表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/123

74.元勇者、決意する

 

 魔王城の補修も、ゴーレムのおかげで粗方済んできた。

 生活基盤が安定してきたところで、ヘイロンはあることを始める決心をつける。


「お前たちには戦闘技術を磨いてもらう」


 突然の宣言に、外のテラスで昼飯を食べていた皆は固まった。


「なんで?」

「こんな場所、攻めてきても何もないわよ」

「むゥ、その通りだ」


 ヘイロンの意見に皆は同じ答えを出した。

 ぐうたらドラゴンのミディオラもうんうん頷いている。

 唯一それに何も反応しないのはモルガナだけだ。


「前にこいつに聞いたんだよ。魔王の座を狙っている奴らが居るってな」


 ミディオラを指差してヘイロンは語る。

 そうすると、彼らもそれを知っていたのだろう。口々に語りだした。


「あー、そういえばいたわね」

「有名どころと言えば『死灰シカイ』と『雷火ライカ』か」

「ライカ?」


 聞いたことがない名が出てきた。それに問いただすとムァサドは丁寧に説明してくれた。


「儂と同じ獣人の一族だ。雷火ライカの大狼。死灰シカイの黒竜。万化バンカの魔王ガルデオニアス様とで、千年前は三竦みとして君臨していた」

「そいつら、強いのか? 魔王の座を争ってたんなら、ガルデオニアスには負けたんだろ?」

「彼らの実力は拮抗していた。誰が魔王になってもおかしくはなかったのだ。千年経ったが、油断していい相手ではないのは確かであろう」


 神妙な面持ちでムァサドは語る。

 彼の表情を見ればどれだけの相手か、ヘイロンにも察しはついた。


「だったらなおさら、強くなんなきゃなあ」


 ヘイロンの一言に、大人組はどんよりと表情を曇らせた。

 けれどヘイロンの膝上に座ったニアだけは、嬉しそうな顔をして見上げる。


「ニアも強くなれる?」

「ははっ、もちろんだ。俺に任せろ!」


 笑いかけて、ヘイロンはニアの頭を撫でる。

 それに間髪入れずに抗議の声が聞こえてきた。


「そうは言っても、何すればいいわけ? 私はハイドがいるし」

「この老体に汗水流して特訓しろと!?」

「痛いことするんだろ!? いーやーだー! いやだ!!」

「お前らなあ……少しはニアを見習え」


 呆れてヘイロンは嘆息した。

 けれど、一人だけ無反応だったモルガナが彼らの意見を弁明する。


「彼らは戦えない訳じゃないしねえ。君もいるし。状況が切迫してないんだ。やる気も起きないだろうよ」


 彼女の意見には一理あるとヘイロンは唸る。

 実際、今は平和そのものだ。何も問題は起こっていないし、ヘイロンのこれも取り越し苦労だと言われては返す言葉もない。


「でもその子に関しては私も同意見だ。彼女の立場もある。出来る出来ないはこの際置いといて、努力はした方が良い」


 モルガナは的確な助言をする。

 ヘイロンも彼女の意見には同意だ。しかし彼の師匠はこんなことを言う。


「そして私はそれには関与しない。なんたって面倒だ」

「手伝ってくれないのか?」

「私は人嫌いなんだ。言わせないでくれ」


 モルガナは素っ気なく言い放って席を立った。

 今更だろうとヘイロンは思ったが、本来の師匠はこういう人だ。仕方ないなと嘆息して、ヘイロンは思案する。


「何をするにしてもまずは知らなきゃな」

「なにを?」

「ニアのことだよ。死んだ魔王についてもあまり詳しくないし、もしかしたらそこに何かヒントがあるかもしれない」


 その話を聞いていたムァサドが、我こそはと胸を叩いた。


「魔王様のことなら儂に聞くといい。なんでも答えられるぞ!」

「おっ、そりゃあ頼もしいな」


 ヘイロンが知りたいのは、魔王ガルデオニアスの能力。それと一族間での能力の継承はあり得るのか。このふたつだ。


「魔王様の能力は万化バンカ。つまり、変化の能力だ。身体を自在に変えられる。亜人の形態変化と似ているな」


 ムァサドの説明にヘイロンはかつて戦った魔王の姿を思い出す。

 彼の言う通り、魔王は千変万化だった。どんな姿にも化けられるのだろう。使いようによってはかなり強力な能力で、彼が魔王であることに納得の力だ。


「そいつをニアが獲得できる可能性はあるか?」

「うむゥ……ゼロとは言い切れんなぁ。魔王様の一族ならば可能であろう。しかしそれも魔力があればという前提の話だ」

「ま、そうだろうな」


 ムァサドの話を聞き終えて、ヘイロンは考え込む。

 その様子をニアは不安そうに見つめていた。


「ハイロ……」

「ニアの魔力、前よりは増えてると思うぜ。だから心配するな」

「う、うん!」


 ヘイロンの激励にニアは笑顔を取り戻した。

 潜在魔力は以前のように調べてみないと分からないが、確実に増えている。それはニアの身体の成長が示している。

 ここ数日で背も伸びたし骨格もしっかりしてきた。力だって少しずつ強くなっている。微々たるものだがこれも積み重ねだ。

 このまま成長すれば、年相応に身体も成熟してくるはずだ。


「ニア! 俺たちの未来は明るいぞ!」


 いきなり立ち上がったヘイロンは、ニアを持ち上げて力いっぱい抱きしめた。


「そうと決まれば早速フェイのところに行こう! 善は急げだ!」

「うん!」


 偶然でも必然でも、なんでもいい。こうして出会えたのだ。

 ヘイロンが彼女にしてやれることは、これ以上惨めな思いをさせないこと。まだ幼いニアに、自分と同じ思いはさせられない。


 小さな身体を抱えて、ヘイロンは清々しい気持ちで駆けて行った。




 ===




 モルガナは食事を終えて、自室である書斎に戻ってきた。

 城内で人気のない場所にある一室は、薄暗くとても静かだ。


 彼女は室内に置いてあるボロのソファに腰かけると、静寂に声を掛ける。


「死灰か……因果なものだね、アイシェ」


 モルガナは切なげに瞳を伏せると、静かに力なく笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ