51.元勇者、旅立つ
――翌日。
玉座の間の広間で寝起きしているヘイロンが起きると、それを待っていたのか。ムァサドが寄ってきた。
彼は開口一番、耳を垂れて頭を下げてきた。
「昨日はすまなかった」
謝られるとは思っていなかったヘイロンは少し驚く。
ムァサドはそれなりの年月を生きていた。歳はヘイロンよりも上だ。そういう輩は総じて自らの意見を変えない。
意地を張って盾突いてくると思っていたら、こんなことを言うのだ。
「あれはただの褪せたプライドだ。生きていくにはそんなもの、何の役にも立ちはしない」
「分かってんならいいよ。それと、地下のあれの処理はお前に任せる」
ヘイロンの指示にムァサドは驚愕に目を見開いた。
「いいのか?」
「大量にあるんだ。全部は使いきれないし、俺は用事があってしばらくここを空けるつもりだ」
「――ハイロ、どこか行くの?」
遠くでそれを聞いていたニアが、ヘイロンの傍に寄ってくる。
それを抱き上げて、ヘイロンは笑顔を見せた。
「ああ、ニアも一緒に行くんだ」
「ほんと!?」
一緒に居られることが嬉しいのか。ニアは大いにはしゃいでいる。
鍋を覗き込んで飯の準備をしていたイェイラは、初めて聞くそれに驚きながらも問う。
「行くってどこに?」
「俺の師匠のところだ」
「へえ、あなたでも師事していた人がいたのね」
あの強さなら不思議はないけれど、こんな性格が破綻した人の師匠とは。気になるけれど関わり合いになりたくない存在だ。
イェイラが苦い顔をしていると、意外にもヘイロンは深いため息を吐いた。
「でもなあ。あの人、変わり者だから……出来れば会いたくはない」
「あなたも随分な変わり者だと思うけど」
「いや、違うんだ。俺とはこう、おかしい度合いが違うっていうか……まあ、会ってみれば分かる」
ヘイロンの一言にイェイラは眉を寄せる。
「もしかしてそれ、私も行くの!?」
「もちろんだ! 帰ってくる途中で街に寄るつもりだし、入用のモノもあるだろ」
「それもそうね……あまり気乗りはしないけど」
物資調達もかねての訪問であるとヘイロンは言った。
イェイラもそれに反論はない。ここで暮らしていくにはとにかく無い物が多い。一度どこかで買い付ける必要があると思っていたところだ。
「お土産買ってきてね! オイラは石炭が食べたい!」
「儂は硬いブラシで頼むよ。剛毛が傷んでしかたない」
二人からのリクエストを請け負いつつ、ヘイロンは留守の間の仕事を割り振っていく。
建材の生産と、城の中の瓦礫の撤去。
まだまだ荒れている城内には、この間ミディオラが激突してくれたおかげでさらに瓦礫が散乱していた。
これを片づけない限り掃除もままならない。
「留守の間、ちゃんと仕事しとけよ? 特にミディオラ! サボったらニアに言いつけるからな」
「わ、分かってるよゥ!」
「よろしい」
脅し文句を吐いて、ヘイロンは出来上がった朝食を摂る。
その合間にイェイラから簡単な質問をされた。
「それであなたのお師匠様はどこにいるの?」
「ここから遠くない。二、三日歩けば着くな」
「あなたのお師匠様、人間よね? 普通亜人のテリトリーに人間は住まないと思うんだけど……」
「俺の前でそれ言うか?」
「まあ、それもそうね。忘れてちょうだい」
人間と亜人は基本的に仲が悪い。
良好な関係を築いている者なんて、ほんの一握りだ。双方関わり合いになるのを避けているのが現状。
それを知っていて、亜人の生活圏に暮らしているというのは、正直言って頭がおかしい。
これは何もイェイラでなくとも抱く感想である。
「ニアはなんで行くの?」
「それはなあ……ニアの魔力のこと、聞きに行くんだよ。そういうことは俺よりも詳しい」
ヘイロンはあれからニアの魔力について、しっかりと考えていた。
生まれ持った先天的な事であれば、既存の方法では解決できないことも多い。ヘイロンの知識だけでは手に負えないと判断し、今回彼の師匠に頼ることにしたのだ。