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93.成員、兵法を繰る

 

 それから数時間後――。


 自分の用事もそっちのけで、飯作りを手伝っていると外のテラスの中庭、芝生の上にグリフが舞い降りてきた。

 彼の背にはグウィンが乗っていて、彼はそこから飛び降りると肉と共に燻されているヘイロンの傍に寄ってきた。


「あなた、どこに行っていたの?」


 一緒に燻製肉の調理をしていたイェイラは、突然グリフと共に現れたグウィンに驚いた。

 空を飛べる翼人がグリフォンの背に乗るなんておかしな話である。けれど彼は飛べないというし、からかっては可哀そうである。


「偵察だ。自分で飛べるならそうするが俺は出来ないから、彼に協力してもらった」


 羽を繕っているグリフを親指で差して、グウィンは説明する。

 彼の話を聞いて、イェイラはお疲れさまと労うと串焼きを一本差し出した。


「味見してもらってないから。どうぞ」

「これ、何の肉だ?」

「たぶん……野鳥の肉ね。今日は沢山とれたの」


 それを聞いてグウィンは何とも言えない顔をした。


「悪気はないんだが、鶏肉は苦手なんだ。その、空を飛ぶやつは食う気になれない」

「翼人なりのジンクスみたいなもんか?」

「いや、こんなことをするのは俺くらいのものだよ。ほら、飛べないし」


 申し訳ない顔をしていると、彼の手中にあった燻製肉は頭上から顔を覗かせたグリフに食べられてしまった。


「おいしいよぉ」

「そう? よかった」

「もっとちょうだい!」

「ダメよ、これは保存食なんだから。もう少ししたらご飯の時間になるから、それまで我慢しなさい」


 イェイラに叱られたグリフは渋々引き下がっていった。

 いつの間にかグリフォンすら従えている彼女に、ヘイロンは驚く。


「お前って動物にでも好かれる才能があるのか?」

「何よ急に……そんなのないわよ」


 呆れ顔をしてイェイラは作業に戻る。


「これから報告したいんだが時間はあるか?」

「ああ、大丈夫だ。俺の他にフェイとローゼンもいいか?」

「構わない。意見は多い方がいい」

「ニアが呼んでくるね!」


 ローゼンは即席の鍛冶場。

 モルガナは近場で野草漁りをしているという。


 ニアは意気込んで、我先にと駆けて行った。




 ===




 グウィンからの偵察報告は、外のテラスで行うことになった。

 イェイラが傍で燻製肉を焼いている。その横で、四人肩を寄せ合って話し始める。


「なんでここでやるのよ」


 ――なんて文句が聞こえてくるが、無視してヘイロンはグウィンの報告を聞くことにした。


「まずは現状報告からしようか」


 そう言って、グウィンは地図を取り出した。

 長方形の紙面の、東側にカイグラード王国。西側に魔王城が描かれている。


「雷火の住処は王国から南西に位置するリカント大森林。そこにある」


 ちょうど魔王城のずっと南にある大森林はある。

 それを知って、ローゼンはふむと考え込んだ。


「ということは奴らの行軍ルートは大方絞れるな。戦闘員がいれば奇襲を仕掛けてもいいが……そんな余裕はないし」


 戦略を練るうえでこういった情報は大事だ。

 ローゼンはそういうのに慣れている。策を練るのはヘイロンよりも長けているのだ。


「彼らが行軍を早める可能性は低いはずだ。急いでいるわけではない。だから陸路で向かっているだろう。なら、この距離で計算すると少なく見積もっても五日から七日ってところだろうな」


 グウィンの予想に地図を凝視していたモルガナが顔を上げた。


「南方の天気はどうだった?」

「雲行きは怪しかった。雨が降り出す前だろう」

「なら行軍はもう少しかかるはずだよ。ちょうど大森林と魔王城の中央に河川があるだろう? 増水すれば超えるのに手間取る」

「それはあり得る。川を越えるのは苦労するんだ」


 三人の話をヘイロンは黙って聞いていた。

 彼にとっては相対する敵の情報がすべてだ。それを力でねじ伏せるのがヘイロンの仕事である。


「私だったら先回りして河川の上流から毒を流すね。水溶性の、触れたら激痛を与える毒だ」

「フェイ、それは幾らなんでも過激すぎるだろ」

「まあね。私も実際にやろうとは思っていないよ。楽しそうだけど」


 笑うモルガナにヘイロンは青ざめる。

 冗談だと言ったが、彼女の異名を知るヘイロンからしたら笑い事ではないのだ。


「それで、雷火の連中はどれくらいの数が動いてるんだ?」

「おそらく、百ほどは来ているはずだ。彼らは亜人の中でも人数が多い。なんせこの時を夢見て隠れて来たんだからな。手は抜かないはずだ」


 十人もいない城攻めにその十倍以上の人員を割くとは……それだけ相手は本気ということになる。


 漏れ聞こえてきた会話を聞いて、イェイラの手が止まった。

 彼女の表情は引き攣っている。おそらく絶望の渦中にいるはずだ。


 けれどそれを聞いても顔色を変えないのが、ヘイロンとモルガナ……それとローゼンだった。


 彼女にしてみたらこんな修羅場は幾度となく切り抜けてきたのだ。

 恐れることはない。そして、それに慢心もせず手を抜くこともしない。


「正面切って攻めて来ないはずだから、城の外壁の内側にある監視塔の補強もしておく必要があるな。索敵は重要だ」

「ならその作業はゴーレムにさせよう。しばらく城内の掃除はおざなりになるけど、仕方ないね」


 ローゼンの言う監視塔は、魔王城を囲むように四隅に建っている。

 けれどそれらはボロボロでかろうじて使えるくらいだ。補強が必要になってくる。


「しかし、城の周りは深い森で囲まれている。木々に遮られて上からの索敵は難しいんじゃないか?」

「それなら私とヘイロンに任せたまえ」


 グウィンの憂慮に、やけに乗り気なモルガナは笑いながらヘイロンの肩を叩いた。

 彼女が何を考えているのか……嫌な予感しかしないが何をやろうとしているのか。彼女の弟子であるヘイロンには薄々理解できた。


「罠を張るんだろ?」

「ふふふ、ご名答だ! 君は魔法で、私は毒物で攻める! いやあ、試したいものが色々あったんだよ」


 悪魔のような笑みを浮かべて、モルガナは立ち上がると一抜けで去っていった。

 足早に採ってきた植物が入った袋を担いで城内に消えていく。


「ヘイロン、お前の師匠はとっても頼もしいな!」

「まあな。フェイのやつ、やりすぎないといいけど……」


 一抹の不安を抱えつつ、師匠を心配するヘイロン。

 それを他所にローゼンは難しい顔をする。


「ううん、でも歩哨はどうする? 最低でも四か所。ここにいる人数の半分を割かなければならないのは痛い」

「俺が飛べたら良かったんだが……グリフォンの彼では大きすぎて目立つ」


 雷火の奴らが遠距離攻撃を使わないとも限らない。身体が大きいグリフでは恰好の的になってしまう。


「魔王城の周囲を罠で囲うとしても、それから漏れる奴もいるはずだ。いっそ割り切るって手もあるな」


 そう言ったヘイロンだったが、直後ある考えが浮かんだ。

 これならば罠から漏れた敵も何とかできそうだ。


「イェイラ」

「なに?」

「歩哨はお前に任せたい」

「なっ、……えぇ!?」


 突然のヘイロンからの任命。

 それに意味が分からないとイェイラは叫ぶのだった。


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