれない」


 ニアはヘイロンに抱きかかえられて、反省しつつも頬を膨らませた。

 確かに彼女の言い分も一理ある。

 あのミディオラでさえもしっかりと働いているのだ。ニアも色々と手伝いをしてくれているが彼女はまだ子供で、遊びたい盛り。つまらないと拗ねるのは当然と言えよう。


「落ち着いたら沢山遊んでやるから。今は我慢だ」

「はぁい……」


 落ち込みながらもニアはヘイロンの言いつけに頷いた。

 背に生やしていた翼を引っ込めると、腕の中から抜け出して階下に降りて行ってしまった。


「拗ねちゃったわね」

「こういう時ってどうすればいいんだ?」

「ううーん……ご機嫌でも取ってみたら? それこそ暇してるなら遊んであげたら良いじゃない」

「いや、俺も暇ってわけじゃ」


 反論しようとしたヘイロンにイェイラは手を振ってあしらう。

 忙しいから他所に行けと言外に言っているのだ。


 追い出されるような形で階下に戻ったヘイロンは、廊下を歩きながら考え込む。


「つってもなあ……子供って何に喜ぶんだ?」


 イェイラにああ言われたが、ヘイロンにはさっぱりだ。

 ニアは何をしても喜ぶが……あんな風に不機嫌な様子は初めてだった。機嫌を取るって言っても、何が良いかなんてヘイロンには分からない。


 唸りながら自室に向かうと、部屋の中から微かに声が聞こえてきた。

 それに耳を澄ますと、聞こえてくるのはニアの声だ。


「みんな忙しいんだって。つまんないなあ」


 そっとドアを開けて盗み見ると、ベッドに座ってぬいぐるみに話しかけているニアがいた。

 泣いてこそいないがどこか寂しそうな様子に、ヘイロンはどうしてやるべきか迷う。


「さびしいの慣れてるからだいじょうぶ。かなしくないよ。ハイロも言ってた。がまんしろって」


 それを聞いた瞬間、ヘイロンは部屋のドアを開け放っていた。


「ハイロ?」


 驚くニアを見据えて、ヘイロンは彼女の傍に寄る。


「さっきは悪かったな。ニアの気持ち、分からなかったんだ」

「ううん。ニア、へいきだよ」


 否定するようにニアは頭を振る。

 それでも握ったぬいぐるみを放そうとしない。口では平気というが寂しい気持ちは変わらないのだ。


「独りでいるのは寂しいもんな。知ってるはずなのに、大人になったら忘れちまうみたいだ」

「……ハイロも、同じ気持ち、なったことある?」

「ニアと全部同じじゃないかもしれないけど、そうだな。そういう時期はあったよ」


 ヘイロンの返答にニアは不思議そうな顔をした。

 何かを考えているのか。黙ってしまったニアを抱えて、ヘイロンはベッドに座る。


「ハイロ、ともだちいなかった? ニアとおんなじ?」

「どうだろうなあ。たぶん居なかったな。村には同い年の子供も沢山いたけど……おれ嫌われてたからハブられてたんだよ」

「なんで?」


 ニアはどうしてだろうと思った。

 今のヘイロンからは想像もつかないからだ。何も考えずに聞いてみると、ヘイロンはそれに言葉を詰まらせた。


「なんで……だろうなあ。俺もよくわからん」

「わからないの?」


 無垢な眼差しを一身に受けて、ヘイロンはかぶりを振った。

 嘘を吐いた――本当はよくよく分かっている。自分のことなのだ。知らないはずがない。


「嘘ついた。本当はちゃんとした理由があるんだ」

「そうなんだ……いやなこと?」

「すこーしな」


 小さく笑ったヘイロンを見て、ニアは何とも言えない気持ちになる。

 きっと嫌な思い出だ。ヘイロンはああ言っているけれどニアには分かってしまった。


「ハイロ、かなしい?」

「もう大丈夫だよ。昔のことだし、俺はもう大人なんだ」

「でも、とってもかなしそうな顔してる」

「そうかぁ?」


 自分の顔を触ってみる。ぐにぐにと頬をつねっても痛いだけだ。


「どうだ? 変わった?」

「うーん……すこし?」


 ヘイロンの笑った顔を見てニアは少しだけほっとした表情を見せた。

 けれど彼女なりに心配していることを察したヘイロンは、どうするべきか思案する。


「ニアが知りたいなら話してやるよ」

「でも、それ……かなしいことだよ?」

「そうだな。でもこの話は誰にも話したことがないんだ」


 聞こえた告白にニアは驚いた。

 誰にもということは、彼の師匠であるモルガナにも秘密にしているということだ。当然ニアよりも親しいのに、それを差し置いてヘイロンはこんなことを言う。


「なんで? なんでニアなの?」

「ニアが子供だからだよ。大人に話したって、ちゃんとした答えは出てこないんだ。皆子供の頃のことなんて忘れちまう。だから、俺はニアだから聞いて欲しいんだよ」

「う、うん」


 嬉しいような、少し怖いような。奇妙な感情に襲われながらニアは頷いた。

 はじめて。はじめてヘイロンがニアを頼ってくれたのだ。出来ればそれに応えたい。


 もう一度強く頷くと、ヘイロンはニアの頭を優しく撫でてくれた。

 いつもより優しい手付きで、優しい声音で。

 ヘイロンは長い長い昔話を話してくれた。


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