72.商人、契約する
どうして彼がここまで自信満々に断言するのか。
その核心は、先ほどグリフに襲われたことと、それを制御できる者がいること。そして、こうして目の前に現れた人間の男がいる。
そこでヘイロンがミスリル鋼の男であると目星を付けたのだろう。
「ま、正解だよ」
「――ッ、はあぁ……こんな場所まで来た甲斐があった。これで何の成果もなかったら骨折り損だよ」
「でもお前に卸せるミスリル鋼なんて持ってないけどな」
「えっ!? う、うそだろ!?」
「本当だ。今はちょうど切らしてる」
それを聞いてホーミィは肩を落とした。けれど彼は諦めが悪かった。
「そもそもあれはどこで手に入れたんだ? 鉱山でもあるのか?」
「いいや、でかいトカゲだ」
「トカゲェ!?」
ホーミィが驚きに瞠目すると、直後――遠くからこちらに駆けてくる音が聞こえてきた。
「オイラはトカゲじゃない! 竜人だっ!」
「うげっ、でっけぇトカゲ!」
「……地獄耳め」
一行の前に現れたミディオラは鼻息荒くヘイロンに突っかかった。
トカゲ呼びしただけで、こうして駆けつけるのだ。便利なものだ、とイェイラは思う。本人はとても嫌がっているけれど。
「ミディオラ、あげたやつ全部食ったのか?」
「うん、美味しかった!」
ぶんぶんと尻尾を振ってミディオラはご機嫌だ。
けれど彼の尻尾は先端が欠けている。それにイェイラが気づいたと同時に、モルガナがそれに近づいた。
「どれどれ……ふむ、どうやら上手くいってるみたいだね」
尻尾の先が鈍く輝いている。
一様にそれを見てみると、それはミスリル鋼の欠片だった。
「そっ、それ……ミスリル鋼!? ど、どうして」
「こいつ、どうにも食った物が身体の一部になるらしい。つまり――」
「つまり食べ放題ってこと!?」
それに誰よりも喜んだのはミディオラだった。
彼が自分でこの能力の特性に気付かなかったのは、あの図体のでかさで身体がどうなっているか確認できなかったからだろう。
だからミディオラの身体から削って、食事を用意する必要があるが……そんなことは些細な問題である。
「そういうことだ。お前は美味い飯が食えるし、俺たちは金が手に入る」
「ついでにミスリル鋼の市場を独占できる! いやぁ、最高だねぇ!」
湧きたっているヘイロンとホーミィ。
イェイラは驚きつつも、嬉しさに顔を綻ばせた。
今までは金があっても使い道がなかったが、こうしてホーミィという商人を確保できたのだ。
彼に頼めば王都にしかないブツだって手に入る。もうこんな節約生活をしなくても済むのだ!
「うっ、うれしい……」
「イェイラ、どうしたの?」
「ニア、これで貧乏生活ともおさらばよ! やっとふかふかのベッドで眠れるの!」
「ほんと!? やったぁ!」
二人して抱き合って喜んでいると――
「金さえ払ってくれるなら何でも売ってやるよ。入用な物があったら言ってくれ。次回来る時にまで用意しとく」
「えっ、じゃあ――」
ホーミィの言葉にイェイラは目を輝かせた。
彼女の注文を忙しなく聞いていると、そんな彼にヘイロンは尋ねる。
「ひとつ聞きたいことがある」
「なんだ?」
「王都の様子はどうだ?」
「うーん、変わったところと言えば……国境付近での亜人との小競り合いが激化してきたって話は聞いたな。おかげで傭兵家業は儲かるって知り合いは言ってるが……あまり戦況はよろしくないとは聞いている」
「ふぅん……」
紛争や争いになら、ヘイロンの元仲間である彼ら――アルヴィオも動いているかもしれない。
彼らは国から任命を受けた武力そのものでもある。彼らを戦場に投下することは充分に考えられるし、魔王亡き今そうしない理由もない。
しかしどちらにせよ……彼らはヘイロンの居場所すら掴めていないはずだ。攻めてくる気配もないし、こちらから手を出さなければ今のところは安全だろう。
問題は亜人の方だ。
魔王の座を狙っている一族もいると聞いた。だから早急に自衛する手段を考えなければ。
ヘイロン一人ならいくらでも暴れられるが、相手が大挙してくればそうも言っていられない。
師匠であるモルガナも純粋な戦闘はあまり得意ではない。頼りにはしているが、これについてはあまり期待できないかもしれない。
難しい顔をしていると、今度はホーミィがヘイロンに問う。
「そうだ。俺も聞きたいことがあるんだが……」
「なんだ?」
「ここって、なに?」
彼は古城を見上げて眉を寄せた。
知らないのも無理はない。彼は人間で、商人であるといってもこんな場所まで商いに来るやつなんていないのだから。
「なにって、魔王城だ」
「まっ、まま、魔王城ォ!? え? 何でこんなところに!?」
「住んでる」
「住んでるゥ!?」
ホーミィはそれを聞いて後退りした。
魔王城に住むなんて頭のネジが飛んでないと思いつきもしない。彼の反応は正常だ。
「そ、そうかぁ。魔王城のお客さんが俺の取引相手かぁ……こりゃ面白くなりそうだなぁ、はは、は」
引き攣った笑みを浮かべて、彼は嘆息した。
あれはきっと諦めて無理やり納得したのだろう。
彼の様子を見てイェイラはすぐに分かった。同じ経験をしたからだ。
「まあいい。俺は金の為ならなんだってやるさ。利益が出るならどこへでも! それが俺の信条だ!」
「おー、かっこいいな」
「というわけで、今後とも御贔屓に!」
彼は笑って手を差し出す。それを握り返して、ヘイロンは商人ホーミィを歓迎するのだった。