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41.幼女、後悔する

 

 ヘイロンたちが出て行ってから、ニアはずっと悩んでいた。


 エントランスの広間。薄汚れた赤い絨毯の敷かれた階段に腰かけて、手中にあるものを見つめる。

 ヘイロンからこっそりと拝借した、灰招きの核。

 彼曰く、これを使えば莫大な魔力を得ることが出来るのだという。もちろんリスクもある。けれど、これから先の未来に希望を持てないニアは藁にも縋る思いだった。


「やっぱり、ハイロに……」


 相談しようか、と心が揺れる。

 勝手に取ったわけだし、これは悪いことだ。でも相談したところでヘイロンはいいよ、なんて言わないことはニアにだって分かる。


 彼には持たざる者の気持ちは分からない。

 きっとそんなことしなくてもいいとヘイロンは言うだろう。けれどニアはそんな言葉が欲しいわけじゃない。

 何でもいい。どんなことでもいい。役に立ちたいのだ。


 そこに掛ける言葉に慰めなど必要もなく、余計にニアの心を傷つけるだろう。


「ハイロ、おこるかなあ……」


 ここまで一緒に来たけれど、ニアはヘイロンが本気で怒った姿を見たことはない。前に一度だけ大声で怒鳴っていたのを見たけれど、あれはニアに怒ったものではなかった。

 きっと怒ると怖いんだろうなあ、なんて考えてニアは悩み続ける。


 怒られて、失望されたら捨てられるかもしれない。悪いことをする奴はここには要らないと言われるかも。

 捨てられたら、行く場所も帰る場所もないニアは今度こそ野垂れ死ぬだろう。それよりも再び捨てられることが、ニアにとっては何よりも恐ろしいことだった。


「……っ、やっぱりやめよう」


 握っていた灰招きの核を、ニアはポケットにしまう――その瞬間。


「びゃあっ!」


 突然、轟音が鳴って魔王城全体がグラグラと揺れだした。

 ボロ城な魔王城は瓦礫が多く、とても脆い。大人が歩いただけで崩れる場所もあるほどだ。そこにこれほどの衝撃を受ければ、当然こんなことにもなる。


「――ッ、あわ、あわわ」


 轟音が鳴ったと思ったら、ニアの頭上から瓦礫が降ってきた。

 あわや押しつぶされるところでニアは駆け足で階段を駆け上がる。


 砂埃が舞い視界が閉ざされるなか、天井に空いた穴だけがぽっかりと浮いている。

 差し込んだ陽の光を目で追うと、エントランスの真ん中に大きな穴が空いていた。


「……っ、あれ!?」


 その穴に吸い込まれるように、赤い球が見える。

 ニアが握っていた灰招きの核はなぜかそこにあった。慌てながら追いかけるも、そのまま核は穴に落ちてしまった。


「あ、ああぁ……」


 ニアは泣きそうになりながら、近づいて穴の中を覗く。

 見える景色はまっくらだ。何も見えない。でも地下に空間はある。ということは……きっとどこかに入り口もあるはずだ!


「ハイロが戻ってくるまえに、さがさないと!」


 先ほどまで葛藤して諦めようと決めたニアには、何としてでも探し出さないと怒られて失望される未来が見えていた。

 そうなれば元も子もない。バレずに切り抜けるにはしっかりと証拠隠滅をしなければ!


 ニアは急いで背嚢からカンテラを取ってくる。一応、護身用にヘイロンが持たせてくれたナイフも携帯して城内の一階部分を探索する。

 まっくらな城の内部は恐ろしいが……ムァサドが言っていた。この城には彼以外の住人はいないと。

 だから突然出てきて驚かせてくる輩はいない……はずだ。


「あった!」


 少し探すと地下へと至る入り口を見つけた。

 埃と蜘蛛の巣が張っている汚らしい場所。そこにニアは意を決して踏み込んだ。


「こわくない……こわくないっ」


 暗示をかけるように呟きながらニアは階段を下っていく。

 やがて大きな扉の前に辿り着いた。


 錆び付いた扉は酷く重い。

 なんとか開けて中に入ると薄闇の中にあるものを見つけた。


「……これ、なんだろ?」


 地下にあったもの。それは大きな生物の躯だった。


 ヒト型であるからこれが獣の類でないことは分かるが……それにしては身体の端々がやけに獣くさい。ムァサドのように毛むくじゃらで、かと思えば竜のような鱗が生えていたり、岩のような肌をしている場所もある。

 まるでいろんな生物の身体をつぎはぎしたような風貌をしているのだ。


 地下にいたその躯は動き出すことはない。死んでいるから当たり前のことだ。

 けれど、こんなに禍々しい生物が死ぬようなことなんてあるのだろうか。


 カンテラを向けて観察していると、ニアはあるものを見つけた。


「剣がささってる!」


 左胸、心臓を一突きしたのだろう。

 深々と刺さった剣を見て、ニアは理解した。

 この躯は誰かに殺されたのだ。これが誰なのか分からないが、こんなに強そうな生物を倒してしまうなら、その者も恐ろしく強いのだろう。


「早くさがさないと!」


 そこまで考えてニアは落としてしまった灰招きの核を探し出す。

 しかしどれだけ探し回っても見つからない。ふと顔を上げて空いた穴を見る。


「あそこから落ちて……ここに――あ、」


 落ちたであろう場所に予測を付けた瞬間、ニアはあることを思い出した。


 ヘイロンが言っていたのだ。

 この灰招きと呼ばれる魔物の特性……それは、生物に寄生して身体を乗っ取る。


 穴が空いている場所は、あの躯の真上だった。




「グッ――ギィアアアアアアアアアア!!!!」


 断末魔のような雄叫びが地下に響く。

 ビリビリと伝わってくる空気の振動。それの影響で頭上からは瓦礫の欠片が降ってくる。


 突然のことにニアは足が竦んで動けなかった。

 それもそのはず。死んでいたと思っていた躯が声を上げて動き出したのだ。


「―――ひっ」


 恐怖で小さく声を上げる。

 すると足元のニアに気づいたそれは、顔をこちらに向けた。その顔面は崩れて生前の面影は失われてしまっている。

 抜け落ちた眼球の眼窩を向けて、それはニヤリと笑ったような気がした。


 それを認識した直後、その化け物は自らに刺さっていた剣を抜いた。


 ニアにはそれらの動作がとても緩慢に見えた。

 まだ生まれてから何年も生きていない。そんな子供でも今のこれが何か、察してしまった。きっと、これが死ぬ瞬間というやつだ。


 ぼんやりとそんなことを思ったニアの頭上では、鈍く輝く剣の軌跡が見える。

 そして――無慈悲にも振るわれた。


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