66.ゴーレム、労働に殉ずる
ゴーレム作りはコツを掴んでしまえば簡単であるとモルガナは言う。
薬品の調合を間違えずに出来れば、その段階で九割は成功だ。
あとの一割であるが……これも難しいことは何もない。
「ゴーレムの核には魔力が必須なんだ。だから最後にこうやって自分の血を入れてやるのさ」
ぐつぐつと煮える大釜に、何滴か血を入れる。
しっかりと混ぜて、型に入れて冷ましたらゴーレムの核の出来上がりだ。
「フェイ、これどれだけいける?」
「うーん、そうだなあ」
ヘイロンに問われてモルガナは手のひらを前に突き出した。
「最大で五つ。君は?」
「俺は……三つ、いや四つか?」
「へえ、なかなかやるじゃないか」
二人は意味不明な会話をして笑っている。
傍で聞いているニアはさっぱりだ。
「……なに?」
「ゴーレムを動かすには核が必要なんだが、入れてやれば動くってわけじゃないんだ」
ヘイロンはニアに分かるように、簡単に説明してくれた。
どうにもゴーレムを稼働させるには、核に入れ込んだ魔力とそれに適応した者の魔力を使用して動かさなければならないのだという。
つまり、ゴーレムは勝手に動いてくれるわけではなく動力として、使用者の魔力が必要になる、ということらしい。
「簡単そうに見えるけど、これ結構疲れるんだ。魔力を使うからずっとダルい感じがする」
「だいじょうぶ?」
「慣れちまえばどうってことないな!」
結晶化したゴーレムの核を、ヘイロンはニアに持たせてくれた。
透明だけど、中がキラキラと輝いている。これを色々な物体に入れてゴーレムとして動かすのだ。
「土塊のゴーレムが一般的だけど、アレは図体がでかい割には脆くてね。私は好きじゃない」
「素体は適当に作るとすぐ壊れるからなあ」
二人してうーん、と唸っている。
ゴーレムの核は出来たけれど、それをどう使うかに悩んでいるようだ。
二人の様子を見て、ニアはあることを閃いた。
「あるよ!」
「……なにが?」
「いいの、ある!」
ニアはヘイロンの手を引くと、張り切って歩き出した。
ゴーレムとして使うのにピッタリなものをニアは知っていた。
彼女が向かったのは、城の一階にある武器庫だった。
薄暗いそこには、古びた剣や槍がまばらに並んでいる。
「これ!」
埃が漂う汚らしい場所に足を踏み入れて、ニアはそれを指差した。
壁際に並んでいるのは、頭からつま先まで一式揃った甲冑。
「へえ、これは使えるな」
「保存状態も良い。どれ、試してみようか」
モルガナはゴーレムの核を、鎧の胴部に埋め込んだ。
するとそれは淡く輝いて、ひとりでに動き出した。
「おっ、成功だ」
ぎこちなく動き出した鎧――もといゴーレムは、そのまま止まってしまった。
命令に忠実な彼らはモルガナの指示を待っているのだ。
彼女は持ってきていた箒をゴーレムに持たせると命令する。
「それじゃあ、とりあえずこの部屋の掃除を頼むよ」
一言、命じるとゴーレムは箒を握りしめてせっせと床を掃きだした。
埃が舞う室内で咽ながらヘイロンはニアを抱き上げると、嬉しそうに笑う。
「やったなニア。これで汚らしい城ともおさらばだ!」
「けほっ、うん」
「そうと決まれば、こいつら全部外に出してやっちまおう。ムァサドに手伝わせるか」
ニアを肩車して、ヘイロンは玉座の間にいるムァサドの元に顔を出す。
彼はたったいま、狩りから帰ってきたところだった。けれどどうしてか、とても悲しそうな顔をしている。
「どうしたんだよ、そんな死にそうな顔をして」
「はぅ、張り切りすぎた……」
「はぁ?」
冷たい床に横になって、ムァサドは消え入りそうな声で呟く。
いつにない様子にヘイロンは呆けているが、ニアは心配になって傍に駆け寄った。
「だいじょうぶ?」
「大丈夫と言いたいところだが……すまない。今日のベッドは辞退させてくれ」
「大丈夫じゃなさそうだな」
聞くと、彼は狩りに出たが張り切りすぎて足腰を痛めたのだという。
辛そうな様子にニアは悲しむが、ヘイロンは面白がっている。
「年寄りが無茶するからだぜ?」
「ぐぬぅ、痛い所を突きおって」
「なおせないの?」
心配してニアが聞くと、ヘイロンは腕を組んで思案する。
「加齢が原因なら回復魔法じゃなくて薬の方がいいな。予防もかねて、それがいい」
「クスリ? そんなものどこにもないが」
「俺の師匠がいるだろ。あの人に頼めば用意してくれる。死ぬほどマズいけどな」
「し、死ぬほど!?」
「三日三晩は苦しむ。覚悟しておけよ」
「そっ、それは……本当に薬なのか!? 毒ではないのかァ!?」
「俺からはなんとも言えないなあ」
からかうように笑って、ヘイロンは嘆くムァサドを置いて去っていく。
可哀そうだが、ニアに出来ることはない。
がんばって、と励ましてヘイロンの後を追う。
玉座の間を出たところで、ヘイロンは良いことを思いついたとニアを振り返った。
「そうだ。ニア、俺があげたぬいぐるみ持ってるか?」
「うん。あるよ!」
いつも背負っている背嚢に大事にしまっているぬいぐるみを取り出すと、ヘイロンはそれを手に取って、よしと頷いた。
「いーいことを思いついた。これちょっと借りるぜ」
「なにするの?」
「ふっふっふっ、それは出来てからのお楽しみだ!」
ニアを抱きかかえると、ヘイロンは炊事場の一角に戻ってきた。
室内にはモルガナが戻ってきていた。彼女の傍にはゴーレムが一体。炊事場の掃除に精を出している。
「ゴーレム、二体分は外作業に回そうか。力仕事を任せるからあの鎧じゃ役不足だ。土塊でもきちんと型を取って作れば少しはマシになるだろうから、そうしよう」
モルガナは早口で捲し立てると紙に絵図を描く。
彼女は集中しだすといつもこうだ。興味事にはのめり込んで見境がない。今のだって独り言に近いものだ。
忙しなくしているモルガナに、ヘイロンは用件を伝える。
「フェイ。少しいいか?」
「手短にね」
「ムァサドのやつ、足腰イカレたみたいだから薬作ってやってくれ。よーく効くやつを頼む」
「分かった。死なない程度のやつを用意しておく。他には?」
「あー、っと……これ借りてもいいか?」
「構わないよ」
大釜の前に行くと、ボロ椅子を引いてその前に座る。
ヘイロンは自分の膝の上にニアを乗せて彼女の手を取った。
「少し痛いけど我慢な」
断って、ニアの指先を針で刺すと血を数滴、大釜の中に落とす。
それから先ほどの手順通りにゴーレムの核を作り出すと、ヘイロンは傍に置いていたぬいぐるみを手に取った。
「あとはこれを……」
ぬいぐるみの腹を裂いて、そこにゴーレムの核を埋める。
傷口を縫い合わせて、完成。
「これでこいつはニアの言うこと、なんでも聞いてくれるオトモダチってやつになったわけだ」
「……そうなの?」
「まあ、ぬいぐるみだから何でもは無理だ。でも動き回ることくらいは出来るぜ」
命令を与えればいい、とヘイロンは言う。
彼からの助言に従って、ニアはぬいぐるみに「着いてきて」と命令した。
すると、ぬいぐるみは勝手に動き出したではないか!
「うごいた!」
ニアがヘイロンの膝の上から降りて離れると、その後を着いてくる。
動きは遅いけれど、ちょこちょこと動く姿は可愛らしい。
「ゴーレムは魔力で動くんだ。そいつがそうやって動くのだって原理は同じ。ニアが自分の魔力を使って動かしてるってことだな」
「ほあぁ……」
ゆっくりと寄ってきたぬいぐるみをニアは嬉しそうに抱き上げて、それからヘイロンに笑いかけた。
「ハイロ、ありがとう!」
「俺は何もやってないよ」
「ううん、ニアのこと助けてくれた!」
ヘイロンがニアの命を救ったことを、彼女は知っていた。おそらくイェイラが話したのだろう。
別に感謝されることでもないし、当たり前のことをしたまでだ。
それでもニアはヘイロンの手を握って、「ありがとう」というのだ。
「遊んできてもいい?」
「おう、危ないことはするなよ」
「うん!」
子供らしくはしゃぎながらニアは駆けて行った。
それを見送っていると、モルガナの笑い声が聞こえてきた。
「前も思ったけど……君、子供相手には随分優しいんだねえ。意外だよ」
「似合わないって?」
「いいや、純粋な疑問だよ。どうしてそんなことをするのかってね」
モルガナの問いにヘイロンは天井を見上げて思案する。
ボロ椅子をギィギィ鳴らして突き詰めると、ある答えが浮かんだ。
「俺がそうして欲しかったから」
「ふぅん……惨めでとっても不毛だ」
「まあな、でも案外楽しいぜ?」
笑って、ヘイロンは椅子から立ち上がる。
彼の横顔を見て、モルガナはそこに嘘が一つもないことを見抜いた。今のヘイロンはとても楽しそうなのだ。
「散歩行ってくる」
「ああ、ついでにゴーレムの素材も見繕ってきて。使えそうなものなら何でもいい」
「りょーうかい」
ヘイロンは手を振って炊事場から出て行った。
独りになったモルガナは、物思いに耽る。
久しぶりに会った弟子は、どういうわけかよく笑う。
一緒に暮らしていた時は、あんな風に心の底から楽しそうな笑顔は見たことがない。何が彼を変えたのか。モルガナには分からないが、そんな彼を見ているのは悪い気はしない。
本来なら、そうあるべきだ。
けれど彼の夢を叶えるならば、今ある平穏を捨てなければ達せられないだろう。
人間としてではなく、化け物として生きると決めたのなら。
彼の傍にあるすべては不要なものだ。
ヘイロンがそれを理解しているのか。
モルガナには未だ掴めずにいる。