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63.弟子、降参する

 

 それよりも、とモルガナは身を乗り出した。


「君たち、いま魔王城に住んでいるんだろう?」

「ん? ああ、誰も使ってないからな、あそこ」

「いいなあ、興味あるね」


 どういうわけか、モルガナは興味津々である。


「フェイがそんなこと言うの、珍しいな。外のことは面倒だってここに引きこもってんのに」

「何も魔王城だけじゃないよ。君の連れの彼女たちにも興味は尽きない。特にあの子だ」


 そう言って、モルガナは小瓶に活けた花をテーブルに置いた。


「これは?」

「あのお嬢さんの魔力について調べていたんだ。これはその結果」


 活けてある花の花弁は奇妙な色をしていた。

 真ん中、内径、外周。色は三つある。

 それぞれ赤、青、くすんだ灰色。


「これの特筆すべき点は、魔力の色が三つ混ざっていることだ」

「三つ……?」


 この異変にはヘイロンもすぐに気づいた。

 通常、魔力というものはひとりにつきひとつだ。これは絶対の理。

 ニアの場合、そこにヘイロンの魔力が入っている為、一つは正体が割れている。


「一つは君の魔力だ。そして、残りの二つ。その内の一つはあの子のもの」

「どういうことだ? だってニアは」

「元々魔力はなかったんだろう。けれど、今回外部からの刺激を受けて微かだが反応が出てきた。これに関してはとても良い兆候だよ。君の魔力で補ってあげなくても衰弱死することはない」


 モルガナの太鼓判に、ヘイロンはほっと息を吐く。

 一番の気掛かりだった問題だ。それが解決するのなら一安心である。


「じゃあ、もう一つはなんだ?」

「うん、それが私にも分からないんだ。この花弁の色の分配を見るに、一番多いのが赤色だろ? 正体不明の魔力が一等多い。通常ならばあり得ないことだ」


 そう言って、モルガナは小皿に乗った乾いた土をテーブルに置く。それに火を灯した。


「うわぁ、真っ黒だ」

「黒い炎?」

「あの子のような幼体には不釣り合いな魔力量だ。大人だってこんなに持っていない」


 眉を寄せてモルガナは火を消した。

 どうにもこのような事態、毒鎖の魔女と呼ばれる彼女でも手に余るらしい。そもそも、こんなことになっている原因がまったく分からないのだ。


「ヘイロン、これに心当たりは?」

「……そうだなあ」


 あの時の状況を、ヘイロンは順繰りに思い出す。

 ニアが死の淵を彷徨っていた原因は、動き出した灰招きに攻撃されたからだ。奴が身体から抜いた剣の一撃を受けて倒れていた。


 それにしても、これほどの魔力量。それこそ灰招きの核を使ってトントンである。

 しかしヘイロンが持っていた核は一つしかない。それもハイドが壊してしまったし、現存していない。

 ニアも自分では使っていないと言っていた。


 それらをモルガナに説明すると、彼女は熟考したのち人差し指をヘイロンに向けた。


「もしかして、それじゃないかい?」

「え?」

「あの子の外傷の原因が関係している可能性があるね」

「外傷の原因って……剣で刺されたことか?」

「うん、それだ」


 剣で刺されたことで魔力を得た?

 モルガナの言うヘンテコ論に、ヘイロンは険しい顔をして黙り込んだ。


「剣で刺されただけだぞ?」

「馬鹿だなぁ、剣で刺されただけだって? そのブツが問題なんじゃないか」

「……魔王殺しの剣、ってことか?」

「せいかーい! それだよ」


 拍手をしてモルガナはご満悦だ。

 けれどヘイロンにはそれがどうして今の話に繋がるのか理解できない。


「いや、でもあれは聖剣でもないただのなまくらだぜ? 特別な力なんて何も」

「元はそうだろうね。でも君があの剣で魔王を殺したことで、剣そのものに魔力が宿ってしまった」


 モルガナは淡々と推察を語る。


「沢山の人を斬り殺した剣が魔剣と呼ばれるものになることだってある。物に魔力が宿るってことは割とある現象なんだよ」

「でも、だとしたらどうして俺の復元魔法は成功したんだ? 魔王の魔力があるなら俺の仮説と合わない」


 ニアが魔力を持たないから、ヘイロンの復元魔法が成功したものだと思っていた。

 けれど魔王の魔力を持っているなら仮説が崩れる。


「確たることは言えないけれど、もしかすると魔力を持たないからこそ、中身が常人とは少し変わっているのかもしれない」

「つまり?」

「魔力の吸収と、それを自他に関係なく使用する能力に優れているのかもしれないねぇ。簡単に言えば、他人の魔力を自分のものとして使えるってことだ」


 モルガナは唸りながら仮説を披露する。


「……それ、強いのか?」

「うーん、微妙だなぁ。元々魔力があるのなら他人のものを使おうなんて考えないし。まあ、これも使いようによっては光るかもしれない」


 けれど今のニアに特に問題はない。

 彼女自身の魔力は増えつつある。魔王の魔力はあるけれど、それがニアの身体に影響を与えるものかと言えば、そうとは言えないらしい。


「一応彼女は魔王の縁者だ。何かしらの影響はあるかもしれないけれど、悪い方にはいかないと思うよ」

「はぁ、ならいいよ」


 悪影響が出ないなら大丈夫だ。

 ほっと胸を撫で下ろしたヘイロンに、それで――とモルガナは尋ねる。


「どうする?」

「……どうするって?」

「私のこと、連れて行ってくれるのかい?」


 ずいっと近寄られて、ヘイロンは言葉に詰まった。

 なぜこんなにも距離が近いのか。別に近づかなくても聞けるというのに。


「い、いいけど……」

「いいけど?」

「皆の前でお、おれと寝たいとか、言わないでくれよ。ほんとに、それだけは」


 ヘイロンはモルガナから目を逸らしてぼそぼそと呟く。

 微かに赤らむ顔に、それを見た師匠はニヤリと笑みを深めた。


「いやぁ、初心ウブだねぇ!」

「……っ、俺は真剣に言ってんだよ! このっ、淫乱魔女!」


 ヘイロンの一言に、モルガナは頬を膨らませて詰め寄った。


「失敬な! 人より好色なだけだ!」

「それのどこが違うんだよ! っ、ちかいちかい!」


 近づいてきたモルガナの胸が当たる。

 決して大きくはないが、小さくもない。触ると柔らかいし、感触も気持ち良い。

 こうして近寄られると雑念がすさまじい。


 脳裏に浮かぶ記憶にヘイロンはぶんぶんと頭を振った。


「お、俺とフェイはただの師弟だろ!? もっと自分の身体は大事にした方がいい!」

「君に言われたくないなぁ」

「意味が違うだろ!?」


 当たり前のことだが、ヘイロンも男であるしそういったことに興味もある。

 こんな風に言い寄られて嫌なわけではない。

 しかし相手は、自らの師である。それを一時の感情に任せて抱いても良いものか。否、良いわけがない。


 脳裏に蘇る記憶と眼前に迫る感触に、ヘイロンの頭はパンクしそうだった。

 我慢は出来るが、それだってずっと続くわけじゃなし。いずれ限界も訪れる。


 どうしよう、どうする――ぐるぐると思考の渦を回していると、耳元で囁かれた。


「私だって……誰でもいいわけじゃないよ」

「……フェイ」

「他人は嫌いだけど、家族は好きだ。寂しさだって感じるし、人肌も恋しくなる」


 どうしてか、彼女の表情は悲しそうに見えた。

 いつもの師匠なら絶対にしない顔だ。


「五年前、君たちが出て行ってから今までずっとひとりだった。グリフはいたけど、彼では私の心を慰めてはくれない」

「……寂しかったのか?」

「ふっ、実を言うとね。……そして今日、弟子の一人と袂を別った。彼はきっと二度と会いに来てはくれないだろう。だから、私にはもう君しかいないんだよ」


 モルガナの独白は本心であるとヘイロンは気づいた。

 彼女は本当に他人と交流したがらない。昔何があったのかは知れないが……そんな彼女が唯一心を許していたのが、弟子であるアルヴィオとヘイロンだった。


 けれど兄弟子であるアルヴィオは、師匠と決別することを選んだ。否、モルガナにそうさせてしまったのだ。

 その原因を作り出してしまったのは、彼女を巻き込んでしまったのはヘイロンに他ならない。

 だから、今のこれはヘイロンのせいでもあるのだ。


「俺がフェイを見捨てると思ってるのかよ」

「うん、そうだ。だから、良い思い出だけを作っておきたい。君は一度私のことを振っているしね」

「……っ、わかったよ」


 それを言われちゃかなわないと、ヘイロンは降参した。

 そもそも、こんなに口説かれては逆に断る方が心苦しい。


 ――などと自分に言い訳をしていると、モルガナは今更こんなことを言ってきた。


「ああ、でも……本当に嫌だったら拒んでも」


 言い終わる前に、ヘイロンは彼女の頬を取って唇に口付けた。

 驚きに目を見開いているモルガナから顔を離すと、薄く笑みを作る。


「ここまで言われて、そんなこと出来るかよ」


 その一言に、目の前の彼女は恥ずかしそうに、でもとても幸せそうに一笑した。


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