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56.元勇者、奔走する

 

 モルガナの住処から、グリフォンの背に揺られて一時間。

 王都近辺に着いたヘイロンは、グリフを森に隠して師匠から託されたお使いに走った。


「まさかまたここに来る羽目になるとは……」


 王都の大通りを歩きながらヘイロンは溜息を零す。

 カイグラード王国の王城は、ここから目と鼻の先にある。あまり近寄りたくはないが、今のヘイロンにはそう言っていられない理由があるのだ。

 さっさと用事を済ませて帰ろう。


「まずは……ミスリル鋼を換金して、雑貨屋に寄るか」


 ヘイロンは武器屋に入っていく。

 店内には武具がずらりと並んでいた。それらを目にしながら、店主のいるカウンターを目指す。


「これを買い取って欲しいんだが」

「んん?」

「ミスリル鋼、質はいいぜ?」


 袋に入ったミスリル鋼を見せると、店主は勢いよく椅子から立ち上がった。

 実物を見て目の色を変えている。それもそのはず、ミスリルなんて物流の要であるここ王都でもなかなかお目に掛かれない。


「こ、ここ……これはどこで!?」

「秘密だ。どうだ? 買い取ってもらえるか?」

「も、もちろんだ! 言い値で買おう!」

「ふうん、じゃあ……一つ金貨十でどうだ? 全部で十五個、しめて金貨百五十枚だな」


 ヘイロンが提示した額は安いものではない。それでも店主は即決した。


「それで買おう! 金はいま用意する!」

「それと……石炭は置いてあるか? そうだなあ、二十個ほど欲しい」

「鍛冶で使っているものでも構わないか?」

「ああ、それで充分だ」


 取引はすんなりと終わった。

 ヘイロンは金貨百五十枚とミディオラへの土産の石炭を持って武器屋を出る。


「これだけ金があればしばらくは困らないな。あとは……雑貨屋にいって、最後にお使いを済ませる、と」


 雑貨屋への道中、ヘイロンは誰からも絡まれなかった。

 一応、逃げ出した身である。手配書でもまわっているかと思ったがそんな気配はナシ。さっきの鍛冶屋の店主もヘイロンの顔を見ても何も言わなかった。


 勇者という肩書を持っているが、国民全員がその顔を知っているわけではない。

 存在は知っているが、それも個人によって認識に差があるのだ。

 ヘイロンは表にはあまり出ていないから、知名度と言えば聖女や剣聖の方がある。彼らの方が見栄えもするし、その方が都合が良いのだ。


 特に聖女は国民のほとんどが彼女の信奉者であると言っても過言ではない。優れた治療師で、誰にでも優しい。国民を先導するにはうってつけの存在である。


 そして――それが一番厄介でもあるのだ。


「ええっと、毛を撫でるブラシだったか?」


 雑貨屋に着いたヘイロンは目当てのモノを探す。

 けれど置いてあるものは髪を梳かす櫛が大半だ。こんなものではすぐに折れて使いものにならなくなる。


「そもそも、ムァサドのやつ風呂に入ってんのか? 身体撫でる前に風呂入れよな。ニアのベッドに使ってるんだから、臭いが染みつくだろうが」


 ブツブツと文句を言いながら、ヘイロンは色々と物色する。

 どうにもムァサドが欲しがっているブラシは見当たらない。ならば自作するしかない。彼の毛量では金属製でなければ壊れてしまうだろうし、何よりも頑丈さが求められる。


「……鍛冶かあ。やったことないけど、まあ何とかなるだろ。その前に風呂だ風呂!」


 質の良い石鹸を何個かカゴに入れる。

 さすが王都、石鹸の種類も豊富だ。花蜜の香り、なんて上品なものまで置いてある。


「獣臭さはこんなんじゃ消えねえだろうなあ。せっかくだから、あの二人にもなんか土産買っていくか」


 イェイラとニアは亜人であるから、人間の国でもあるカイグラードの王都には来たこともないだろう。

 土産の一つでも買って行けば喜ぶに違いない。

 しかし、そこでヘイロンはあることに気づいてしまった。


「あいつら、何が好きなんだ?」


 魔王城まで一緒に来たが、彼女たちのことをヘイロンは何一つ知らない。各々の事情はそれなりに把握してはいるが、内面については全くと言っていいほど分からない。

 何が好き、何が嫌い……これから共に過ごしていくなら、知っておかなければならないことだ。


「しくじった! 聞いておくべきだったか」


 もちろん、ヘイロンは女性に贈り物をした経験はない。

 そもそも身近にいた女性があのモルガナだけだったのだ。彼女に乙女云々を期待するのは間違っているし、そういう機会も訪れなかった。


「ニアはまだ子供だから良いとして……イェイラは、ううーん」


 手触りの良い、犬か猫かよくわからないぬいぐるみを手に取ってヘイロンは唸る。

 何をあげたら喜んでくれるか……まったく分からない。

 そもそもヘイロンは他人の心を読み間違えることが多々ある。師匠であるモルガナに、その事でよく言われたものだ。

 お前には人の心が分からないのだ、と。


 師匠のお墨付きをもらっているのだ。誰の目から見てもそれは変わらないはず。

 ゆえに乙女心など分かるはずもない。


「いやいや、別に意識しなくても良いんだから、ほんと何でもいいじゃないか」


 イェイラは女性ではあるが、共に暮らす仲間でもある。特別意識せずともいいじゃないか、とヘイロンは気づいた。

 そうと決まればヘイロンはニアへのお土産と同じくぬいぐるみを手に取った。暗い色をした狼のようなぬいぐるみ。

 見ようによってはハイドに似ている気もしなくもない。


「こういうのは気持ちが大事なんだ」


 自分に言い聞かせるように言って、ヘイロンは雑貨屋を出た。

 最後に向かうはミリオス洋菓子店――モルガナが言うにはかなり人気の店らしく売り切れることもしばしば。


 足早に店内に向かうと、ショーケースに残っているのはケーキ三切れ。

 ちょうど三人分だ。これは逃すまいと、ヘイロンは店員に声を掛ける。


「これ」

「――これくださいな」


 ほぼ同時に、ケーキに手が伸びる。

 ヘイロンが横を見れば、そこには彼が良く知る人物が立っていた。


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