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45.眉雪、慄く

 

 戦況はあまり良くない。


 灰招きを倒すにはあの巨体から核を取り出さなければならない。

 しかし核がある場所などわかるはずもなく……となれば手当たり次第に攻撃することになる。

 そこまでは良いが、問題はあの巨体の身体を削げるほどに強力な攻撃を繰り出せなければ意味がない。


「……っ、もういいのか!?」

「ああ、ニアならイェイラに任せた」


 タイミングを見計らってムァサドがヘイロンの元へと駆けつけてくれた。

 獣人である彼の身体は人間よりも力に優れている。腕を一振りしただけで、生身の身体を引き裂くことなど朝飯前だ。

 けれどそんな彼の力を持ってしても、あれはよほど手に余るのだろう。


「それで、アイツはどんな感じだ?」

「正直言って影者エイシャのあやつと儂だけでは手に負えん」

「分かった。後は俺だけでやる」

「なんだと!? そんなこと」

「一度やってんだ。余裕だよ」


 笑って言うとヘイロンは剣を構えた。


 まず灰招きの手足を削ぐ。

 核とつながっている本体と離れるとその肉体は灰になって消えてしまう。それと同時に、核がある場所も絞れる。


 残る手足は三。まずは足元から崩していく。

 深く息を吐き出すと、ヘイロンは一気に駆けだした。


 狙いは左足。元は死体ゆえにあの身体は脆いはずだ。ヘイロンの技量ならば苦労せずに斬れる。

 しかしその予想に反して、一閃した刃は固い皮膚に阻まれてしまった。


「あァ!? これ、竜鱗ドラゴンスケイルか!?」


 確か、先ほどまでは毛むくじゃらの足だったはず。それがヘイロンの攻撃に合わせて形態を変えてきた。

 それでもこの程度で彼を止められるわけはない。


竜鱗ドラゴンスケイルには雷撃が滅法効きやがる! 覚えとくんだな!」


 熱や冷気に耐性を持っているドラゴン相手には、雷撃が有効である。

 激しい紫電は肉体の内側まで浸透して、細胞を爆ぜさせるのだ。


「ギッイイィィイイイイイイ!!!!」


 断末魔の雄叫びをあげながら、灰招きの身体は傾く。

 足を一本失ってしまえばあの巨体を維持はできない。


 けれど相手もただでは転ばない。残った腕を振り上げて、ヘイロンを押し潰さんと迫ってくる。

 硬質化した拳の一撃は、馬鹿力でなんでも砕く。直撃したら、いかにヘイロンとて即死である。もちろん彼がそんなヘマをするはずがない。


 ――〈灼熱炎刀〉


 身体を反転、紙一重で攻撃を避けたヘイロンは、その腕を一閃する。

 彼の放った燃える刃、炎刀の一撃は硬い皮膚を簡単に切り裂いて灰にしていく。


「良い焼き加減だと思ったのに、腐ってんなら食えねえな。あ、そもそも灰になっちまうなら食えるわけねえか……ざんねん、だッ!」


 次々と灰招きの身体を削っていくヘイロンは、このレベルの敵相手でも余裕を見せている。

 彼にとって的が大きい相手ほどやりやすいものはない。そんな相手は大抵が力でねじ伏せようとしてくる。

 そうなれば力比べだ。必然的に強い方が勝つ。子供でも理解できる仕組み。小細工を使う相手よりもよっぽどやりやすい。


 最期の足も切り落として、残すは胴体のみ。

 けれどそんな状態になっても、敵は諦めてはくれないようだ。


 突然、歪んでいた顔面が形を変える。それは大きく顎門を開いたドラゴンの頭になった。

 喉奥からチリチリと炎が燻っているのが見えて、ヘイロンは叫ぶ。


「ムァサド! 丸焦げになりたくなかったらこっちこい!」

「なぅ、なんなのだァ!?」


 間一髪、ムァサドがヘイロンの背後に来たところで、竜の顎門から灼熱が漏れ出した。

 それは地下一帯を焼き尽くしていく。

 ゴウゴウと迫る熱気に、ヘイロンはすぐさま氷の壁を立ち上げた。


「亜人の埋葬方法って、土葬? それとも火葬?」

「こ、こんな時に何を言っている!? 真面目にやらんと死ぬぞ!」

「火葬なら葬送する手間が省けるじゃねえか」


 こんな状況なのにまったく緊張感のないヘイロンにムァサドは大いに困惑する。

 強者とは性格も捻くれるものなのか……そんなことをぼんやりと思っていると、突然ヘイロンは灼熱を防いでいる氷の壁に手を付けた。


 ――〈反転:氷塊流堕ひょうかいりゅうだ


 ヘイロンが氷壁に手を付けた途端、向かってくる灼熱に逆らって氷の礫が射出された。

 それは無数の氷塊となって、灰招きの身体を砕いていく。無慈悲な攻撃が止んだのは、敵の頭が氷塊で潰され、吐き出された灼熱が止まってからだ。


「あー、でも結局灰になるのか」

「い、意味が分からんぞゥ……」


 ヘイロンの意味不明な独り言も、でたらめな魔法の応戦も。ムァサドには異様な光景だった。


 彼は勇者の仲間である賢者と相対したことがある。あの者も魔法の扱いは天才的だった。

 なによりもどうやって攻撃しているのか。まったく手の内が読めないうちにやられていたのだ。


 しかしヘイロンのこれは、それとはまったくの真逆。

 純粋な力技で捻じ伏せる。まさしく強者であるがこその戦い方だ。


「死んだか……?」

「まだだけど、あの状態じゃもう何も出来ない。核を潰して終わりだな」


 崩れた胴体に近づこうとしたヘイロンだったが、彼の足は止まった。

 灰招きの胸を突き破って、ハイドが顔を出したからだ。


「あれ? ハイド?」

「ゴちそゥさまァ」


 さっきまで姿が見えなかったハイドは、影に隠れて機会を見ていたのだ。

 彼の口の中には灰招きの核がある。それをハイドは噛み砕いて粉々にしてしまった。


 瞬間、ハイドが埋まっていた胴体はすべからく灰になって崩れ去った。

 地下室は一面、灰に埋もれモノクロ一色である。


「むぅ、これで終わったのか?」

「ああ、一件落着ってやつだ!」


 大きく伸びをして、ヘイロンは灰まみれの服を払う。

 そのままニアの元に行こうと地下を出た所でふとあることを思い出した。


「そういえば、何か忘れているような……何だったかな」


 緊張から解放された脳みそではそれ以上思い出せない。

 でも忘れているということはそれほど重要なことではなさそうだ。


 ――こうして、波乱の一日は幕を下ろした。


忘れられたミディオラくん、かわいそう~~




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