39.出来損ない、決意する
魔王城の城内はかなりの広さがあった。
玉座の間から始まり、エントランス一階から食堂、炊事場。それから物資を保管できる倉庫。上等な個室もたくさんある。
しかし、そのどれもが使い物にならないほどボロボロである。
これからここを修繕して、快適に過ごせるようにするのがひとまずの目標だ。
それと並行してやらなければならないのが、水と食料の確保。
ムァサドの話では水場はあるらしいので、そこを当てにするとして。問題は食料である。
――翌朝。
持ち込んできた保存食で朝食を摂る優雅な朝――とは、間違っても言えないオンボロ古城の中で、一行はこれからのことについて考える。
「ムァサド。お前、狩りは得意か?」
「この老体に狩りをしろと!?」
「当たり前だ! 働かざる者は飯抜きに決まってんだろ!?」
ちゃっかり朝飯をご馳走になっているムァサドに、ヘイロンは当たりが強い。
労働力として期待しているが、彼にはまだ何もやってもらっていないのだ。これでは本当にタダ飯食らいになってしまう。
「肉ばかりだと栄養が偏る。育ち盛りもいるんだし、野菜も摂らないと」
「それなら任せろ! 食える野草の知識ならある!」
「違うわよ! 作物を育てるべきだって言ってるの!」
的外れなヘイロンの意見にイェイラは溜息を吐いた。
この場所は、土地だけは広大にある。畑の一つや二つ余裕で作れるだろう。問題は作物の種を持っていないということである。
「こればっかりは商人から買い付けるしかないわね」
「初期投資にはやっぱ金が掛かるか。うーん……この城に金目のモノとかあったらなあ。魔王城って言うくらいなんだから、お宝の一つや二つないもんかね?」
そう言って、ヘイロンはぐるりと周囲を見回す。
しかしどこを見てもボロボロであり、調度品やら貴金属などは一切見えない。
「ここが放棄されてからどれほど経ったと思っとるんだ。そんなもの、千年前にはなくなっとるよ」
「最悪、村から略奪するしかねえかなあ」
「あなたねえ……人様に迷惑かけることだけはやめなさいよ!?」
「冗談! 冗談だってぇ」
三人の話をニアは朝飯を食べながらハイドと一緒に聞いていた。難しい話だし、ニアに出来ることはないからだ。
そう思えば思うほど、ニアの心は落ち込んでくる。
力仕事はまだ出来ないし、だからといって何か特技があるのかと言われるとそうでもない。
ヘイロンが助けてくれたから、一緒にここまで来たけれど……ニアはその後の事を考えたことはなかった。
暮らしていくには色々と準備が必要でやるべきこともたくさんあるのだ。
そのことで大人たちは困っているのに、まだ子供のニアは完全に蚊帳の外である。
先ほど、ヘイロンも言っていた。
働かざる者は飯抜きになるのだ!
「ハイロ」
「うん? どうした?」
「ニア、ごはんぬきになる?」
落ち込んだ様子で語るニアに、ヘイロンはどうしたことかと思案する。
少しして、先ほどの会話を気にしているのだと気づいた。
「うーん、どうだろうなあ。確かに何もしねえなら飯は食べられないな」
「う、うん……」
それを聞いたニアはさらに落ち込む。
誰が見ても元気がない様子に、他の二人からは苦言が零れる。
「あなた、今のは最低よ」
「鬼畜とはこのことだ」
しかしヘイロンはそれらに構わずに、何かを考え込んでいる。
「よし、一つ為になる話をしてやろう!」
見慣れた笑顔を見せてヘイロンはニアの目を見て話し出す。
「俺の生まれは貧しい田舎の村でな。そこじゃ贅沢な暮らしは出来なかった。食うにも困るってやつだ。冬なんかは特にヤバい。食料がなくなったらそのまま餓死だ。んで、そうなったら口減らしをする必要がある。どんな奴が捨てられると思う?」
「……っ、わかんない」
「年寄りが真っ先に捨てられるんだ。だから飯抜きになるのはニアよりこいつの方だな!」
ヘイロンは笑顔でムァサドを指差した。
「ぐぬぅ、殺生な! 貴様それでも人の子か!?」
「なんだ? 俺が悪魔にでも見えるってか?」
「当たり前だ! 悪魔よりもひどいわ!」
キャンキャン吠えるムァサドに構わずに、ヘイロンは未だ落ち込んでいるニアを抱き寄せた。
優しい手付きで頭を撫でて、大丈夫だと言う。
「子供はそんなこと気にしなくてもいい」
「っ、うん……」
大好きな人に撫でられて、ニアは笑みを作る。けれど心の中はどんよりと曇ったままだ。
きっと、なんでも出来てしまうヘイロンにはニアの気持ちは分からない。
ニアが何も出来ない役立たずであることは、自分が一番よく知っている。家族に、父や母に何遍も言われてきたことだ。
魔力がない、ということは成長してもそのまま。魔力が増えることはない。
加えて身体の成熟も上手くいかない。それすなわち、同年代の亜人、人間の子供よりも非力で脆弱であるということ。大人になればそれはさらに顕著になる。
『こんなもの、生かしておいても何の役にも立たない』
何十回と言われてきたことだ。
だから、ヘイロンはああ言ってくれたけれど。一番先に捨てられるのは自分であるとニアは理解できている。
それから、食事を終えて大人たちは今日の予定について話し合った。
「まずは水の問題をなんとかしよう。昨日言ってた場所に案内してくれ」
「分かった。近場ではあるが山を登ることになる。子供にはちと厳しいかもしれんぞ」
「それならニアはここにいた方が良いかもしれないわね」
三人がニアを見つめて目で聞いてくる。
お前はどうするんだ、と。
「おるすばんしてる」
「いいのか? 誰もいなくなるし、城の中まっくらだぞ?」
「こわくないよ!」
「おっ、言ったな? 俺が帰ってきたとき泣いてたら大車輪だからな」
意地の悪い笑みを浮かべてヘイロンは笑う。
大車輪が何なのか、ニアは分からなかったがきっと酷い目に遭うに違いない。
泣かない、と約束をするとヘイロンは最後にニアの頭を撫でてくれた。
「すぐに帰ってくるから待ってろよ」
「うん、いってらっしゃい」
笑顔で皆を送り出す。
ヘイロンの姿が見えなくなって、ニアは笑みを隠すと俯いて唇を噛んだ。
涙こそ出なかったが、ひどく惨めに思えたのだ。
「ニア、やっぱりやくたたず……っ、みんなが言ったとおり」
落ち込んでしまったら、嫌なことばかりを思い出してしまう。
そしてニアはそれを否定できない。どうしようもなく事実なのだから。
でも――
「これがあれば、ニアも……」
服の内ポケットから、ニアはあるものを取り出す。
ヘイロンには内緒で、彼が眠ってしまった後にこっそりと盗っておいたもの。
ニアの手の中には――赤い宝珠が鈍く輝いていた。