46.竜人、青ざめる
魔王城の一室にヘイロンは足早に駆けつけた。
古びたベッドにはニアが静かに眠っている。彼女の傍にはそれを見つめるイェイラ。
「どうだ?」
「あれから特に何も。今だって静かに眠ってるわ。あなたの方は?」
「いらない心配ってやつだな。あー、でもボロい城がさらにボロボロになっちまった」
「それは仕方ないわよ」
イェイラは苦笑を零す。
彼女の表情から不安は取り除かれていた。どうやらニアのことはもう大丈夫なようだ。
「ムァサドは?」
「アイツならあの竜人……ミディオラの様子を見に行ってもらってる。ゴタゴタのせいですっかり忘れてた」
「怪我してないといいけど……」
「あんな成りしてんだ。大丈夫だろ」
正直、ミディオラについてヘイロンはどうとも思っていない。
水を堰き止めていたのを解決できた時点で、眼中にはないのだ。けれど来るもの拒まず、去る者追わず。
彼がここに居たいと言うなら、その時は第二の労働力としてこき使ってやろう。
「それにしても、なんであんなことが起こったのかしら?」
「それは一応、目星はついてる。ニアにちゃんと話を聞いてみなきゃだけど……俺に任せてくれ」
「あんなことがあった後だもの。あまり酷いことはしないでね」
「病み上がりに酷いことはしねえよ」
「はいはい。夕飯の準備してくるわね」
笑みを浮かべてイェイラは部屋から出て行った。
今のニアの容体が今後どう転ぶか。ヘイロンには知れない。彼は治療師でもなければ、こういった怪我人の世話が得意なわけでもないのだ。
あの時、ニアに試した復元魔法はぶっつけ本番の不完全なものだった。それは確かだ。本来あの魔法は他者に使えるように出来ていない。
ヘイロンが改良を重ねて、あの形に落とし込んだもの。彼が魔法を師事したかの師でも、それだけは無理だった。
そもそも、こんなものは魔法などではないと酷く扱き下ろされたものだ。
もし今後何らかの異変が起こったならば、きっとヘイロン一人の力で解決するのは難しいだろう。
その時は、助力を得ることも視野に入れなければ。
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魔王城の中で比較的綺麗な場所、玉座の間ではイェイラが夕飯の煮炊きをしていた。
そのそばで、焚火に炙られる二人の姿が見える。
「今日は酷い目にあったわい」
「オイラも、とっても酷い目にあわされた!」
グチグチと二人で言い合っている会話をイェイラは呆れながらも聞いていた。
一人は獣人のムァサド。老体の身では確かに今日の出来事は堪えただろう。
もう一人は、竜人のミディオラだ。しかし彼の姿は大きく変わっていた。
ムァサドの体長の三倍はあった岩の身体は、魔王城に激突した衝撃でほとんど剥がれてしまって、今の彼はスリムなトカゲである。
それでも身体の大きさは、ここにいる者たちの誰よりも大きい。
床に寝そべったミディオラは、尻尾をバタバタと動かしてムァサドに愚痴を零す。
「あそこから出してくれたことには感謝してるよ! でもあれはやりすぎ! おかげでオイラの表皮ぜんぶ剝がれちゃったじゃないかぁ!」
「良いじゃない、スリムになれて」
「なっ、何も良い事なんてないよ! 竜人は身体がでかい奴が偉いんだ!」
「へぇ~、そうなの」
イェイラは鍋を覗き込みながら話半分で相槌を打つ。
適当にあしらわれていることに気づかないミディオラは、調子に乗って聞いてもいないことを延々と話し始めた。
「そういえばあなた、ご飯は何を食べるの? 竜人だけど……形も違うし」
「オイラの主食は鉱物だよ。硬いやつほど身体の艶が良くなるんだ」
イェイラは器に食事を盛りながらミディオラに問うた。
すると彼は人が食べる食事は摂らないのだという。
「鉱物か……確かこの辺りにはミスリル鋼が眠っていると聞いたことがある」
「それって希少な鉱石じゃなかったかしら?」
「うむゥ、これが一抱えもあれば一生遊んで暮らせる金が手に入るとも言われとるなァ」
「お金……いま一番欲しいものね」
一行の懐事情はとても切ないものになっていた。
今もカツカツの状態である。これから先ここで暮らしていくには多少なりとも金は必要になるのだ。
「オイラもそれ好きだよ。硬くて歯ごたえも抜群! 一番美味い!」
「ば、ばかものォ!」
「食べ物じゃないからね! 見つけても食べないこと!」
「ええっ! オイラに餓死しろって言ってんの!? 酷いよォ!!」
ミディオラが喚き出した、直後――
「――ッ、びいィ!?」
暗闇から投擲された剣が、彼の顔を掠めて背後の壁に刺さった。
ミディオラの叫びに三人が暗闇を見つめると、そこから出てきたのはヘイロンだった。
「あ、なんだ。お前か」
「お、おおお……オイラを殺す気かよォ!」
「食料かと思ったよ。お前らトカゲの肉食べたことあるか? 結構イケるぜ」
ヘイロンの発言にミディオラは恐ろしい速さで壁際まで後退する。
残りの二人は顔を見合わせて――
「いいえ、食べたことないわね」
「儂もだ」
冗談めかした発言の数々に、ミディオラは青ざめた。
もしかして、ヤバい奴らに助けられたかもしれない。そのことに気づいたミディオラだったが、時すでに遅し。
ここを取り仕切っているリーダーであろう人間の男。皆にハイロと呼ばれている彼がどれだけ鬼畜なのか。
ミディオラはのちに身をもって体感することになるのだった。