61.元勇者、繕う
二人は王都からモルガナの住処へと戻ってきた。
その間、ヘイロンは一言も発さなかった。彼が何を思っているか。どんな状態にあるか。師匠であるモルガナにはわざわざ聞かずとも分かりきったことだった。
「ご苦労だったね、グリフ」
「うん!」
地上に降り立って、擦り寄ってくるグリフの頭をモルガナは撫でてやる。
ご満悦なグリフは、それが済んだら住処にしている木の上に戻っていった。
「さて……」
未だ暗い顔をするヘイロンに向かって、モルガナは声を掛ける。
「そんな顔をしてちゃ、彼女たち心配してしまうよ」
「あ、ああ……そう、そうだな」
「無理してでも笑うべきだ。そういうの、君は得意だろう?」
励まし方としては最悪だったが、ヘイロンはモルガナの言葉に頷くとぎこちない笑みを浮かべた。
少し下手くそな笑顔だったが、及第点といったところだろう。
「今日は泊っていきなさい。彼女らはグリフに送っていかせる。色々と話したいこともあるし、聞きたいこともあるんだ。いいね?」
「わかった」
「二人には私から適当に説明しておく」
二人で口裏を合わせて、小屋の中に入る。
するとヘイロンを真っ先に迎えてくれたのはニアだった。
「あっ、ハイロぉ! おかえり!」
「おう……いい子にしてたか?」
「うん!」
足元に寄ってきたニアを抱きかかえる。
触れた温度と重みにヘイロンはなぜかほっとした。ここに来る時と変わらず元気だし、この様子ならまだ大丈夫そうだ。
「お使いに行くだけなのに、その恰好どうしたのよ?」
「ああ、これか……少し面倒なのに絡まれて」
「身体は治せるけど衣服は直せないんだから。また修繕しなくちゃいけないじゃない」
「わるかったよ。気を付ける」
「どうだか、期待しないでおくわ」
イェイラは不満げに零して、ヘイロンから顔を背けた。
ごめんと再度謝って、ヘイロンは買ってきたお土産を二人に渡す。
「そうだ……これ、二人に買ってきたんだ。お土産」
ぬいぐるみを二人に渡すとそれぞれ違った反応を見せた。
「いいの!? やったぁ!」
「これ……」
ニアは大喜びだが、イェイラはなんだか白けている。
しげしげと貰ったぬいぐるみを眺めて、それからヘイロンに文句が飛んできた。
「もしかして、子ども扱いしてない?」
「いや、そういうつもりじゃ……嫌だったか?」
「イヤだなんて言ってないじゃない」
けれど、どうみてもイェイラは不満げである。
言動と態度が一致しない。どういうことだとヘイロンが不思議に思っていると、そこでモルガナが二人に語り掛けた。
「すまないが、彼と少し話があってね。今日一日借りたいんだ。君たちのことはグリフに頼んで魔王城まで送っていく」
「そういうことなら仕方ないわね」
イェイラは気を遣ってくれたのか、それ以上は詮索しなかった。
ニアは残念そうな顔をしていたが、彼女に諭されて渋々了承してくれた。
「三日も空けてるから、あっちの様子も心配だし私たちは先に戻っていましょうか」
「うー、うん」
「あいつらへの土産も持って行ってくれ。こっちはミディオラので――」
荷物を受け取って、二人はグリフの背に乗って魔王城へ帰っていった。
見送りが終わったところで、モルガナはふとあの事を思い出す。
「そういえば、私の頼んだケーキが見当たらないけれど」
「あー……あれは。そう、売り切れてたんだ」
「……本当は?」
「ごめん、捨ててきた」
申し訳なさそうにヘイロンはモルガナに頭を下げた。
確かにあの状況ではケーキなんて持っている場合ではない。これについてはモルガナからのお咎めはナシとした。
「まあ、仕方ないね。でも」
「……でも?」
「私に隠し事をするのは感心しないなあ」
「そ、それは」
「秘密にしていること、洗いざらい吐いてもらうから。覚悟しなさい」
ヘイロンの首根っこを掴むと、モルガナは小屋の中に引き摺っていく。
空の彼方は夕陽の赤に染まっていく。
これから過ぎていく夜長はまだまだ終わらない。