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68.竜人、地獄を見る

 

 散歩に出たヘイロンは魔王城の裏手にやってきた。

 先ほどミディオラが逃げ込んだ先である。


「おー、やってるやってる」


 様子を見に行くと、そこには大きな岩があった。

 否、あれはミディオラだ。丸まってグリフからの攻撃を防いでいる。


「んびいぃ!? やめろォ!!」

「大丈夫か?」

「あぅっ、おまえェ! これみて大丈夫に見えるのかよォ!」

「ははっ、全然みえねぇ」


 丸まったミディオラの上で、グリフは嘴で突っついたり、前脚で踏んだり蹴ったり。やりたい放題にされている。


「追い返せばいいだろ?」

「そうしたいけど、アイツ空飛ぶんだ! オイラが噛み付いても避けられるんだよォ!」

「あー、そりゃ無理だな。諦めろ」

「――っ、ビイィ!」

「あははっ、たのしいなあ!」


 グリフはミディオラ相手にじゃれているだけだ。

 しかし力の加減を知らないし一方的だから悲惨に見えるが、その割にはミディオラはどこも怪我をしていない。

 表皮が少し欠けるくらいで、本体へのダメージはゼロだ。

 この竜人、頑丈さなら折り紙付きである。


「ハイロぉ」


 背後から聞こえた呼び声にヘイロンは振り返った。

 そこにはぬいぐるみのゴーレムを抱きかかえたニアがいた。彼女は近寄ってきて、苛められているミディオラを見上げる。


「これどうしたの?」

「うん? 遊んでもらってるんじゃないか?」

「ちっ、違うよぉ。コイツがオイラのこと、いじめるんだ」


 ミディオラの涙の訴えに、ニアは不安そうに顔を曇らせる。

 彼女はヘイロンの手を取って、頭を振った。


「かわいそうだよ」

「うん? うーん、そうだなあ」


 グリフが巻き起こす風圧が草木を揺らす。

 突風のなか、ヘイロンは声を張り上げた。


「グリフ!」

「なぁに?」

「フェイが呼んでるぜ。飯だってよ」

「ほんとぉ!?」


 親指を立てて後ろを指差すと、ヘイロンの目論見通りにグリフは大喜びでモルガナの元に飛んで行った。

 辺りは一瞬にして静かになる。


「トカゲさん、だいじょうぶ?」

「うっ、ううぅ……ありがとうぅ」


 グリフが去ったことで、ミディオラは丸まっていた身体を地面に横たわらせる。

 それの傍に寄っていったニアは、よしよしと彼の頭を撫でた。


「お前竜人のくせに弱っちいよな」

「だってぇ、オイラ竜人の中では弱い一族だもん!」

「なに? 派閥みたいなもんでもあるのか?」


 ヘイロンの問いにミディオラは涙を引っ込めて頷く。


「うん。一番強いのは、死灰しかいの黒竜ってやつ」

「死灰? ニア、聞いたことあるか?」

「ううん」


 一応、ニアに尋ねると彼女はかぶりを振った。

 彼女は亜人であるが、自分たちのことは殆ど知らない。知っているとしたら、イェイラかムァサドあたりだろう。


「ソイツラ、千年前の魔王候補だったんだって。オイラのひいひいひいひいひいひいひい――じいちゃんが言ってた」

「ふぅん」


 今は亡き魔王の他に、その座を狙っていた者たちもいたらしい。

 ということは……今もその彼らが生き残っているのなら、この機を逃すはずはない。


 次代の魔王なんていうのは、ヘイロンは少しも興味がない。

 けれどニアは魔王の縁者だ。そのいざこざに巻き込まれる可能性は高い。そうなった時、確実に面倒事に巻き込まれることは簡単に予想できる。


「死灰ねえ。どっかで聞いたことあるような……ないような」


 ヘイロンはモルガナの元を去ったあと、傭兵として戦場に赴いていた過去がある。相手は亜人。もしかしたらそこで耳にしたことがあったのかもしれない。

 けれど決定的なことはまったく思い出せない。

 これについては後であの二人に話を聞くとして――


「おい、ミディオラ」

「な、なんだよぅ」

「お前弱っちいけど、やけに頑丈だよな。どうなってんだ?」


 ミディオラが竜人であることは分かっているが、彼がどんな能力を持っているのかは知らない。

 亜人たちは個人で能力に差がある者が多いのだ。


 そしてミディオラのように、硬質化といってもその種類も様々である。

 単純に身体を固く出来るのか。それとももっと他の能力が隠れているのか。

 もしかすると役に立つかもしれない。そう思ってヘイロンはミディオラに尋ねてみたが、当の本人はこんなことを言う始末。


「オイラ、よくわからない」

「自分のことだろ? 分からないってどういうことだよ」

「自分の身体の中身なんて知らないだろ!?」

「はあ? 俺は知ってるが?」

「普通のやつの話だよォ!」


 怒ったミディオラはそっぽを向いた。

 話を勝手に終わらせたミディオラに、ヘイロンは溜息を零す。

 どうにもこの竜人、頭の中身が子供である。彼の年齢など外見では判別できないが、もしかしたらニアと同じくらいの子供なのかもしれない。

 とはいえ、今はそんなことはどうでもいい。


 ふと視線を移すと、ヘイロンはあるものを発見した。


「これ……石炭か?」


 まっくろな石の欠片。

 ミディオラの周辺に落ちているそれは、たぶん先ほどグリフに苛められた時に剥がれ落ちた表皮の一部だろう。


 それを手に取って、ヘイロンは腕を組んで思案する。

 ヘイロンはミディオラに土産の石炭を買ってきた。それをこのトカゲは食べて、これが表皮として剥がれた――


「食ったものがこうして表面化する……ってのは、少し安直すぎるな」


 ニアに構ってもらっているミディオラの傍に立つと、ヘイロンは彼に声を掛けた。


「少し身体見せてみろ」

「い、痛くするなよ!」

「しねえよ。調べるだけだ」


 ヘイロンは寝そべっているミディオラの上に飛び乗る。

 彼の背は、真っ黒だ。それは何も泥に汚れているからではなく、石炭の黒さに似ている。

 そして足裏に感じる感触は硬い。生き物の固さではない。

 グリフに攻撃されて他よりもほんのちょっと抉れている場所も同じだ。


「これは……同化してるのか?」


 ミディオラは竜人というわりにそういった特徴が全くない。

 竜というからには、彼らの身体には竜鱗ドラゴンスケイルが生えていることが多い。形態変化をしているなら、身体のどこかにはあるはず。

 けれど彼にはそれがどこにもない。本当に竜人なのか疑うレベルだ。


 だからヘイロンはミディオラの能力が硬質化ではなく、同化であると判断した。

 彼の主食は鉱石だ。有機物ではなく無機物。取り込んだものと同化できるのなら、表皮が硬く頑丈なのも説明がつく。


「もしそうだったら……上手くすればお前、すごい強くなれるかもしれないな」

「え!? ほ、ほんと!?」


 ヘイロンの一言に、ミディオラは半信半疑だ。

 もちろんこれには色々と実験しなければ確実とは言えない。けれど可能性は大いにある。


「ニア、俺の師匠を呼んできてくれ」

「はあい!」


 ヘイロンはミディオラの背から降りると、彼の頭に近づく。


「こういうの、好きなんだよなあ。フェイのやつ」

「なぅ、なにするの?」

「あー、そうだなあ。少なくとも死なない程度には加減してくれるだろうよ」


 ニヤリと笑ったヘイロンの顔を見て、ミディオラは目に涙を貯める。

 きっとろくなことではない。

 察したミディオラだったが、彼にはもはやどうすることも出来なかった。


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