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88.元勇者、誤算に気付く

 

 残された四人と一匹はこれからどうするか頭を悩ませた。


「よりにもよって相手はあの雷火か……これは難儀する」

「ムァサドは同じ獣人だものね。何か知ってる?」

「ううむ、知っていることと言えば能力くらいか。奴らは雷炎に変化する。生身を叩くには苦労する相手だ」


 ムァサドのように速さに優れていれば、相手が変化する前に叩ける。

 しかし彼と同等の速度で動けるものはこの場には居ない。対抗できるとしたら影の中を移動できるイェイラのハイドくらいであろう。


 ムァサドの情報を聞いて、ローゼンは腕を組んで思案する。


「雷炎に姿を変えるか……炎はいいとして雷は厄介だ。生身で受けて良い攻撃ではない」

「むゥ、儂でもあれはちと堪える」

「であれば防具の準備は必須だな! ミスリル鋼は絶縁耐性が大きいんだ。それを使って防具を作れば身体が痺れることもない」


 ローゼンは誰よりも張り切っていた。

 元傭兵団長の血が騒ぐのだろう。こういった修羅場はいくつも潜り抜けてきたに違いない。

 イェイラには彼女の姿が誰よりも頼もしく見えた。


「何か手伝えることはある?」

「そうだな……ミディオラの身体からミスリル鋼を剥いで使いたい。力仕事だし、それはムァサドにお願いしよう」

「むゥ、任された」

「オイラは!?」

「炉の火力を維持するために燃料が沢山いるんだ。だから木炭……木を沢山燃やして炭にする。それを手伝ってほしい」

「わかった!」


 そして――と、ローゼンはイェイラとニアを見る。


「二人には美味しいご飯を用意してほしい」

「え? ごはん?」

「ふふ、そうだ!」


 てっきりもっと別の仕事を振られると思っていたのに、飯の支度をしろとは。それではいつもと同じである。

 拍子抜けしている二人に、ローゼンは声高に語る。


「戦では戦力や武具もだが、兵糧というのも大事なんだ。美味い飯がなければ戦えない。飢えには皆勝てないんだよ」

「それもそうね」

「おそらく彼らが攻めてくるまでまだ猶予があるはずだ。その間、飲まず食わずでは先にこちらが倒れてしまう。大事なことだ。頼んだよ」

「ニアもがんばる!」


 やるべきことが決まった皆は立ち上がって手を合わせる。

 この問題は一致団結して取り組まないと乗り越えられない。決意を示して、それぞれの責務へと散っていった。




 ===




 ――その頃。

 ヘイロンとモルガナは、応接間にてグウィンの話を聞いていた。

 彼が言うには、今回の騒動を持ち込んだのは人間であるという。


「雷火の縄張りに奴らが侵入し、ルプト様と交渉したのだろう。というのが俺の村長の見解だ。俺も十中八九そうだと睨んでいる」

「……人間?」


 ヘイロンは思案する。

 雷火の長がこの場所に魔王の縁者であるニアが居ると知っているのはなぜか。おそらく、その人間に教えられたのだろう。

 そして、その秘密を知っている人物は限られてくる。


「もしかして、アルヴィオのやつか?」

「その可能性は大いにあるだろうね」


 ヘイロンの考察をモルガナは肯定する。

 しかし、こうして敵をけしかけるよりもあの剣聖を動かした方がヘイロンには分が悪い。アルヴィオだってそれは分かっているはずだ。


「アイツ、勝算があってこんなことしてんのかねえ?」

「君は彼の真意がどこに向いているのか……どう考える?」


 アルヴィオは無駄なことはしない。それはヘイロンも、彼の師であるモルガナだって理解している。

 だからこそのヘイロンの疑問だったが、モルガナは別の視点から問いかけた。


「真意?」

「彼は何を思ってこんなことをしているのかってことだ」

「そりゃあ、ニアや俺を殺すためだろ?」

「うん……それは少し違うと私は考えるね」


 モルガナはヘイロンの意見を否定した。

 それに驚きつつも、どういうことだとヘイロンは思案する。


 王都でアルヴィオとは対立した。彼がヘイロンに手心を加える必要はどこにもないはずだ。次会った時は殺すと宣言したのだから、こうして亜人をけしかけてくるのだってそれの延長線上にあるはず。


 ――というのがヘイロンの考えである。


「アルが君を殺したい、と考えるのは早計過ぎる。十年一緒にいて、君は彼のことをまったく分かっていないね」

「……何が言いたいんだよ」


 もったいぶるモルガナにヘイロンは苛立ちを隠せず眉を寄せた。

 その表情を見据えて、彼女はニヤリと口元の笑みを深める。


「私と同じように、アルも君のことが好きなんだ。今でもそうだと私は思っているよ」

「アイツは俺を裏切ったんだぞ!? どう考えたらそんな馬鹿なこと――」


 思わず立ち上がったヘイロンだったが、それを宥めるようにモルガナは語り掛ける。


「君の故郷で、初めて会った時。アレを見て、誰よりも目を輝かせていたのがあの子だ。畏怖でもなく、純粋な好奇心。いや……あれは俗にいう一目惚れってやつだね、きっと」


 モルガナは懐かしむように穏やかに笑ってヘイロンを見つめた。


「……ハァ!?」

「だから、私が考察するのは……純粋に君の夢を応援している、っていうところだね」

「なっ、ハァ!?」

「もちろんそこに君の気持ちを考慮するなんて配慮、少しもされてない所が彼らしい。いやあ、私の弟子は二人とも最高にイカレているね。見ていて飽きないよ」


 ハハハ、なんて他人事のように笑っているモルガナに、ヘイロンはかける言葉を見失った。


(まったく意味がわからん)


 胸中で呟いて、溜息を吐く。

 モルガナの言葉を要約すると、アルヴィオはヘイロンの為を思ってこんなことをするのだ、ということになる。

 それこそあり得ない、だ!


 どこをどう捉えたらそんな飛躍になるのか。ヘイロンには全く理解できない。

 これ以上考え続けたら抜け出せない気がして、ヘイロンは頭を振って今の話を忘れることにした。


 今考えるべきことは、攻めてくるであろう雷火についてだ。


「とにかく、そいつらがどれだけの数で攻めてくるのか。猶予はどれだけあるのか。それを知りたい」

「分かった。偵察なら任せてくれ」

「今更だけど、信用して良いんだな?」

「騙すつもりならこうやって接触していない」


 グウィンは笑って向けられた疑念を振り払った。

 それもそうかと考え直すと、ヘイロンは立ち上がる。


 色々な思惑が見え隠れする中、それを考えている暇はない。

 目の前に立ち塞がるというなら、容赦なく潰すのみだ。


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