82.朋友、熱狂する
それよりも――
「なんだよ、アルヴィオの奴も知ってんのか」
「私よりも金を払っていた。ヘイロンがどこにいるのか、よっぽど知りたかったんだな」
当然であると頷くローゼンを置いて、ヘイロンは思案する。
アルヴィオがこの情報を得て、何を仕掛けてくるか。彼の目的が未だ見えない。安直に考えるなら狙いはニアか。それともヘイロン自身か。
しかしどちらであってもアルヴィオが自らこの場所に乗り込んでくることはないだろう。
彼は表立って行動するタイプではない。そういう役目はジークバルトにでも頼むだろうし、動かしやすい輩ならパウラもいる。
難しい顔をしていると、気を引くようにローゼンが腕を引いてきた。
「そうだ! 私もこれからここに暮らすんだ。他の皆に紹介してくれ」
「うん? そうだな……いや、まずその前にすることがあるだろ」
ローゼンの首根っこを掴んで、ヘイロンはニアの前に連れて行った。
ニアはまだイェイラの傍で彼女を宥めている。
どんだけショック受けてんだ、と内心思いながらヘイロンはローゼンを突き出した。
「お前さっきニアのこと蹴っただろ。謝るのが先だ」
「そ、そうだな……」
ローゼンはしゃがみ込むとニアと目線を合わせた。申し訳なさそうに眉を下げて、素直に頭を下げる。
「先ほどはすまなかった。私も冷静ではいられなくて酷いことをしてしまった。怪我はないか?」
「う、うん……だいじょうぶ。ニアも痛いことしちゃったから。ごめんなさい」
「私のことは良いんだ。こんなの何の問題もない。戦場に出ていればかすり傷だ」
仲直りの握手をして二人は笑った。この場で唯一泣いているのが、先ほどから頭を抱えているイェイラのみである。
「お前、どうしたんだよ。おかしいぞ」
「うう、うるさい! なんであなたがよりにもよって勇者なのよ!」
「なんでって言われても……仕方ないだろ。そうなんだから」
「イェイラ、なかないで」
ニアが慰めると彼女はその小さな胸に顔を擦り付けた。
いよいよおかしくなってきたイェイラに、どうしたもんかと悩んでいると城の内部から楽し気な笑い声が聞こえてくる。
「なんだか穏やかじゃないねぇ」
騒ぎを聞きつけて今頃顔を出したモルガナは、混沌とした状況に指を差して尋ねた。
「なんだいこれは。痴情の縺れってやつ?」
「当たらずとも遠からずってやつだな」
「ふぅん、そうか」
モルガナは皆の様子を一瞥した後、ヘイロンに手を振った。
「とりあえずだね。事の一因である君が居ては収拾できないから、他所に行った方が良い。邪魔以外の何物でもないよ」
「わーかったよ」
除け者にされたヘイロンは、ローゼンの手を取って歩き出す。
「お前も来いよ。他にも紹介する奴いるから」
「うっ……うん」
少しだけ照れたようにはにかんで、ローゼンはヘイロンの隣を歩く。
彼が向かったのは休憩中の二人の元だ。
「――起きろ!」
「むぐぅッ!」
ムァサドは先ほどと同じように芝生の上で寝転んでいた。容赦なく目を覚まさせると、彼は飛び跳ねて起き上がる。
「ぬぁっ、なんなのだ!?」
「休憩は終わりだ」
「寝てはおらんぞ! 少しまどろんでいただけだ!」
「サボってんのは一緒だろうが」
達者な口で言い訳をするムァサドは、ヘイロンの背後にいる人影に気付く。
「そこのは?」
「ローゼンだ。これからここで共に暮らすことになった。よろしく頼む」
「ムァサドだ。いやはや、なんだか騒がしくなってきたのう。賑やかなのは良いことだ」
「一人五月蠅すぎるのもいるけどな。あのトカゲとか」
ヘイロンの一言に、遠くから地響きが聞こえてきた。
それは徐々に近づいてきて、木々の隙間を縫って噂の張本人が現れる。
「それオイラのことかァ!?」
ヘイロンはうるさいミディオラにしらを切ろうと明後日を向く。
そもそもトカゲ呼びに反応してたら、ソレは逆に自分で認めていることにならないか? なんて思ったが、わざわざ言ってやるのも面倒だ。
黙っていると、突然現れた竜人にローゼンが目を輝かせた。
「すっ――すごい!」
ミディオラの身体は半分がミスリル鋼で覆われていた。
毎日美味い飯を食えるくらいにしか本人は思っていないが、彼の同化の能力は実際凄まじい。
資金源にもなるし、腕の良い鍛冶師が居れば武具は作り放題だ。まさに金の卵である。
唐突に褒められて、ミディオラは呆然とした。
しかしそれに構わずローゼンは無遠慮に近づいてその身体を観察する。
「え? え!? なに?」
「これ、全部ミスリル鋼だよな!? これだけあればどれだけ武器を打てる!? 防具だって最高級のモノが作れるじゃないか!」
「ななな、なんだよぅ!」
戸惑っているミディオラは大きな身体をもぞもぞとくねらせる。
ちょっと気持ち悪い――とは言葉には出さないが、ローゼンはそんなミディオラの様子は眼中にないらしい。
彼女の高揚ぶりにヘイロンはそうだったと思い出した。
職業病とでもいうのだろうか。彼女は武具に対してかなりの見識を持っている。質の良い業物なんて見た日にはそれはもう、とってもうるさい。
傭兵家業が休みの日はよく武器屋巡りに付き合わされたものだ。
「お前すごいな! こんなの中々お目に掛かれない!」
「す、すごい……ほんと!? それってオイラのこと、好きってこと!?」
「ああ、もちろんだ!」
「はっ――はあぁぁ!!」
ローゼンの一言にミディオラは尻尾をブンブン振り回す。
風圧で木々がしなる中、ローゼンはミスリル鋼に夢中だ。
「またやっとるわ」
「アイツ、本当は誰でもいいだろ」
調子の良いお子様ドラゴンに、二人は諦めの溜息を吐いて苦笑するのだった。