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83.元勇者、沈黙する

 

 顔合わせが終わって魔王城に戻ってくると、入り口にはまだあの二人が居た。

 モルガナは飽きて戻ったのか、姿が消えている。


 ヘイロンに気付いてニアは近寄ってきた。

 しかしどういうわけか。イェイラは不機嫌な顔をしてそっぽを向くと、何も言わずに去っていく。


「まったく……何なんだ?」


 やれやれと肩を竦めて、ヘイロンは嘆息した。

 あれは機嫌が直るまでかなりかかるだろう。といっても彼女がなぜあそこまで不機嫌なのか。ヘイロンには理由が知れない。現状打つ手なしだ。


 困っていると、助け舟を出すようにニアがヘイロンの手を握った。


「イェイラ、まだよくわかんないって」

「独りにさせてくれってやつか? どうぞどうぞ、ご自由にしてくれ」


 モルガナが言ったように、ヘイロンに原因があるのならば放っておいた方がいい。

 イェイラのことは諦めて、ヘイロンはニアに頼みごとをした。


「そうだ、ニア。ローゼンの奴、部屋に案内してやってくれ。確か使ってないところあったよな?」

「うん!」


 ニアは元気よく頷いてローゼンの手を取った。

 戸惑う彼女を引っ張って、駆け出していく。


「こっち!」

「おっと、走ると転んでしまう。ゆっくりいこう」


 二人を見送って、ヘイロンは懐に入れてあった魔法書を取り出す。

 ローゼンに襲われてうやむやになっていたが、やらなければいけない事があったのだ。


「さて、俺はこいつの続きでもやろうかな」


 魔法書片手にヘイロンは自室に向かう。

 あれから魔王城も随分と過ごしやすくなった。ゴーレムたちが昼夜を問わず働いてくれるから、見る間に綺麗になっていき今では快適に過ごせている。


 ヘイロンの自室は殺風景だった。

 ベッドに机と椅子。それとボロの絨毯。壁掛けの蠟燭台。それとベッドの枕元にはニアのぬいぐるみゴーレムが居座っている。


 ――この部屋には同居人が居るのだ。


「ハイロ、ただいま!」

「おお、おかえり」


 机で魔法書を開いて書き物をしていると、ニアが戻ってきた。

 彼女は我が物顔で入ってくると迷わずにヘイロンの傍に寄ってくる。そのまま椅子に座っているヘイロンの膝上に乗っかると、腕を伸ばしてぬいぐるみを取った。


 この部屋の同居人――ニアは、ヘイロンに寄り掛かるとぬいぐるみを弄って遊びだす。

 そんな彼女に、ヘイロンは机の引き出しからある物を取り出した。


「えー、ごほん。お勤めご苦労であった。褒美を与えよう」


 おどけて手のひらの中にある包みをニアに渡す。それを見て、彼女は目を輝かせた。


「おかし! たべていいの!?」

「どうぞ、今日頑張ったご褒美だ」


 この前ホーミィから、日持ちする菓子を買っておいたのだ。


 強くなりたいとニアは言った。

 そうなるには途轍もない努力が必要になるとヘイロンは知っている。子供にはキツイしツライ。

 音を上げた時の為にご褒美で釣ろうと用意していたのだ。


 そんなことなど知らず、ニアはまんまと罠に引っ掛かった。

 本人は充分やる気もあるから、罠の役割などこれっぽっちもないが……喜んでくれるのならそれはそれで気分が良いものだ。


 菓子を食べるニアを見つめながらそんなことを考えていると、ふと顔を上げたニアと目が合った。

 しかしどういうわけか。つぶらな瞳は物憂げである。


「ハイロ……あのね」


 もじもじと身じろぎして、緊張した面持ちでニアは呟いた。


「大じじさま殺したこと、ニアおこってないよ」


 突然のことにヘイロンは呆然とする。

 彼女がどうしてこんなことを言うのか、理由が判然としない。子供なりに何か考えてのことだろうが――


「亜人のみんな、ゆうしゃのこと嫌いだけど……ニアはちゃんと好きだよ」


 だから大丈夫だ、とニアは言う。


 なんてことはない。ヘイロンの事を心配しているのだ。

 イェイラがあんなに取り乱しているのを見て、気にしていたのかもしれない。子供は繊細で無垢だから、それ故の憂慮だった。


「ははっ、勇者だからって悪口言われて、俺がビィビィ泣くと思うか?」

「……うん」


 おどけて語って見せても、ニアは笑わなかった。お菓子の包みを握って暗い顔をする。


「だって、いやな気持ちになる。ニアたくさん知ってるから。とっても悲しいよ」


 きっと自分が言われた言葉を思い出しているのだろう。

 俯いてしまったニアの頭を撫でて、ヘイロンは思案する。


「そうだなぁ……」


 少し考えて、ヘイロンはゆっくりと語りだす。


「あるところに身体が大きくて、とっても怖い顔をしてて凶暴な化け物が居たとしよう。そいつはどんな奴よりも強くて、何をしても死なないんだ。そんな化け物が悪口言われたくらいで泣くと思うか?」

「……ううん」

「だろ? 俺もそいつと同じなんだ。だから泣いたりしねぇよ」


 だから安心しろとヘイロンは言う。

 けれどニアはどこか納得していない表情で呟いた。


「でも……泣かないけど、きっとかなしいよ」


 その一言にヘイロンはどうしてか、何も答えられなかった。


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