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64.影者、憂慮に耽る

 

 ヘイロンと別れて魔王城へと戻ってきた二人は、留守番しているムァサドとミディオラの元に向かった。


 彼らは魔王城傍にある川の傍で何かの作業をしている。


「あっ! おかえりぃ!」

「むっ、戻ってきたか。予定より早いな」


 二人とも、どうしてか泥まみれである。

 彼らの様子に訝しみながら、イェイラは周囲の様子を探る。


「あなたたち、何をしているの?」

「これを見てわからんかね?」

「うーん、……大きいあな?」

「違うよゥ! オイラのお風呂!」


 川の傍には大きな穴が掘ってある。

 ミディオラの説明では、ここに水を入れて彼の風呂にするのだという。


「確かに、あなたとっても汚れているものね」

「うん! 綺麗にしてないと嫌われちゃうから!」

「うむ、良い心がけである」


 感心して頷くムァサドだが、そう言う彼も身体の汚れ具合で言うとミディオラとトントンだ。

 二人の様子を見て、イェイラは顔を顰めた。


「あなたたち、不衛生よ。ちゃんとお風呂入りなさい」

「それは儂にも言っておるのか?」

「当たり前でしょう!」


 声を荒げながらイェイラは、ヘイロンから預かってきた土産の石鹸を投げつける。


「ぬぁ、なんだこれは?」

「あなたはまず身体を綺麗にしなさいって、ハイロが言ってたわ。私もそれには同意」

「ムァサド、くさいよ」

「そ、そんなにか?」


 突き付けられた事実に、ムァサドはしょんぼりと犬耳を垂れた。

 どうやら指摘されると傷つくらしい。でも無自覚でいられるよりは断然マシである。


「オイラのお土産は!?」

「あなたにはこれ」


 袋の中から石炭を放る。ミディオラはそれに目を輝かせた。


「イヤッタァー!」

「それ、おいしいの?」

「香ばしくって最高だよ! あぅ……一個だけならあげるけど」

「え、いらない!」


 渋々だったがニアに分けようとしたミディオラだったけれど、人は石炭なんて食べない。にべもなく断られて、竜人はしょんぼりと目を伏せた。


 ショボショボしている二人を置き去りにして、イェイラとニアは魔王城の中へと戻っていく。


「ハイロ、いつ来るかな?」

「きっと明日には戻ってくるでしょう。それまでに少し掃除でもした方が良いわね」

「ニアもてつだう!」

「そう? じゃあ一緒にやりましょう」


 掃除と言っても、現状道具は不足している。ちゃんとしたものはないから、有り物で作った即席の道具だ。


 箒はムァサドの伸びすぎた毛を狩って、まとめたものを木の枝に括り付けたもの。

 それと穴を塞いだ木桶と、ボロの布切れ。

 それらを携えて、イェイラはニアと一緒に炊事場へ向かった。


 一階にある炊事場は、それなりの広さがある。

 綺麗になったここでなら、気持ちよく料理も出来るし食事も出来る。


「まずはいらないものを処分しましょう」

「うん」


 放棄された魔王城の炊事場は、古い道具がいくつか散見された。

 その中には錆びた鍋や切れ味ゼロであろう包丁。欠けた食器など。手入れをすればまだ使えるようなものが残っている。


「これ、使えそうね」

「イェイラ、これは?」


 ニアは部屋の隅にあった樽を指差す。その中を覗くと、なかには芽を出した芋の種があった。


「こ、これいつのかしら?」

「たべれないやつ?」

「これは食べたらお腹壊しちゃうわね……でも、畑に植えたら育つかも」

「ほんと!?」

「うん、やってみましょう」


 ヘイロンがミスリル鋼を換金してくれたおかげで金は沢山ある。

 けれどそれを使って買い物は出来ない。

 魔王城から人間の生活圏まではかなり距離がある。ここまで物資を売りに来る商人が居ればいいけれど、そんな物好き居るわけもなし。


 だからイェイラは、魔王城に残っている物でなんとかしようとしているのだ。


「ハイド」

「ナァニ?」

「この樽、運んでくれる?」

「ウゥ、イぃヨォ」


 イェイラの影から這い出てきたハイドは、樽を見てそれを両手で持った。

 そうして人と同じように二足歩行で運んでいく。


「ハイド、あるけるの!?」

「一応ね。でも彼はいつもの方が良いみたい」


 ハイドの動きはぎこちない。犬が頑張って二足歩行をしているみたいだ。


「あまり無理しないでね!」


 遠ざかっていくハイドにイェイラは声を掛ける。


 ハイドはイェイラの命令は何でも聞いてくれる。けれどイェイラはそれを良い事とは思っていない。

 出来るならハイドを表には出したくない。それがイェイラの本心だった。


 けれど今の彼女にはそれを可能に出来るほどの力はない。

 影者エイシャは、その本人には特筆すべき力はないのだ。剣や魔法を学んでいれば違うかもしれないが、イェイラにはそんな知識はない。

 だから、ハイドのことをどれだけ思っても今の彼女では彼から離れられない。


 その事が密かにイェイラの胸に、しこりとなって残っていた。


「私たちも畑に行きましょう」

「うん! ニアがんばる!」


 微笑ましいニアの様子に、イェイラは笑みを浮かべる。

 件の事件以来、ニアは自分から手伝いを申し出たり進んで何かをしたり、意欲的になった。

 彼女なりに色々と悩んでいたのだろう。


 子供だから無理をしなくてもいいとイェイラは思うが、もしかしたらその子ども扱いがニアを追い詰めているのかもしれない。

 だから考えを改めて、簡単なことは手伝ってもらうようにした。

 元々人手は足りないので、本人にやる気があるならとても助かる。


「ハイロ、ほめてくれるかな?」


 嬉しそうにニアは呟く。

 それを見て、イェイラは少しだけ浮かない表情をした。


 彼女の懸念は、あのヘイロンのことである。

 ニアもイェイラも、彼の過去を全く知らない。やっと知れたのが、あのような師匠がいる、ということだけ。

 本当に正体不明の男だ。


 けれどニアはそんなのは関係ないとでも言うように、ヘイロンに懐いている。

 子供らしい無邪気さで彼を信頼しているのだ。イェイラはそこまであけすけではいられない。


 このままここで共に暮らすとなれば、いつか彼の過去について知る機会が訪れるのだろうか?

 願わくば、今の関係がこのまま続くと良い。


 そんなことを思いながら、イェイラはニアを共に炊事場を後にした。


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