74.元勇者、決意する
魔王城の補修も、ゴーレムのおかげで粗方済んできた。
生活基盤が安定してきたところで、ヘイロンはあることを始める決心をつける。
「お前たちには戦闘技術を磨いてもらう」
突然の宣言に、外のテラスで昼飯を食べていた皆は固まった。
「なんで?」
「こんな場所、攻めてきても何もないわよ」
「むゥ、その通りだ」
ヘイロンの意見に皆は同じ答えを出した。
ぐうたらドラゴンのミディオラもうんうん頷いている。
唯一それに何も反応しないのはモルガナだけだ。
「前にこいつに聞いたんだよ。魔王の座を狙っている奴らが居るってな」
ミディオラを指差してヘイロンは語る。
そうすると、彼らもそれを知っていたのだろう。口々に語りだした。
「あー、そういえばいたわね」
「有名どころと言えば『死灰』と『雷火』か」
「ライカ?」
聞いたことがない名が出てきた。それに問いただすとムァサドは丁寧に説明してくれた。
「儂と同じ獣人の一族だ。雷火の大狼。死灰の黒竜。万化の魔王ガルデオニアス様とで、千年前は三竦みとして君臨していた」
「そいつら、強いのか? 魔王の座を争ってたんなら、ガルデオニアスには負けたんだろ?」
「彼らの実力は拮抗していた。誰が魔王になってもおかしくはなかったのだ。千年経ったが、油断していい相手ではないのは確かであろう」
神妙な面持ちでムァサドは語る。
彼の表情を見ればどれだけの相手か、ヘイロンにも察しはついた。
「だったらなおさら、強くなんなきゃなあ」
ヘイロンの一言に、大人組はどんよりと表情を曇らせた。
けれどヘイロンの膝上に座ったニアだけは、嬉しそうな顔をして見上げる。
「ニアも強くなれる?」
「ははっ、もちろんだ。俺に任せろ!」
笑いかけて、ヘイロンはニアの頭を撫でる。
それに間髪入れずに抗議の声が聞こえてきた。
「そうは言っても、何すればいいわけ? 私はハイドがいるし」
「この老体に汗水流して特訓しろと!?」
「痛いことするんだろ!? いーやーだー! いやだ!!」
「お前らなあ……少しはニアを見習え」
呆れてヘイロンは嘆息した。
けれど、一人だけ無反応だったモルガナが彼らの意見を弁明する。
「彼らは戦えない訳じゃないしねえ。君もいるし。状況が切迫してないんだ。やる気も起きないだろうよ」
彼女の意見には一理あるとヘイロンは唸る。
実際、今は平和そのものだ。何も問題は起こっていないし、ヘイロンのこれも取り越し苦労だと言われては返す言葉もない。
「でもその子に関しては私も同意見だ。彼女の立場もある。出来る出来ないはこの際置いといて、努力はした方が良い」
モルガナは的確な助言をする。
ヘイロンも彼女の意見には同意だ。しかし彼の師匠はこんなことを言う。
「そして私はそれには関与しない。なんたって面倒だ」
「手伝ってくれないのか?」
「私は人嫌いなんだ。言わせないでくれ」
モルガナは素っ気なく言い放って席を立った。
今更だろうとヘイロンは思ったが、本来の師匠はこういう人だ。仕方ないなと嘆息して、ヘイロンは思案する。
「何をするにしてもまずは知らなきゃな」
「なにを?」
「ニアのことだよ。死んだ魔王についてもあまり詳しくないし、もしかしたらそこに何かヒントがあるかもしれない」
その話を聞いていたムァサドが、我こそはと胸を叩いた。
「魔王様のことなら儂に聞くといい。なんでも答えられるぞ!」
「おっ、そりゃあ頼もしいな」
ヘイロンが知りたいのは、魔王ガルデオニアスの能力。それと一族間での能力の継承はあり得るのか。このふたつだ。
「魔王様の能力は万化。つまり、変化の能力だ。身体を自在に変えられる。亜人の形態変化と似ているな」
ムァサドの説明にヘイロンはかつて戦った魔王の姿を思い出す。
彼の言う通り、魔王は千変万化だった。どんな姿にも化けられるのだろう。使いようによってはかなり強力な能力で、彼が魔王であることに納得の力だ。
「そいつをニアが獲得できる可能性はあるか?」
「うむゥ……ゼロとは言い切れんなぁ。魔王様の一族ならば可能であろう。しかしそれも魔力があればという前提の話だ」
「ま、そうだろうな」
ムァサドの話を聞き終えて、ヘイロンは考え込む。
その様子をニアは不安そうに見つめていた。
「ハイロ……」
「ニアの魔力、前よりは増えてると思うぜ。だから心配するな」
「う、うん!」
ヘイロンの激励にニアは笑顔を取り戻した。
潜在魔力は以前のように調べてみないと分からないが、確実に増えている。それはニアの身体の成長が示している。
ここ数日で背も伸びたし骨格もしっかりしてきた。力だって少しずつ強くなっている。微々たるものだがこれも積み重ねだ。
このまま成長すれば、年相応に身体も成熟してくるはずだ。
「ニア! 俺たちの未来は明るいぞ!」
いきなり立ち上がったヘイロンは、ニアを持ち上げて力いっぱい抱きしめた。
「そうと決まれば早速フェイのところに行こう! 善は急げだ!」
「うん!」
偶然でも必然でも、なんでもいい。こうして出会えたのだ。
ヘイロンが彼女にしてやれることは、これ以上惨めな思いをさせないこと。まだ幼いニアに、自分と同じ思いはさせられない。
小さな身体を抱えて、ヘイロンは清々しい気持ちで駆けて行った。
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モルガナは食事を終えて、自室である書斎に戻ってきた。
城内で人気のない場所にある一室は、薄暗くとても静かだ。
彼女は室内に置いてあるボロのソファに腰かけると、静寂に声を掛ける。
「死灰か……因果なものだね、アイシェ」
モルガナは切なげに瞳を伏せると、静かに力なく笑んだ。