52.弟子、訪問する
必要な荷物と、資金源のミスリル鋼を持って三人はその日のうちに出発した。
目的地はヘイロンの師匠がいるという場所。
その人は俗世から離れて暮らしているらしく、人が寄り付かない辺境に身を置いているらしい。
ヘイロンもかの師匠に会うのは実に五年ぶりである。
「そのお師匠様って、どんな人?」
道中、気になっていることをイェイラは聞いてみた。
ヘイロン以外初対面である。そうなれば少しでも人となりを知っておくに越したことはない。
けれどイェイラはのちに聞かなきゃよかったと後悔することになる。
「俺と似て人当たりはいいぜ」
「あなたと似てるってことは、つまり……」
「癖は強いし、他人をからかうのが好きだ」
「この弟子アリって感じね……ほんとそっくりじゃない」
「そうかぁ? いや、いいや。俺の方がまだマシだね」
「私にとってはどっちもどっちよ」
ヘイロンの話では、彼と同じくらいの性格の悪い人間が増えるということ。
そんなのこちらから願い下げである。
げんなりしているイェイラを置いて、ニアはヘイロンの手を握りながら問う。
「ハイロは師匠のこと、すき?」
「好きか嫌いかで言ったら……普通かなあ。いやな、悪い人でもないけど、良い人でもないんだ」
「ニアのこと、助けてくれるかな?」
「俺が頼んでやるから心配するな」
「うん!」
ヘイロンは師匠以外にこの問題を解決してくれる人を知らない。
少しおかしなところもあるが、知識は人一倍ある。本当に何でも知っている。
ヘイロンが唯一信頼している人間でもあるのだ。
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それは鬱蒼とした森の中にあった。
深い森の奥地。亜人たちでさえも立ち入らない辺境に、ぽつんと建っている小さな小屋。
これがヘイロンの師匠が暮らしている住処だ。
「こ、こんなに山奥とは思ってなかったわ」
ここまで来る途中、森に入ったところまでは良かった。
けれどその後、何度か迷ってしまい入り口に戻されること、三回。
ヘイロンが言うには、彼の師匠は人が嫌いだから用心を重ねて特殊な結界を張っているのだという。
道中にはその触媒となる岩があって、そこを手順通りに通らないと抜けられないのだ。
しかし一行は迷ってしまった。その原因はヘイロンがすっかりそのことを忘れていたからに他ならない。
「無駄に体力使っちゃったわね……」
「あるくのつかれたぁ」
「悪かったよ。でも着いたんだからいいだろ」
小屋の周りは色とりどりの花でいっぱいだった。
そのほとんどが見たことのないもので、ニアは綺麗な光景に目を奪われる。
「きれいだね」
「それ触るなよ? ぜんぶ毒草だからな」
さらりと言って、ヘイロンは小屋の扉前に立つとノックした。
「モルガナ、いるか?」
呼びかける。けれど中からの反応はない。
「留守にしてるんじゃない?」
「いや、いやいやいや。それはない」
イェイラの予想を否定してヘイロンは首を振る。
「あそこであんなに迷ったんだ。俺が来てることなんてとっくに知ってるはず。……もしかして、居留守使ってんのか?」
「弟子が会いに来たっていうのに、そんなことある?」
「あの人ならあり得るなあ。あー、面倒だ」
ヘイロンは扉の前に立って、腕を組む。
師匠の結界のことも忘れていたのだ。もしかしたらまだ忘れていたことがあったのかも。
なんせ五年も会っていない。その間に色々と身辺が忙しかった。すっぽり記憶から抜けていても不思議はない。
少しして、ヘイロンはもう一度、小屋の扉をノックした。
「……フェイ、いるなら開けてくれ」
再度呼びかける。すると間を開けずに、中から扉が開かれた。
「久しぶりだ! よく来たね、ヘイロ――ングゥ!?」
飛び出してきたのは女性だった。
華奢に見える彼女の、肩まで伸ばした長髪は透明かのように透き通って見える。光を反射して輝いて見えるのか。分からないが、とても綺麗な女性だ。
イェイラとニアは突如現れた彼女に目が釘付けとなった。
けれどヘイロンはそんな彼女の口を手で塞ぐと、小屋の中に足を踏み入れた。すぐに扉を閉めると二人の前から消えてしまう。
呆然としながら二人は顔を見合わせる。
瞬きすら許さない早業。なんだかとても焦っているように見えた。
「少し待っていましょうか」
「うん」
久しぶりに会うと言っていた。きっと師弟水入らず、積もる話もあるだろう。
気を利かせて、二人は外で時間を潰すことにした。