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87.影者、慄く

 

 それは突然、ヘイロンたちの前に現れた。


「警戒しないでくれ。話がしたいんだ」


 両手を挙げて、グウィンは魔王城の住人達の前に現れる。

 ちょうど昼時、皆で外のテラスで食事をしている時だった。


 突然現れた翼人に、皆が一瞬固まる。

 誰だと問われる前に、グウィンは先に自己紹介をした。


「俺は翼人のグウィン。いま少しいいか?」

「翼人……」


 ヘイロンは彼の紹介に、そういえばと思い出す。

 彼のような翼の生えた亜人は傭兵として戦場に出ていた時によく見かけた。空を飛ばれて厄介だった思い出しかないが。


「翼人と言えば、獣人の一種だ。そんな奴がこの場所に何の用だ?」


 ムァサドが牙を向いて威嚇する中で、ニアがぽつりと呟く。


「お腹すいてるの?」

「え? いや、俺は話をしに」

「そうだ。飯でも食って行けばいい。今日の昼飯は猪肉のローストだ。脂のってて美味いぜ?」

「いや、おれは」

「儂が狩ってきた肉だ。無下にするつもりか?」

「……っ、わかったよ」


 どうしてか。昼飯を一緒に食べることになってしまった。

 この状況にグウィンは大いに困惑した。急に現れた、得体の知れない奴を普通飯に誘うか?

 やはりここの住人はおかしい奴らみたいだ。


 ――選択を間違えてしまったかもしれない。

 既に後悔しているグウィンの前に、美味そうな肉が置かれた。


 彼の顔は鳥頭。人間のような口は付いておらず嘴が伸びている。

 それを器用に使って猪肉のローストを平らげていく。


「うっ、うまい……!」

「はははっ! そうだろう、そうだろう。仕留めるのにだいぶ苦労したからなあ。美味そうに食ってくれて嬉しいぞ」


 豪快に笑って、ムァサドはグウィンの背を叩く。


「おや、お前さん……普通とは少し違うのか?」

「ああ、俺は空を飛べない」

「むゥ、それは難儀なもんだ」


 同情してくれたムァサドに少しだけ心を開きつつあったグウィンは、そうじゃないと頭を振る。

 ここには取り入りに来たんだ。こんな話をしている暇はない。


「行くところがないなら、ここに居てもいいぜ。ここにいる奴ら、除け者ばっかりだからな」

「私は違うぞ、ヘイロン」

「適当なことを言わない方が良いよ、君」


 ローゼンとモルガナから鋭い指摘をもらって、ヘイロンは言い淀む。


「ぐっ、お前ら。こういう時は話を合わせるんだよ!」

「誤解されるのは嫌なんだ」

「そうやって適当言うのは君の悪い所だ。直したまえ」

「わかったよ……一部。一部な」


 批難を受けてヘイロンは訂正する。

 落ち着いたところでグウィンは先の話の続きを語った。


「有難い申し出だが、俺はここには話をしに来たんだ。それを聞いてから判断してほしい」


 居住まいを正して、グウィンは皆の顔を見回す。

 緊張な面持ちをする者。何を話すかと楽しそうにしている者。それぞれの様子を見て、グウィンは告白する。


「雷火の旦那が、ここを狙っている。魔王の縁者を殺し、その座を奪おうとしてるんだ」


 一言、告げると誰よりも先に声を上げたのは、白髪の女だった。


「ら、雷火!? ライカってあの雷火よね!?」

「そうだ」

「どっ、どうしよう……」


 頭を抱えて恐れ戦いている女――イェイラだが、その他の皆は彼女ほどに動揺はしていなかった。

 あまり良い話ではないし、下手したら殺されるかもしれないのだ。緊張感がないにもほどがある。


「その雷火ってやつ、どれだけ強い?」

「ルプト・マグナルィヴ様は大狼だ。体躯の大きさはそこの竜人よりもある。並みの奴では相手にならない」

「ふぅん、図体がでかいならやりがいがあるな」


 楽しそうにヘイロンは笑った。それを見て、グウィンは焦る。


「まさか、真っ向から挑むつもりか!?」

「それ以外になにがあるってんだ?」

「死にに行くようなものだ!」


 やめておけと止めるが、彼はその気はないらしい。

 ここで争いに巻き込まれてはグウィンの苦労が水の泡だ。それだけは何とか阻止しなければ!


「俺がなぜこうして情報を持ってきたか。その意味を考えろ!」


 声を荒げて指摘する。

 それを聞いて、状況が読めたモルガナは口元に笑みを作った。


「ははぁ、なるほどね。そこの君も意地の悪いことをする」

「どういう意味だ?」


 彼女の隣に座っていたローゼンが問う。


「争いを避けるのが利口なやり方だって言いたいんだろう?」

「そうだ。今ならまだ間に合う」

「そ、それってつまり……」


 モルガナの発言に、イェイラはある考えが脳裏によぎった。

 争いを避ける――つまり、雷火の望みである魔王の縁者の命を差し出すということだ。ニアを殺せと、この男は言っている。


 大人たちはグウィンの言動の真意を察した。知らないのはニアだけだ。


「お前の考え、嫌いじゃないぜ。でもそれはあり得ない」

「……あり得ない?」

「なんたって、俺が居るんだ。そんなことする必要もねえよ」


 断言して、ヘイロンは膝上に乗っているニアの手を取った。


「ほ、本当にやるのか?」

「もちろんだ」


 即答したヘイロンだったが、彼の顔を射殺すように睨みつけている者が一人。


「ばっ――何考えてるのよ! 相手が誰か分かって言ってるの!?」

「ライカってやつだろ? 昔魔王相手に負けた奴だ。大丈夫だよ」

「敵の大将一人が攻めてくるわけじゃないんだからね!」


 ヘイロンの浅はかな物言いにイェイラは焦りを隠せない。

 彼女の発言にそれを聞いていたローゼンもその通りだと頷いた。


「彼女の言う通りだ。敵は一人ではない。ヘイロン一人で何百人を相手に出来るわけでもないだろう? 数で攻められたら終わりだ」

「そうなる前に大将を殺しちまえば解決だろ?」

「そう簡単に事が運んだら苦労はせんわな」


 ヘイロンの考えに、皆からは苦言が零れる。


「そういえば、この人はこういう性格だった……」

「つまり尻拭いは儂らの仕事ということか?」

「い、いやよ! こんなことで死ぬなんてぜったいイヤ!」


 阿鼻叫喚の仲間たちの様子を見て、ヘイロンはやれやれと肩を竦めた。

 しかし確かに、敵の規模がどれくらいか何も知らない。


 ニアを守り抜くには攻めてくるまでの猶予の中、どれだけの防衛手段を講じられるかがカギだ。

 そして相手の情報を知っていそうな奴がちょうどここにいる。


「グウィン、お前には色々聞かせてもらう。まだ言ってないこと、あるんだろ?」

「分かった……元々退路は断たれているんだ。協力させてもらう」


 ニアを椅子に座らせて立ち上がると、ヘイロンはグウィンと一緒に去っていった。それに面白そうだとモルガナもついていく。


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