78.元勇者、対策する
ヘイロンは手始めにモルガナの元へ行って、ニアの魔力調査を依頼した。
以前のように水薬に血を混ぜてそこに花を活ける。
「フェイ、魔法書貸してくれないか?」
「いいけれど……なんだい? 君が勉学に励むなんて珍しい」
「ちょっとな」
モルガナの自室兼書斎で、ヘイロンはボロのソファに座ると膝上にニアを乗せて魔法書を開く。
ペラペラとページを捲って、本を閉じてを繰り返すヘイロンを見て、ニアも魔法書を一冊手に取ってみた。
中身を見てみるが、書いてあることが難しく全く分からない。何やら図も描いてあるけどそれだってさっぱりだ。
「アルヴィオのやつ、俺の魔法阻害なんて面倒なことしやがるから、それなんとかしとこうと思ってな」
「へえ、彼もやるねぇ」
「正面きって使われたら打つ手なしだけど、魔道具の方は何とかできそうだ」
「ふぅん、それの発動条件は?」
「たぶん対象の魔力だから、血は流せない」
「……あー、それは」
ヘイロンの話を聞いてモルガナは珍しく言葉に詰まった。
それに顔を上げて彼女の顔を見つめると、ヘイロンの眼差しにモルガナは不自然に目を逸らす。
「なんだよ」
「それ、私のせいかもしれないなあ。……なんだか心当たりがある」
「はぁ?」
「君の前にアルが会いに来たって言っただろう? その時、君の魔力サンプルが欲しいって持って行ったんだよ」
「な、なんでそんなの持ってんだよ!?」
「大丈夫。君だけじゃないよ。アルのもちゃんと持ってるから」
柔和な笑みを浮かべてモルガナは弁明する。
まったく大丈夫じゃないが……ヘイロンは溜息を吐いて魔法書を閉じた。
「そうだ。君も同じものを作ったらいい。アルの魔力サンプルならここにある」
「魔道具制作なんて専門外だ。それに魔法阻害なんて高等すぎてそんなの作ってる暇あるなら対策練った方が早い」
「ま、それもそうか……」
話が終わったところでヘイロンは活けてある花を確認する。
花弁についた色は赤と青の二色。
赤は魔王の魔力として……青の魔力はニアのものだ。
「うん、前よりは増えてきてる」
「ほんと!?」
「ああ、この調子なら問題ないな」
花弁の色が二色ということは、ニアの中にはすでにヘイロンの魔力はない。それでも元気にしているのだから魔力不足は心配する必要もなくなったと見て良いだろう。
「フェイ、魔法書借りてくぜ」
「どうぞ」
モルガナに断って、ヘイロンはニアを抱き上げると退室した。
「どこに行くの?」
「ムァサドのところだ。アイツに手伝ってもらおう」
ヘイロンはニアを強くしてやると言ってモルガナの元を訪れたはずだ。
それがどうしてムァサドのところに行くことになっているのか。
ニアはヘイロンの腕の中で不思議そうな顔をしながら黙ったまま従う。
外のテラスへ向かうとムァサドは芝生の上で寝ていた。
飯を食ったあとの昼寝ほど心地よいものはない。しかし彼の極楽もすぐに終わりを迎えることになる。
「起きろ」
「むがっ」
鼻頭を掴まれてムァサドは飛び起きた。
どういうわけか、頭上からはヘイロンがこちらをじっと睨んでいる。
「呑気に昼寝とはいい度胸してんじゃねえか」
「き、休憩中だ。少しくらい良いだろう!?」
「……ま、それもそうだな」
あっさりと許してもらったことにムァサドは怪訝がる。
どういうことだと思っていると、ヘイロンは抱えていたニアを起き上がったムァサドに預けた。
「休憩ついでにお前には手伝ってもらうぜ」
「手伝う?」
胡坐をかいた上にニアを乗っけて、ムァサドはヘイロンに問う。
すると彼は分かりやすく説明してくれた。
「強くなるには、まずはニアが自分の能力を理解することが大事なんだ」
「……りかい?」
「俺が思うに、魔王の『万化』の能力は知識と理解が重要になってくる」
「う、うん?」
けれどヘイロンの説明はニアには難しかった。
険しい顔をして聞いているニアの手を取って語って聞かせる。
「例えば、ムァサドみたいな手に変化させるとしよう。毛むくじゃらで鋭い爪がある。何も見ないでこれに出来るか?」
ヘイロンの問いにニアはムァサドの手を見た。
自分の手と大きさも骨格も、形も全く違う。細かい違いも沢山あるはず。それはこうして見て比べられるから分かることだ。
ヘイロンのように何も見ないでこのように出来るかと言われると、きっと無理だ。
「できないよ」
「それはどうしてだ?」
「……わからないから?」
「うん、その通りだ!」
ヘイロンはニアの答えを聞いて嬉しそうに笑った。
「俺が使う魔法もそうだ。魔法って言うのは魔法書を読んだだけじゃ使えない」
「そうなの?」
「これに載っているのは、魔法の原理だけ。これをどうやって使うかは自分で考えて、自分のものにしていくしかない。だから魔法士によって魔法の使い方も違うんだ」
杖を使う者もいればヘイロンのように自分の身体を媒介に使う者もいる。
使い手によって魔法は多種多様な顔を見せるのだ。
「どうだ? 面白いだろ!」
「うん!」
「それで、その話がどう関係してくる?」
ムァサドの横やりにヘイロンは説明を続ける。
「つまり、ニアの能力もそうやって知識を増やして理解して、作っていくしかないってことだ。実物に触れて、見て自分のものにしていく。魔法と少し似てるな」
「どうやるの!?」
「まずはムァサドの手の形、感触。どういう作りなのか。とにかく観察してみろ」
「うん!」
ヘイロンの指示に、ニアは俄然やる気になった。
ムァサドの大きな手を取って、じっと観察する。
その様子を眺めながらヘイロンはテラスの階段に腰かけて魔法書を開く。
「さて、どうするかな……」
今のヘイロンは魔法を封じられては何の対抗手段もない状態。
次同じ手を食らったらどうするか。早急に対策を練らなければならない。
一つ、魔法を封じられても戦えるように武器を携帯する。
これが一番現実的である。もっともその相手が剣聖であれば、それが必ずしも好手とはならない。
二つ、魔法阻害を使われる前に倒す。
一撃必殺。即死級の技をお見舞いする。
これについてはやろうと思えば手段はある。しかしリスクが大きすぎる。魔力の消費が半端ないし、制御が難しい。使うとしても最終手段だ。
「剣なあ……うーん」
剣を持つことにヘイロンは渋っていた。
武器の類は一通り扱えるし苦手でもない。そういったのには昔世話になったから腕も衰えていない。
けれどヘイロンが最初に学んだのは魔法だった。故に剣よりも魔法の方が性に合っていると自覚している。
それに剣には少しばかりトラウマもある。
「けど、まあ……そんなことも言ってられないしな。仕方ない」
熟考して、ヘイロンは諦めた。
ニアを狙ってくるのなら手段を選んじゃいられない。使えるものは何でも使う。
――そう、なんでもだ。