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77.賢者、蹂躙する

 

 獣人の一族である雷火たちは、体躯に獣の特徴を受け継いでいる。

 鋭い爪と牙、それに強力な膂力。

 一族の中でも彼らの形は様々だ。二足のヒト型もあれば、形態変化を終えた四足の獣もいる。

 そして彼らは一様に雷炎に変化できる。


「きっ、きたあぁぁ!!」

「はっ、やはりそうなるか!」


 アルヴィオの背後に控えていた二人の元にも彼らは問答無用で襲い掛かってきた。

 ジークバルトはすぐさま剣を抜くと、胴に一閃。しかし、まったく手ごたえがない。


「……っ、これは」

「あ、あれは……雷、いや炎ですか?」


 パウラは一瞬のうちに変化してしまった雷火たちに驚く。

 雷炎に姿を変えた彼らは、すぐに元の実体に戻った。これが彼らの一族の能力なのだ。


 彼らは実体と幽体を使い分ける。

 幽体とは目の前にあると分かるが触れられないもの、またはその性質に似ているモノを指す。光、雷、炎……ダメージを与えられないモノでもある。

 その能力があるおかげで、彼らは無類の強さを誇るのだ。


「ははっ、確かにこれは骨が折れる!」

「ジ、ジークバルトさん! どうするんですかぁ!?」

「ふははっ、そんなもの、決まっている!」


 剣聖は笑いながら敵の懐に踏み込んでいった。


「あっ、ちょっと!? 私のこと置いていかないで――ひぃっ!」


 高ぶりが抑えられずに猛進していった剣聖の背を追いかけて、パウラは駆けだそうとした。けれどそんな彼女は格好の獲物だ。

 雷火たちはそれを見逃さず、歯牙を向ける。


 しかし、聖女の洗脳が強烈に効いている護衛の兵士が、その攻撃を身を挺して防いだ。


「ジークバルト、くれぐれも殺さないでくださいよ!」

「委細承知!」


 背後の戦況を目端で確認したところで、アルヴィオの頭上からも三人の雷火が襲い掛かってきた。

 しかし彼らの歯牙が彼を貫く前に、アルヴィオは先手を打つ。


 賢者アルヴィオはその場から一歩も動かなかった。襲い掛かってくる獣人をバイザーの奥から見つめる。

 刹那――彼らの顔面に閃光と爆音。空気を震わす振動は、木々を揺らし爆風を生み出した。


「やはり、幽体になる前に攻撃すればダメージは与えられますね」

「ぐぅっ、貴様……何をした!?」

「手品の種をわざわざ教える阿呆がどこにいますか?」

「ぐうぅ……」


 アルヴィオに襲い掛かってきた三人はものの数秒で撃退された。

 彼は雷火たちの命を奪うことはしなかった。そうすれば交渉どころではない。あくまでこの場には話し合いに来たのだ。


「この男、強いぞ!」

「我らの弱所をすぐに見抜くとは……だが後ろの奴らは八つ裂きにする!」


 残りの七人はアルヴィオを無視して、二人を襲いにかかった。

 けれど剣聖ジークバルトがそれを許さない。


 彼は雷火が幽体化する前に、一気に間合いを詰めて袈裟懸けに斬りつけた。

 鮮血が飛び散り、それが剣聖の力をさらに増す。


 普通の獣人であったら、彼の動きにも反応できただろう。

 しかしこの雷火という一族は、その能力から獣人としての素早さは他とは劣っている。それでも人間と比べれば俊敏ではあるが、その程度では剣聖ジークバルトを抑えることは出来なかった。


「ふははっ、貴様らの力はこんなものかッ!」

「ぐっ、な、なんなのだこいつらは!」


 手傷を負った彼らは地面に倒れ伏して侵入者を見上げるだけだ。

 対してこちらの損害は、パウラの護衛の二名が負傷、剣聖が右手を火傷。その負傷も聖女の回復魔法で治せる。実質無傷である。


「パウラ、そちらの治療が終わったら彼らもお願いします」

「え、……は、はい!」


 無傷で佇むアルヴィオの指示に、聖女も剣聖も。そして雷火たちも驚きを隠せなかった。


「こいつらは牙を向けてきた。何を考えている?」

「先ほども言ったでしょう。殺したら元も子もない」


 冷静にジークバルトの問いに答えて、賢者は襲撃者の雷火たちを見た。


「ど、どういうつもりだ? 情けを掛けるつもりか!?」

「いいえ、貴方たちにはこれから選択をしてもらいます」

「……選択だと?」


 彼ら警護団の隊長であろう獣人に、アルヴィオは淡々と語って聞かせる。


「ここで私たちに殺されるか。貴方たちの長の元に案内するか。先も言った通り、私たちは交渉に来たのです」

「もしその交渉が決裂した場合、我らを殺すのだろう!? そんな者たちを信用できるか!」

「勘違いしないでください。この交渉がどう転んでも、貴方たちに私たちは殺せない。たった今それを痛感したところでしょう? 最終的に選ぶ道は既に決まっているんですよ」


 賢者の言葉に、獣人は沈黙した。

 顔を伏せて拳を握る。その胸中がアルヴィオには手に取るように分かった。そして、口元に笑みを浮かべる。


「さぁ、どうしますか?」

「……っ、わかった。長の元に案内しよう」

「懸命な判断ですね。傷が治ったら行きましょう」


 断腸の思いで彼は頷いた。

 それを確認したところで、パウラに彼らの治療を命じる。


 けれど未だ彼らは侵入者であるアルヴィオたちのことを警戒していた。

 隊長の獣人は、アルヴィオに問う。


「貴様……あの結界、どうやって解いた? あれは人間に解けるものではない」

「さぁ? どうしてでしょうね?」

「貴様、もしや――」

「貴方にこれ以上話すことはない。行きますよ。案内してください」

「ぐっ、わかった」


 パウラによる治療が済んだところで一行は、雷火の住処へと入っていく。

 先を行く雷火たちを見つめて、アルヴィオは胸中で落胆していた。


(かつての三強も、この程度とは……期待外れだ)


 この程度では到底、あの勇者は殺せない。

 その事実を痛感して、アルヴィオは深く息を吐いた。


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