89.朋友、患う
話し合いを終えて皆の元へ戻ったヘイロンは慌ただしい様子に驚く。
ローゼンは火事場で汗を流しているし、ムァサドは両手いっぱいにミスリル鋼を抱えている。
ミディオラなんて、デカイ大木をなぎ倒してそれに齧りついているではないか。
「なにしてんだ?」
「ああ、ちょうど良い所にきてくれた!」
状況を飲み込めないヘイロンにローゼンは近づいてきてその手を取る。
「ヘイロンはどんな剣が好みだ!? 両刃? それとも片刃か!?」
「何でもいいけど……というかなんで手を握る必要があるんだ?」
「ふふん、これは私の趣味だ! 特に意味はない!」
「ハァ? お前まで変なこと言うなよ……」
モルガナから聞いた話が脳裏をよぎる。
別に好かれることは悪いことではないが……どうしてかあまり良い気分にはならないものだ。
一方的な好意を向けられているからだろうか。それとも相手が悪いのか?
「それで、これは何してるんだ?」
「襲撃に備えて武具の用意は必須だろう? だから私が作ってやろうと思ってな」
「作るって、素人にそんなことできんのか?」
「見くびられては困る。鍛冶屋の親父さんには腕がいいと褒められたんだ。素人同然のなまくらなんて打つつもりはない!」
やけに自信満々なローゼンはヘイロンの世迷言を一蹴した。
なんだか本人はやけに張り切っている。なぜだと考えて、そういえばローゼンはこういう奴だったと思い出した。
傭兵団時代――団長とは名ばかりで、ヘイロンは作戦立案やその他諸々の雑務など、やったことがなかった。強い相手と戦うことばかりを考えて戦場に赴いていたのだ。
だからそういった尻拭いはすべてローゼンがしてくれていた。
おかげで彼女は立派な傭兵団長になれたのだが……ヘイロンが傭兵団に身を置いていた時は仕方ないとはいえ、辞めた後も残らなくても良かったのだ。
律儀なところは彼女の美点ではあるが、ヘイロンはそこが気になっていた。
「……そういや、いまふと思ったんだが」
「なんだ?」
「俺が傭兵団辞めた後、どうしてお前、あそこに残ったんだ?」
ヘイロンが傭兵団を辞める時、もう戻ってこないことはしっかりと伝えていた。だから尚更彼女の立場を聞いて疑問が湧いたものだ。
まっすぐに問うと、ローゼンはさっきまでの笑顔とは打って変わって少しだけ悲しそうな顔をした。
「それは……他の生き方を知らなかったんだ。だから、仕方ないだろう。ヘイロンについて行きたくても、私では足手まといだ。それに、あそこがずっと私の居場所だったんだ。他に行くところもなかった」
「そう、だったな」
わるい、と謝ってヘイロンは俯いてしまったローゼンの頭を乱暴に撫でてやった。
――そうだった。
ローゼンの出自については昔聞いたことがあった。
けれど彼女のすべてに共感は出来ない。ヘイロンには親と呼べる人はいたし、愛情だって受けたこともある。
だから親が居ない人の気持ちは分からなかった。
けれど、彼女が寂しがっていることだけは……それだけは理解できたのだ。
「今は良いのか? ここに居ても」
「傭兵団を辞めるといったのは私だ。もう腹は決まっている。それに、ヘイロンが傍に居てくれれば、どこだっていいんだ」
「……そうか?」
気にしていない様子にヘイロンはとりあえず納得する。
「あっ……い、いまのはその……深い意味はないからな!」
「はぁ? なにが?」
「だぅ、だからっ! 傍に居たいとか、その……ッ、いいから忘れろ!」
「うァ――ッ、あぶねえな!」
ローゼンは急に顔を赤くしたかと思うと、手に握っていた金槌を振ってヘイロンの脳天をかち割ろうとしてきた。
間一髪でそれを避けたヘイロンだったが、いきなりこんなことをされる理由が分からない。
「なんなんだよ! 命を狙われるようなことした覚えはねえぞ!?」
「うう、うるさい! さっさとどっかいけ!」
「わかったよ。まったく……」
金槌を振り回すローゼンに、ヘイロンはたじたじになって去っていった。
去っていく後姿を見つめて、ローゼンは深い溜息を吐く。
自分が奥手なのもあるが、きっと相手の鈍感さのせいでもある。
「はぁ、あの人……他人の気持ちが分からないからなあ。一番大事なところでとぼけるんだから」
(でも、仕方ない)
ローゼンは諦めて前を向くことに決めた。
あんなのでも、好きになってしまったら――そう、仕方ないのだ。