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62.師匠、考察する

 

 その夜、モルガナはヘイロンに洗いざらい問いただした。


 彼女の元から去って、この五年間何をしていたのか。

 どんな経緯で勇者なんて大それたモノになったのか。

 なぜアルヴィオと袂を別ったのか。


「アイツとは、出て行ってからの一年間は一緒に居た。でも……それ以降は殆ど関わりはなかった。再び会ったのは半年くらい前からだ」

「その間、アルは何をしていたんだい?」

「俺も詳しくは知らないが……どうにも宮廷魔術師をしていたらしい。国王お抱えの魔法士ってやつだ」

「へえ、随分と出世したものだね」


 モルガナの弟子の一人であるアルヴィオもまた、ヘイロンと同じく自身の地位や権力には無頓着な男だった。

 けれど魔女に弟子入りを志願した通り、彼の知識への探求心は目を見張るものがあったのも事実。


 アルヴィオがどうして宮廷魔術師なるものになろうと思ったのか。モルガナにもヘイロンにもその真意は知れない。

 けれど何らかの意味はあったに違いない。ヘイロンの話を聞いてモルガナはそう結論付けた。


「それで、君は何をしていたんだい?」

「俺は……武者修行ってやつをしてた。俺の夢の為には誰よりも強くなきゃいけないから」


 モルガナの元で魔法を学んだあと、ヘイロンは彼女の元を去っていった。

 けれどそれは、彼が魔法以外のことを学ぶため、経験を積むための行いだった。外界からの情報を絶っているここでは、学べることは限られてくる。

 誰よりも強くあらねばならないヘイロンにとって、ここは窮屈だったのだ。


 故にヘイロンは傭兵として戦場を渡り歩いていた。

 人間と亜人は度々国境付近で小競り合いをすることもある。

 亜人の種類は様々で、彼らは人間よりも身体能力に優れている者が多い。当然人間側は苦戦を強いられる。

 だから傭兵を生業としている者たちはそれなりに重宝されていたのだ。


「ふぅん、それで……勇者なんてモノになったと? でも君がそんなものに進んで志願するとは思えないな」

「俺も興味はなかったんだ。だけどアルヴィオの奴が」

「あー、なるほど。彼の推薦ってことか。それなら納得だ」


 勇者となれば魔王に挑める。そのチャンスをヘイロンの兄弟子である彼が逃すわけがない。


「それで、君は魔王を殺してしまって……彼の元を去った。これで合ってる?」

「その原因はアイツに嵌められたからだけどな」

「ふむ……」


 ヘイロンの話を聞いて、モルガナは合点がいった。

 不可解な兄弟子の言動。それにも意味はあったのだ。


「結果だけを聞くなら、疑問に思うことは何もないよ」

「あ、あいつは俺を裏切ったんだぞ!? これのどこが」

「ヘイロン、君は本当にそう思っているのかい?」

「……はあ?」


 ヘイロンは師匠が何を言いたいのか理解できなかった。

 現にアルヴィオはヘイロンを嵌めて、罪を擦り付けた。それは本人の口から実際に聞いたことだ。例えそこになにがしかの事情があったとしても彼はそう言った。

 ヘイロンにとって、それこそが動かぬ事実である。


「君は物事の原因に囚われすぎている。結果だけを見るなら、彼は何も間違ったことはしていない」

「ど、どういうことだよ」

「君は君の夢を果たすために私の元を去った。そのおかげで昔よりは強くなれた。それは認めよう。だからこそ魔王殺しを成せた。この部分に関して異論はないね?」


 確かめるようにモルガナは問う。ヘイロンはそれに頷いた。


 昔の自分ならば、あの魔王を封印は出来ても殺すことは出来なかっただろう。純粋な力でねじ伏せることは不可能だった。

 ここに異論はない。


「いいかい? 君は結果的に魔王を殺したんだ。それは前代未聞のこと。そんなことが出来る人間は尋常じゃない。おかげで君は、君の夢の成就に一歩近づけた」

「だ、だからなんだってんだよ……おれは、そんなこと」


 望んでいなかった、なんてヘイロンは言えなかった。

 そうなることが彼の唯一の望みだからだ。そのためにここまで努力してきた。その事実をなかったことには出来ない。


「これは私の推測だけど、きっとアルは君の気持ちを全く考慮していない。彼は結果だけを見ている。だからその過程がどんなものでも、躊躇する理由にはならないんだろうね」


 モルガナの言う通り、アルヴィオには一切の躊躇がなかった。

 共に過ごしてきた年月も、師の元で研鑽した時間も。何もなかったかのように、あっさりと彼は裏切った。

 だからヘイロンはその事実を受け入れられず、動揺し傷ついた。


「でもそれは彼が人の気持ちに疎いってわけではないよ。問題はその相手が君だってことだ」


 口を噤んだヘイロンにモルガナは淡々と諭していく。


「昔の、私と出会った頃の君なら今と同じ気持ちになったかい?」

「いいや、それはない」


 彼女の問いにヘイロンは即答した。

 それだけは絶対にないと断言できる。昔の自分なら、こんな状況に陥ること自体あり得ない。

 つまりそれは、今のヘイロンが軟弱になったということだ。昔と比べて圧倒的に甘くなった。その自覚は充分ある。


「そこまで分かっているなら、私から言うことは何もない。次は間違えないことだね」

「止めないのか? このままだと、俺はあいつらを……アルヴィオを殺すぜ? そこは絶対に曲げない」

「止めても君はやるだろう? 無意味だよ」


 肩を竦めて、モルガナはやれやれと笑った。

 物騒な話をしているというのに、彼女は笑うのだ。しかしこれがヘイロンの師であるモルガナという人でもある。


「それに、君は私よりもあの子を取った。なら、アルとの対立は避けられない。どうあってもね」

「どういうことだ?」

「君に叶えたい夢があるように、彼にも追い求める大願がある。それを成すにはきっとあの子が邪魔になるはずだ」

「……大願?」


 モルガナの話にヘイロンは眉を寄せた。彼女はヘイロンが全く知らない話をする。

 どうにもアルヴィオには野望があるらしい。それを叶えるために、ニアが邪魔になると。

 もちろんそんな話は初めて聞く。


 理解が及ばず聞き返すと、モルガナは秘め事を話すように声を潜めた。


「――復讐だよ」

「……復讐? どうして」

「これ以上は話せないかなぁ。勝手に秘め事を話すのは私の矜持に反する」

「はぁ? 今更そんなこと……だったら今のは良いのかよ!?」

「これはサービスだよ。私からの餞別だ。有難く受け取りたまえ」


 愉快そうに笑ってモルガナはヘイロンをからかう。

 肝心なことはどうあっても話してくれないらしい。もやもやするが、それが分かったからといって、ヘイロンの意思は変わらない。


「そうか……邪魔するなら、俺も容赦なくいかせてもらう」

「ふふっ、なんだか少し嬉しそうだ」

「あー、そう見えるか?」

「少なくともさっきのような、死にそうな顔よりはマシだね」


 細い指先がヘイロンの頬を撫でる。


「私は君の生き方が好きなんだ。がっかりさせるようなことはしないでほしい」

「善処するよ」


 師匠なりの不格好な激励に、ヘイロンは苦笑を織り交ぜて微笑んだ。


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