54.魔女、宣告する
二人を招き入れて、モルガナはお茶を淹れてくれた。
ヘイロンの膝上にはニア。その隣にはイェイラが席を取る。
上機嫌なモルガナは、イェイラの目から見て、あまり人嫌いとは思えなかった。鼻歌なんか歌っているし、ご機嫌である。
「これ、飲んでも大丈夫なやつだよな?」
「ハイロ、私も客人に毒を出すことはしないよ。安心したまえ」
「……ならいいが」
師弟だというのに、ヘイロンはやけに彼女のことを警戒している。
先ほど散々な目に遭ったというのは分かるが、それでも二人の間には確かな絆があるはずだ。それなのに、なんというか冷めた関係である。
「そんな単純じゃないのかしらね」
「イェイラ、これおいしいよ!」
「ほんとう? それじゃあ私も頂こうかしら」
淹れてくれたお茶はニアが言うように美味しかった。独特の風味があって味わったことのないものだ。
ゆっくりとお茶を味わっていると、対面したモルガナは楽しそうに笑みを浮かべる。
「それにしても君、面白いのを連れて来たね。私も見る目がある方だけど、師弟ゆえそういうのも似たのかねえ?」
「どうだろうな」
「そこの影者はとても変わった形をしているし、この子は中身がちぐはぐだ。さてさて、これはどういうことだろうね」
舐めまわすような視線が二人に注がれる。
不躾とも捉えられるそれにヘイロンは彼女を制止した。
「イェイラは関係ない。今回はニアのことで訪ねたんだ」
「ふぅん……ま、聞こうじゃないか」
ヘイロンはニアの抱えている問題をモルガナに話した。
生まれつき魔力がないこと。それをどうにかしたいこと。
先日怪我を負って、その治療で今はヘイロンの魔力を内包していること。
「ははぁ、なるほどなあ。そんな土壇場でよく考えついたものだ。流石、私の弟子ってわけだ。鼻が高いね」
頬杖をつきながら、モルガナは笑った。
それから立ち上がると、彼女はニアの傍に寄ってくる。
ヘイロンの膝上に乗っているニアの身体を見える範囲、隅々まで観察する。それにびっくりしてニアは固まっていたが、それ以上のことはされず少しして解放された。
「だいたい分かった。私の所見を聞くかい?」
「ああ、聞かせてくれ」
「推察するに……今の状態ではいずれ限界がくるよ」
ヘイロンが問いただす暇を与えず、淡々とモルガナは語っていく。
「魔力は生きているだけで消費する。けれど通常、魔力を持つ我々は消費した分を自力で補填できる。魔法を使って消費しても休めば回復するのと同じだ。けれど、その子の場合は違う。元々魔力がないからね。自力で補填も出来ない。さらに最悪なのは、君の魔力を取り込んだことである種のスイッチが入ってしまったことだ」
――かわいそうに、とモルガナは憐れみを向ける。
彼女の言葉にヘイロンは眉間に皺を寄せる。モルガナの物言いが気に入らないのだ。
けれど隣でそれを聞いていたイェイラは、どうして彼女がかわいそうなんて言うのか、分からなかった。
モルガナが何を危惧しているのか、いまいち理解できないでいた。
二人の反応を見ながら、毒鎖の魔女は続ける。
「今まで魔力なしで生きてこられたのは、身体がその状態に慣れてしまっていたから。成長が未熟なのもそれに起因している。けれど今回のことで、身体がそれではいけないと気づいてしまった。つまり、魔力がないのに魔力を消費してしまう状態にある。これがどれだけヤバい事なのか、君なら分かるだろう?」
ニヤリと笑んで、モルガナは問う。
ヘイロンはそれに口を閉ざしたままだ。
「言いたくないなら私が言ってあげよう。そのままの状態では、待っているのは衰弱死だ。決して逃れられない死がいずれ訪れる」
モルガナは言葉選びに躊躇しなかった。子供であろうと残酷な事実を伝える。
イェイラはそれを聞いて絶句した。
せっかく助かったのに、それが原因で死んでしまうなんて。そんなこと、あっていいものか。きっとそれはヘイロンも同じ気持ちだろう。
そして、当事者であるニアは不安そうにヘイロンを見上げた。
「ニア、しんじゃうの?」
弱々しく紡がれた言葉に、ヘイロンは何も答えられなかった。
そっとニアの手を握るとモルガナに詰め寄る。
「どうしてそう言い切れる」
「その子、頭に角が生えているだろう? 亜人の成長は魔力がなければ上手くいかない。きっと今までは成長が止まっていたはずだ」
指摘されて、ヘイロンはニアの頭を触る。
角の部分に触れてみて分かった。ほんの少し伸びている。
「くすぐったいよ」
少しだけ笑顔が戻ったニアに、ヘイロンは頭を撫でながら話しかける。
「子供が大人になるのは当たり前のことだ。悪い事じゃない。それが出来ないっていうなら、俺がなんとかしてやる」
「……っ、ほんと?」
「ああ、約束する」
ヘイロンはニアとの約束を破ったことは一度もない。
それすなわち、ニアにとっては何よりも安心できる言葉だった。
「どうすればいい?」
「方法は二つ。魔力を自力で作れるようにするか、外部から取り入れるか。一番手っ取り早いのは後者だなあ」
「取り入れるってのは俺の魔力だろ? 方法は?」
「んなもん、キスでもすりゃいいよ。ほぉら、簡単だろぉ?」
モルガナはニヤニヤ笑って囃し立てる。
ヘイロンは突然のことに固まって、イェイラはそんな彼を見て何とも言えない表情をする。
「そっ、それはぁ……少し早いんじゃないか?」
「ニアはいいよ!」
「い、いや……ダメだ! もう少し大きくなってからだな!」
慌てるヘイロンに、ニアは不思議そうな顔をする。
じっと見つめるニアの視線に、耐えられなくなってヘイロンは明後日の方向を向いた。
弟子の様子をみて、モルガナはいやらしい笑みを浮かべる。
「馬鹿だねえ、そんなの待ってたら死んじゃうのにさ」
「……面白がってるだろ!?」
「ちがうちがう。からかってるんだ」
「どっちも同じだろ!?」
イェイラはヘイロンの態度を見て、安堵する。
これで彼が迷いなく即答していたなら、見限っていたところだ。流石に幼い子供にそんなことを強要する輩とは一緒に居たくない。
とはいえ、切羽詰まった状況には変わりない。
「それで、どうするの?」
「とにかく、緊急事態でない限りそれは最後の手段だ。元々は前者の方法を探ってた。出来るならそれがいい」
ヘイロンはそこでモルガナに助力を頼んだ。
けれど彼女から色好い返事が来ることはなかった。