65.魔王城、虚仮威かされる
翌日の昼にヘイロンは魔王城へと着いた。
グリフの背に乗って帰ってきたヘイロンを三人と一匹が出迎えてくれる。
「ハイロぉ!」
「おお、ニア。ただいま。調子はどうだ?」
「バッチリだよ!」
抱き着いてきたニアをヘイロンは抱き上げてクルクルと回転する。
彼女の様子はいつも通りだった。魔力云々の問題は、今は大丈夫だとみていいだろう。
「へえ、ここが魔王城か……ボロッボロだねぇ!」
グリフの影に隠れていたモルガナが、帽子のつばを上げて魔王城を見上げながら愉快そうに笑っている。
イェイラとニアは彼女の姿を見つけて驚いた。
どうしてモルガナがここにいるのか。そのことをイェイラが視線でヘイロンへ訴えると、彼は――かくかくしかじか、説明してくれた。
「え!? 一緒に住むってこと!?」
「あー、うん。そういうことになった」
「よろしく。私と一緒にグリフも世話になるよ」
「よろしくぅ」
楽しそうに返事をして、グリフは翼をはためかせる。
彼の大きさはミディオラと同じくらいだ。それを見て、竜人であるくせに彼はとてもビビッていた。
「なぅ、なんだよアイツ! デカイ! コワイ!」
「ミディオラよ。でかい図体のくせにアレが恐ろしいのか?」
「だって、あの嘴めちゃくちゃ尖ってる! あんなのでつつかれたらオイラ穴だらけになっちゃうよォ!」
身体をなるべく小さくしてミディオラはムァサドの背後に隠れる。まったく隠れてはいないが、本人は必死なようでブルブルと震えていた。
「そこの君、グリフは腹が空いている時以外大人しいから、そんなに警戒しなくても大丈夫だ」
「ほっ、ほんとォ!?」
「――おなかすいたぁ」
「……っ、ビイィ!?」
グリフのひと鳴きでミディオラは、砂埃を巻き上げて城の裏手に逃げて行った。
それを追いかけて、グリフは飛び立っていった。遠くからはミディオラの悲痛な叫びが鳴りやまない。
それを聞きながら、迎えもそこそこにモルガナに魔王城を案内する。
といってもどこもかしこもボロボロである。案内できる場所なんて限られている。
「本当にここに住んでるのかい?」
「ああ」
「一応……」
「こんなの、私の住処より取っ散らかってるじゃないか」
鋭い指摘にヘイロンとイェイラは言葉もなかった。
しかしこの魔王城、かなり広いのだ。城であるから広いのは当たり前なのだが……この人数では一生片付く気がしない。
「これでは困るねぇ、とても困る!」
「そう言ってもどうしようもないだろ」
「いいや、どうしようもあるね!」
モルガナは胸を張って宣言する。
それに一同はどういうことだと怪訝がる。
「こういう重労働に生身で人海戦術は無謀だよ。もっと頭を使いたまえ」
「……どうするの?」
「単純作業をやらせるなら、ゴーレムを作ればいい」
簡単にモルガナは言うが、ゴーレムを作るなんて高等技術、ここにいる者たちには出来る事ではない。
少なくともヘイロン以外には出来っこない。
「ああ、それがあったか」
「ハイロ、君もまだまだ未熟だねえ!」
「色々忙しくてそこまで頭が回らなかったんだよ」
モルガナにからかわれながら、ヘイロンはゴーレム作戦を詰める。
ゴーレムを作るには核となる部分が必要不可欠だ。身体を構成する物質は何でもいいとして、それが一番の肝となる。
「核はどうやって作る?」
「それは私の住処に材料がある。一度戻って取ってくるよ。他には大量の水と火が使える場所があればいいね」
「わかった。用意しておく」
盛り上がっている会話に、蚊帳の外であるイェイラはムァサドの腕を引く。
「ちょっといい?」
「うん? なにかね?」
「人が増えるのは良いんだけど、そのぶん食料が必要になるじゃない」
「そうなあ」
「しかもあのグリフォン、たくさん食べるし……食料調達、私も行った方がいいわね」
「狩りは得意なのか?」
「ハイドと一緒なら大丈夫」
ハイドは気配を消して影から攻撃できる。
イェイラが標的を視認できていれば問題はない。
「ふふふっ、実は儂も狩りは得意なのだよ」
「そうなの? ハイロに言われた時は嫌そうだったじゃない」
「流石に寄る年波には勝てんでな……」
しょんぼりと項垂れてムァサドは落ち込んでみせた。
彼の年齢は不詳であるが、おそらくここにいる者たちの中でも一番年上であろう。
節々に加齢を漂わせているが、それも大げさではなく切実なことなのだ。
「あなたも大変なのね……」
「うむ、お互い様というものよ」
「年寄り扱いした方がいい?」
「むゥ、まだまだ若いもんには負けんぞ!」
「それじゃあ今日の成果、期待してるわね」
イェイラに焚きつけられて、ムァサドは老体に鞭を打って張り切った。
その結果、足腰を痛めたのは言うまでもない。