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58.師匠、急行する

 

 ヘイロンが王都へ向かったあと。

 モルガナは可愛い弟子の頼みを引き受ける決断をした。


「さて、それじゃあ早速見てみようか」


 モルガナは立ち上がると棚から道具を持ってくる。

 小瓶に入った水薬と小皿に入った砂。どれも何の用途に使うものか、二人には分からない。


「でもさっき、ケーキを買ってきてって……」

「あんなのは腹いせに決まってる。あの男、私を振ったからね」


 彼女は笑い飛ばすと、道具をテーブルに置いてニアの傍に来る。


「お嬢さん、手を借りるよ」

「うん」


 ニアの小さな手を取ると、指先を針で刺す。

 滲んできた血を数滴、小瓶の中に入れると次はそれを小皿の中に敷いてある砂の上に垂らした。

 湿った砂が入った小皿の下に、ほんのりと温かくなる石を敷いて、謎の儀式は終わる。


「これでよし」

「……これは、何をしているの?」

「この子の魔力について調べているんだ。魔力の質に残量……仔細が分かる」


 モルガナの説明では、血液には魔力が含まれていて、それを使って魔力の色々が分かるのだという。

 今のは魔力の残量を見るための儀式だ。砂が乾いたら燃やして炎の色を見るのだという。


「あとは、これだね」


 天井に吊るされていた花を一輪取ると、先ほどの水薬が入った小瓶に刺す。

 小瓶の中の水分を吸うと、花弁の色が変わるのだという。これでニアの中にある魔力の質を調べるのだ。


「魔力がないというけど、本当にそうなのか。調べてみないと何とも言えない。もしかしたら少しでも残っているかもしれないしね。何をするにしてもまずは隅々まで調べてからでないと。功を急いては事を仕損じるっていうだろう?」


 雄弁に語ってモルガナは椅子に戻った。

 流石、ヘイロンが慕う師匠である。素人目から見ても貫禄がある。


「結果が出るまで、少し話でもしようか。二人に興味があるんだ」


 お茶を淹れなおすと、モルガナは二人に質問をした。


「まずは……そうだなぁ。どうして彼と一緒にいるのか。それを聞こうか」


 すると、先に声を上げたのはニアだった。


「ニアはね、ハイロが助けてくれた!」


 嬉しそうにニアは言う。

 とびきりの笑顔が、彼女がヘイロンをどう思っているのか。言外に語っていた。


「それで、いっしょにきてもいいよ、って」

「私もおおよそ、そんな感じね。でも私の場合、かなり強引だったけど……過ぎたことだし、言いっこなしね」


 イェイラは溜息交じりに肩を落とす。けれどヘイロンを嫌っている様子はない。

 順繰りに二人の態度を見極めて、モルガナは問う。


「それで君たちは一緒に居るということかい? でも亜人は人間のテリトリーには近づかないだろう? そうなれば、必然的にこちら側で暮らす羽目になる。人間を歓迎する亜人の集落はそうそうないはずだけど……」


 疑問をぶつけると、イェイラは分かりやすく目を逸らした。


「えーっと、それは……」

「いまね、まおうじょうに住んでる!」

「魔王城?」


 ニアは手をあげて宣言した。

 その言い分を聞いて、モルガナは眉を寄せる。


「魔王城って、あの魔王城?」

「ええ、その魔王城よ。私も自分で言ってて馬鹿みたいって思うから、あまり大っぴらに言いたくはないけれど」

「あそこは魔王が封印されているんじゃないのかい?」


 魔王のことはモルガナも知っている。

 五十年毎に封印されている亜人の王だ。だからこそ、二人の物言いには納得できない。


「外の世界のこと、知らないのよね」

「大じじさま、死んじゃった。ゆうしゃがたおしたんだって!」

「大じじさま? 勇者?」


 新しく知る情報に、モルガナは軽く混乱した。

 どうやら彼女が引きこもっている間に、世界は随分と変わってしまったらしい。


「つまり……封印されてた魔王は勇者に殺されてしまったのよ。大じじさまっていうのは、ニアが魔王の縁者だからそう呼んでるってわけね」

「――っ、魔王が殺されたぁ!?」

「まあ、そうなるわよね。びっくりしちゃうのも分かるわ」


 同情するようにイェイラは頷く。

 驚きつつも、モルガナは彼女へ矢継ぎ早に問いかける。


「ど、どこの誰が!? あの魔王を殺せるやつなんて――」

「勇者ヘイロンよ。って言っても、きっと名前も知らないわよね」

「――っ、ヘイロン!?」


 イェイラの口からその名を聞いた瞬間、モルガナの思考回路は急激に回転しだした。


 ――勇者ヘイロン。

 あの魔王を殺せるほどの人間など、モルガナは一人しか知らない。しかも同じ名前ときたら、これはもうあの弟子と同一人物であるはずだ。


 けれど彼はハイロと名乗っている。

 少なくとも亜人である彼女らには身分を隠しておきたいと見える。それはなぜか? 勇者であることを秘密にしておいた方が都合が良いからだ。


 そもそもヘイロンはなぜ彼女たちと共に居るのか。

 封印すべき魔王を殺してしまったことで、なにがしかの不利益を被ったと考えるのが妥当。そのせいで古巣から追われたか、逃げて来たか……どちらかに違いない。

 ゆえに人間の住む王国には戻れないから、魔王城なんて場所に住み着いているのだ。



 ――そこまで考えて、モルガナはふと疑問に思った。

 どうしてヘイロンは、今一人でいるのだろうか?


 ヘイロンがモルガナの元から去っていった五年前。

 彼は一人で旅立ったわけではない。彼の兄弟子と共に出ていったのだ。


 モルガナの知る弟子の一人――アルヴィオはヘイロンの理解者でもある。そんな彼がヘイロンを独りきりにするわけがない。

 数日前に訪ねてきたアルヴィオは、ヘイロンと喧嘩をしたと言っていた。その後に訪れたヘイロンに聞いてもそれは嘘ではなく事実であるらしい。


 けれど、おかしなことだ。

 彼らがただの口論で、袂を別つようなことがあるだろうか?

 モルガナは彼らを傍でずっと見てきた。家族同然の関係である。血は繋がっていないが兄弟のようなものだ。


 それがどうしてこうなった?

 そもそも、どうしてヘイロンは勇者なんて大層な肩書を持つに至ったのか。彼がそんなものに興味を持つわけがない。

 ヘイロンには英雄願望なんてまったくないし、その逆であることをモルガナは知っている。だからこそ、不可解だ。


 けれど――そこにアルヴィオが関わっているなら話は変わってくる。



 優秀な弟子の一人であるアルヴィオの大願を、モルガナは知っている。これはヘイロンも知らない。師匠である彼女だけが知る、アルヴィオの秘密だ。


 それを紐解いていくのなら、どうしてヘイロンが勇者という肩書を持つに至ったか。

 魔王を殺した理由……彼らが不仲になったわけも見えてくる。


「そうか。だから――」


 はっとして、モルガナは顔を上げた。


 アルヴィオがモルガナの元を訪ねてきた時、彼は師匠へと頼み事をしてきたのだ。

 モルガナが保管しているヘイロンの魔力サンプル――彼の血液が欲しいと。


 どうしてだとモルガナが問うと、アルヴィオはヘイロンの為に必要なのだと言った。彼の望みを叶えるための研究に要るのだと。

 モルガナはそれに疑問を抱かなかった。

 アルヴィオはヘイロンの理解者でもある。モルガナと同じく、彼の夢を叶えることに尽力していた一人だ。

 だからこそ、そこに偽りはないとモルガナは判断して彼に渡したのだ。


「どうにも私の弟子たちは隠し事が多いようだ。困ったものだねぇ」


 モルガナは笑って席を立った。

 どうにも嫌な予感がする。もしかしたら、ヘイロンを王都に向かわせたのは失敗だったかもしれない。


 モルガナは外出の支度をする。

 濃い緑のローブに、大きなつば帽子。杖を携えれば誰が見ても、立派な魔女に見えることだろう。


「急用ができた。すまないけれど、私が戻ってくるまで待っていて欲しい」

「え? どこに……」


「馬鹿弟子二人にお灸をすえてくるのさ」


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