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79.幼女、がんばる

 

「ハイロぉ!」


 呼ばれて振り返るとニアが嬉しそうに手を振っている。

 何事だと近づくと彼女は見せつけるように手を前に突き出した。


「できた!」


 ニアの両手は獣人のように変化していた。

 毛むくじゃらの手に鋭い爪。ムァサドの手を真似たのか、手指は四本。骨格も変わっている。

 これにはヘイロンも内心驚いていた。まさか初めてでここまで出来るとは。


「ここまでとは儂も思っておらんかったよ」

「ニア、がんばったよ!」

「おおっ、すごいなあ」


 はしゃぐニアの傍で、ヘイロンはしゃがみ込んで彼女の手を取る。


「早速だけどニア、これ元に戻せるか?」

「え?」

「元のニアの手に戻せないと。それが出来なかったからこれは使っちゃだめだ」


 言い聞かせるとニアは自分の手を見つめて、それからヘイロンの顔を不安げに見上げた。


「ど、どうしよう!」


 戻し方が分からないとニアは言う。

 焦って泣きそうになるニアを抱きかかえて、ヘイロンは大丈夫だと宥めた。


「焦る必要はない。さっきと同じようにやればいい」

「う、うん……」


 ヘイロンの手を握って、ニアは集中する。


 鋭い爪が皮膚に刺さって少し痛い。

 初めてだというのにニアの変化の精度が良い。魔王の一族というだけでなく、彼女のセンスが良いのだろう。


 これは魔法習得にも言えることだが、センスがないと習得の度合いも速度も段違いである。

 これに関してはヘイロンも、兄弟子のアルヴィオもモルガナが目を見張るほどの才能を持っていた。他人よりは苦労した記憶はない。


 だからヘイロンには凡人の気持ちは分からない。

 もしニアに才能がなかったら、ヘイロンがこうして指導するのも苦労したことだろう。けれどこの様子だと無用の心配だったらしい。


「できたぁ!」


 変化した獣の手は、元の小さな手に戻っていった。

 嬉しそうに見上げるニアを抱きしめると、ヘイロンはニッコニコの笑顔を見せる。


「やるじゃないか!」

「えへへ」


 頭を撫でると、ヘイロンはニアを降ろして彼女の手を握る。


「明日から特訓だ。変化と元に戻す。それを問題なく出来るようになったら、他のモノにも挑戦してみよう。腕以外にも変えられるだろうからやることは沢山あるぞ!」


 どういうわけかヘイロンはニアよりも楽しそうだ。

 それを見ていたらニアも楽しくなってきた。


「ニア、もっとがんばる!」

「おっ、いーい心がけだ! ほんと、あいつらにも見習ってほしいもんだよ」


 軽口を言って、ヘイロンはニアを抱えると外を周って魔王城の入口へ向かって行く。

 今日のニアの訓練はおしまい。これからはヘイロンの個人的な魔法研究を始める予定だ。


「俺はこれからちょっと忙しいから、ニアは遊んでな。飽きたら誰かの手伝いでもしてやってくれ」

「ハイロは? お手伝いする?」

「うん? たぶんニアは難しいんじゃないかなあ」


 それを聞いて、ニアはしょんぼりと項垂れた。

 その様子を見て、ヘイロンはしばし考え込む。


「俺は構ってやれないけど、一緒に居たいなら居てもいいよ」

「い、いいの!?」


 落ち込んでいたのがすぐに笑顔になったのと見て、ヘイロンは思わず笑ってしまう。

 いじめたいわけではないが、こういうのは少し楽しい。


 あまりにも笑われるものだから、ニアは恥ずかしくなってそっぽを向いた。

 直後、ニアの視界に人影が映りこむ。


「……だれ?」


 魔王城の入り口。そこの階段下にその人影は立っていた。

 フードと外套で身元を隠した誰か。男か女かも分からない。

 それはニアの視線に気づいても、身動きすらしなかった。


「は、ハイロ……あれ」

「なんだ?」


 ニアが謎の人物を指差す。それにヘイロンが目を向けた。

 瞬間、ヘイロンは自分に向けられている視線に気づいた。射殺すような眼差し。それに声を掛けようとする刹那――


「やっと……っ、やっと見つけた!」


 叫ぶような声音にニアは肩を揺らして身体を強張らせた。

 聞こえた声には怒りとも憎悪ともとれるような感情が含まれているように感じた。そしてそれはヘイロンも察知出来たはずだ。


 叫び声を上げた人影は、すぐさま駆けだした。

 跳躍して階段を超えると、二人の前に躍り出る。


 距離は約三メートル。

 一気にそこまで距離を詰めたと思ったら、そこから先は一瞬のことだった。


 刹那――正確に投擲されたナイフがヘイロンの顔面目掛けて向かってくる。

 ニアを抱えているヘイロンはそれをすぐには避けられなかった。代わりに右腕を犠牲にしてナイフを止める。

 瞬間、ヘイロンは違和感を覚えた。今の攻撃は普通じゃない。

 それを直感的に感じ取ったのと、右腕が内側から裂けたのはほぼ同時だった。


「ぐっ――」


 痛みに一瞬思考が止まる。

 そしてそれを相手は見逃さなかった。


 ナイフを投擲した直後から、剣を抜いて駆けてきていた。その切っ先を完全に避けきることは不可能だ。

 代わりにヘイロンは咄嗟に抱えていたニアを放り出した。

 空いた左手で、突き立てられた剣先を逸らす。


 心臓を狙った一撃は、逸らされて右肩に突き刺さる。

 衝撃でヘイロンはよろけて背後にあった城の壁に寄りかかった。逃げ場がない状態で、肉薄した相手のフードがずれて隠していた顔が明かされる。


「おまえ、は……っ」


 襲撃者の顔を見たヘイロンは息を飲んだ。彼女がどうしてここにいるのかも。どうして襲いかかってきたのかも。その理由が分からなかったからだ。


 問いかける言葉を失って、沈黙するヘイロンにその人は声を張り上げる。


「アンタ――ッ、何やってるんだよ!」


 怒りに震わせて叫んだ声。

 それを聞いてニアは、とても怒っているのだと思った。けれど見えた横顔にニアは驚く。


 ヘイロンと対峙している彼女は、なぜか泣いていたのだ。


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