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38.幼女、オーバーキル

 

 現れたイェイラは、困惑気味に目の前の光景を見つめて嘆息した。


「意味が分からない。なんなのよ、これは」

「先住民がいたらしい。こいつもここに住むことになった」

「そういうわけだ。よろしく頼むよ」


 ムァサドはイェイラへと握手をせがむ。イェイラはそれに答えて握手を交わすと、傍に仕えているハイドの様子を伺った。


「ハイド、どう?」

「ウゥ、こレじゃ、ナイ」

「……ちがうの?」

「ちかイ、けド……ちがウゥ」


 唸り声をあげてハイドは何かを警戒している。

 イェイラはてっきり目の前の獣人がそれだと思っていたが、違うらしい。


「お前は影者エイシャか? 珍しい成りをしている」

「お褒めに与り光栄よ。魔王の先兵さん。私はあなたたちのこと、とっても嫌いだけどね」


 出会って早々に敵対心を見せつけるイェイラにムァサドは鼻頭にシワを作る。

 何なんだ、と文句を言おうと口を開くとそれよりも前にイェイラが続ける。


「でも、ハイロの話じゃあなたもここに住むのよね? だったら嫌い合っても自分の首を絞めるだけだもの。色々と気に食わないところはあるけれど、それはこの際水に流すことにするわ」

「ふむ……素直なところは評価に値する」


 両者の間では火花が散っている。

 ヘイロンは面白そうにしているが、ニアは大慌てだ。せっかく一緒に住むのだから、仲良くしてほしい。


「けんか、ダメだよ!」

「そうだぜ。こいつは貴重な労働力なんだから。仲良くした方が今後楽できるだろ?」

「……分かったわよ」

「その物言い、癪に障るよなぁ」


 ニアの仲裁をもって、二人は矛を収めた。

 イェイラは不満げではあるが、どうやら嫌々ながらも飲み込んでくれたようだ。


 そのことにニアがほっとしていると、それと入れ替わりでヘイロンはイェイラへと問う。


「ハイドのやつ、どうしたんだ?」

「イヤな気配がするって、ずっとこんな感じなの」


 イェイラはヘイロンへ事情を説明する。

 ムァサドがハイドの警戒の元だと思っていたが、そうではなかったこと――それを聞いたのち、ヘイロンはムァサドに目を向けた。


「お前以外にここにいる奴は?」

「儂以外には……む、そういえば」


 少し考えて、ムァサドは手を打ち合わせた。

 どうやら心当たりがあるらしい。


「魔王城の近辺になら一人だけ見かけたことがある。あやつのことかもしれんな」

「そいつの居場所は?」

「北に少し行った所に河川の上流があるのだが……そこに居座っているのだよ。退けと言っても退かんし、少し困っていたところだ」

「……ここ、近くに水源があるの?」

「うむ、川がある。水には困らんよ。だが今では枯れて久しい。その原因が、今しがた話したそやつなのだ」


 ムァサドの話を聞いてヘイロンは思案する。

 水の確保は必須だ。それを可能にするには、件の厄介者に会う必要がある。一番初めに取り掛からなければならない、最優先事項である。


「ムァサド、お前には明日そいつの元に案内してもらう。でも、今日はもう陽が落ちてるからここで休もう」

「ええ、それには私も賛成」

「ニアも!」

「ふむ、では儂も」

「待て待て、お前はこっちだ」


 ムァサドを引き留めたヘイロンは、地面を指して命令する。


「お前はニアのベッドになれ」

「ね、寝床になれと申すか!?」

「お世辞にも雨風凌げる場所じゃねえからな。風邪ひいたら大変だ」


 突然のヘイロンのアイディアに、ムァサドは動揺する。イェイラはまたかと肩を竦めて知らん顔。

 ニアはというと、とても喜んでいる。目を輝かせてムァサドの足元に来ると、小さな手で彼の体毛を掴んだ。


「いいの!?」

「ぐっ、……よ、よかろう。ベッドにでもなんでもなってやる!」

「良かったなあ。暖かそうだ……臭そうだけど」


 容赦のない物言いがムァサドの心を抉る。

 それを聞いたニアは、モフモフの身体に顔をつけて一呼吸――


「ハイロのほうがくさいよ!」

「――はぁ!? それどういうことだよ!?」

「だって、くさいもん!」


 ニアの無慈悲な宣告にヘイロンは頭を抱えた。

 以前の一件以来、匂いには特に気を遣ってきた。わざわざ石鹸も買ったし、以前のヘイロンなら女々しいといって絶対に使わなかったであろう香油も買ってみた。

 それなのにニアはこんなことを言うのだ。


「ふっ、かわいそう……」

「体臭の問題ではないのか? そうだとしても、獣人よりも臭いというのはあまり聞かないがね」

「俺は認めねえぞ! ぜったい認めない!!」


 仲間たちの茶化しを無視してヘイロンは吠える。

 古城から見える月夜に、悲壮な声が響いた。


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