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40.竜人、激突する

 

 魔王城にニアを置いて、三人は険しい山を登っていた。


 ムァサドの証言通り、川の跡はあるがそこに水は流れていない。

 上流に居るという何かが川の水を堰き止めているのだという。今回はそいつを退けて、水を確保する。


「それで、そいつは一体何なんだ?」

「川を堰き止めるくらいに大きいのだから……魔法士が作ったゴーレムとかかしら?」

「今に見れば分かる」


 二人があれこれと予想をつける中、ムァサドは一蹴する。

 彼曰く、本当に見れば分かるのだという。


 何が待っているのか。若干の期待をしていたヘイロンの前に、それは現れた。


「おおーい、起きておるかァ?」


 川の上流には、大きな岩があった。

 ムァサドはあろうことかそれに話しかける。彼の上背は約二メートルあるが、目の前の岩はその三倍の大きさはある。


「そこを退いてほしいのだがァ! 聞いておるかー!?」


 反応がないなか、ムァサドは呼び続ける。

 それを見ている二人には、ただの岩に呼び掛けている風にしか見えない。


「彼、何をしているのかしら?」

「ただの岩に見えるけどなあ。そもそもあれ、生き物なのか?」


 二人で顔を見合わせてひそひそ話していると、ふいにどこからか声が聞こえてきた。


「ううー、ん……おじいちゃん。何のよう?」

「目が覚めたかね。早速で悪いが、ここから退いて欲しい」

「いいけど……無理。諦めて」


 正体不明のそれはきっぱりと言い切った。

 それにムァサドは狼狽える。


「な、なぜだ!?」

「オイラがここに好き好んでいると思ってるの? こんな窮屈な場所、さっさと出たいに決まってるじゃん! でも自分じゃ無理なんだよ!」

「――おい、それどういう意味だ?」


 二人の会話にヘイロンが割って入る。

 この岩もどき、どこに顔が付いているかも分からないが……意思の疎通は出来るらしい。そして本人はここから出たがっている。

 だったらこいつをどうにかここから出してやれば問題は解決。


「というかそもそも、お前はなんだ?」

「そっ、そういうお前こそ誰だ!? いきなり来てなんだよ!」

「俺はお前にここから退いて欲しいだけだ。何も悪さをしようってんじゃない」

「だ、出してくれるの?」

「ああ、だからお前のことをまずは知りたい」


 ヘイロンの説得に、件の大岩は落ち着きを取り戻した。


「オイラ、竜人のミディオラって言うんだ」

「竜人!? この岩が!?」


 ヘイロンは驚きに目の前にいるらしいミディオラを見上げる。

 どう見てもでかい岩にしか見えない。


「にわかには信じられないわね」

「儂も話を聞いた時は疑ったものだ。しかし無くはない話だ」


 納得している二人を置いて、ヘイロンは唸り声をあげる。


「いやいや、あり得ないだろ!? これのどこが竜人なんだよ!」

「もしや亜人の形態変化を知らんのか?」

「……形態変化?」


 初めて聞く話にヘイロンは眉を寄せる。

 ムァサドの話を聞いて理解を示したのはイェイラだった。


「なるほどね。それで……こんなになっちゃった、と」

「そーなんだよぉ! 助けてよぉ!」


 泣きわめく声がどこからか響いてくる。

 それの相手をしているイェイラの横で、ヘイロンはムァサドに説明を求めた。


「その形態変化ってのは何なんだ?」

「書いて字の通り。成長過程で身体の形態が変化することだ。儂もそれに当てはまる。生まれた時からこんな風に毛むくじゃらではないぞ?」

「へぇ~、知らなかった」


 形態変化の程度は様々であるとムァサドは言う。

 一般的なのはヒト型から多少形が変わるもの。変化をしても身体の基本的な機能は同じままだ。

 しかし、竜人などの一族は少し違う。

 最初はヒト型であっても形態変化の過程を経て、身体の骨格までも変わってしまう者もいる。二足から四足になる個体もあるということだ。


「面白いなあ。それ」

「亜人の形態変化は魔力のせいであるとも言われている。とりわけガルデオニアス様は変幻自在だった。あの方は自在に身体を作り替えることが出来たのだよ」


 自慢げに語るムァサドを置いて、ヘイロンはミディオラへ話しかける。


「それで、どうやったらここから出せる?」

「た、たぶん地面に身体がはまって取れなくなってるんだ。オイラ、脱皮するみたいに硬質化しちゃうから……それでここまで大きくなっちゃった」

「何食ったらこんなでかくなるんだよ」

「えへへ。ここの土壌、おいしいから食べすぎちゃった!」


 ここまで来る途中、やけに険しい道が続いていた。おそらくミディオラの悪食で地形が変わったのだ。

 やれやれと嘆息して、ヘイロンは早速取り掛かることにする。


「こいつは下から押し上げた方が良さそうだな。押してもこの大きさだ。ビクともしないだろ」

「そんなことが出来るのか?」

「彼、出来ないことはないんだって。やるって言い出したらやるわよ」

「ふははっ、そうだった。愚問だったな」


 片膝を地面につけて、両手をミディオラの身体に触れる。

 すると、微かな地鳴りが響いてきた。


「おわわっ、おわぁー!」


 ミディオラは慌てた声を上げた。

 イェイラはそれを聞きながら傍観していると、不意にハイドが傍に現れる。


「ウウゥ、イェイラ」

「どうしたの?」

「こ、こレじゃナイ」

「え?」

「ちがウ、アッチ」


 ハイドは魔王城の方角を見て鳴く。

 相棒の様子にイェイラは言い知れぬ不安を覚えた。


 ハイドが何を警戒しているのか知れないが……いま、あの場所にはニアしかいない。

 何もなければいいが、用心するに越したことはない。


「ハイロ! 先に戻ってる!」

「何かあったのか!?」

「分からない! でも、ハイドが違うって!」


 揺れる大地で声を張る。

 イェイラはどうにも焦っているようだ。彼女の焦燥がなんであるか。ヘイロンにはすぐに察知出来なかったが、何か懸念事項があるのだろう。

 だったら止める必要もない。


 ヘイロンが集中しなければならないのは、目の前のミディオラである。

 グラグラと揺れだした地面は、彼の真下からせり上がってくる。

 まずは隙間を作ってやって、その後は――思い切り蹴り上げるだけだ!


「オラッ! さっさと動けッ!!」


 思い切り蹴り上げると、その巨体はゆっくり動き出した。

 この場所は川の上流。傾斜もあり、少し押してやればあとは勝手に転げ落ちていく。


「イヤアァァァァァァァ!!!」


 ヘイロンの蹴りによってミディオラは川の跡の窪みを転がり落ちていく。

 そのスピードはすさまじく、城に戻ると踵を返したイェイラを追い越して爆走。

 木々をなぎ倒し、止まらなくなったミディオラはそのまま魔王城の外壁に激突した。


「ちょっ、と……何やってんのよ! やりすぎ!」

「んなこと言っても、仕方ないだろ?」

「あの重量なら止めた所でこちらが押し潰される」

「ニアが危ないでしょう! ただでさえボロボロな城なんだから、天井とか崩れてきたらどうするのよ! ほんと信じられない!」


 二人の態度に腹を立てたイェイラは、脇目も降らずに魔王城を目指す。


 ハイドの言っていたことも心配ではあるが、ニアの安否の方が気に掛かる。

 険しい道を出来るだけ急いで下っていると、遠くから水音が聞こえてきた。

 どうやらミディオラを解放したおかげで河川に水が戻ってきたみたいだ。


「ひとまずはこれで大丈夫そうだ」

「うむ、水不足は解決だな」

「ところでお前、ほとんど何もしてないよな?」

「うっ、案内役をしただろう……」

「今日は肉が食べたいなあ。よろしく」

「ぐっ、ぐぬぬ……あとで覚えておれよゥ」


 食料調達をムァサドに任せて、ヘイロンも魔王城へ帰還する。

 城を出る時にニアと交わした約束を思い出す。

 ミディオラがぶつかったせいで、もしかしたら怖がらせてしまったかもしれない。


「仕方ない。今回は大目にみてやるか」


 あの古城で一人で留守番なんて、大人でも恐ろしい。

 それを買って出たのだ。帰ったらたくさん誉めてやろう。


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