36.魔王城、到着
魔王城は鬱蒼と茂った森の中に佇む古城だ。
人間の国、カイグラード王国から極西にあり、今では人間はもとより亜人も近寄ることはない。
その魔王城を見上げて、ヘイロンは目を眇める。
「あー、うん。日当たり悪そうだ」
「おっきいね」
肩車をされて、ニアはヘイロンの頭の上で感想を零す。
でかいし、ボロいし、暗いときた。想像以上にこの物件は手強そうだ。
「近くに水場があればいいが……なかったら近場の川まで往復だぜ。静かなのは良いけど、住み心地はなあ……はっきり言って微妙かもしれん」
「ニア、ここがいい!」
「不便さは折り紙付きだぜ。ま、それも一興かもな」
笑って話すヘイロンの後ろ。
イェイラは初めて目にする魔王城を見渡して、なるほどと独りごちた。
「昔はここに亜人の国があったのよ」
「そうなのか?」
「ええ、この城を中心に城下町があって……たくさんの人が暮らしてた、って私は聞いている。でも魔王が封じられて千年でこんな有様よ」
イェイラの話では、その国の国民はその後各地に散ってしまったらしい。
近場に亜人の村や集落が多いのはその名残である。
「つまり……人が暮らせるってことは、必要な資源はそろってるってことだな!?」
「まあ、そうとも言えるわね」
イェイラの肯定にヘイロンはやる気になった。
両手を空に掲げ、薄暗い森の中で吠える。
「よし! ここにしよう! そうと決まれば早速探検だ!」
「おばけいるかな?」
「そんなモンよりも、もっと怖い奴が居るかもしれないぜ? 食われないようにしろよ?」
ニアよりもはしゃいでいるヘイロンに、イェイラは大きく嘆息する。
時折、子供より子供っぽいことをする男、というのが彼女から見たヘイロンの評価である。
「何があるか分からないんだから、気をつけなさい!」
「はいはい、わーかってるよ」
適当に返事をするとヘイロンはニアを連れて魔王城へと入っていった。
魔王が討たれたと言っても、もしかしたら残党が残っているかもしれない。そういった懸念を抱いていたイェイラは一抹の不安を覚える。
ヘイロンが居るから危険はないだろうが……この魔王城の景観を眺めれば不安も募るというものだ。
「何もないと良いけど……ハイド」
「ナァニ?」
「周囲の警戒をお願い。何かあったら知らせてね」
「ウゥ、ワかっタァ」
イェイラの影から呼び出したハイドは、彼女の命令通り警戒に当たる。
ヘイロンの後を追って、イェイラが魔王城への門扉を潜ろうとしたとき、ハイドがそれを止めた。
「イェイラ」
「ん? どうしたの?」
「イヤな、ニオいスル」
ハイドは何かを感じ取ったのか、足を止めた。
彼は門扉よりも奥、城の中を見つめて何かを警戒している。
「何か居るってこと?」
「ウゥ……」
唸り声をあげてハイドはイェイラの身体に擦り寄ってくる。
それを撫でて、息を飲むと彼女はゆっくりと門扉を潜る。
ハイドは敵意に敏感だ。殺意を向けられているのなら、即座に反応する。
けれどハイドは、気配の正体は分からないみたいだ。ということは、敵ではない可能性もある。
「もしかして、先に誰かが住んでいるのかしら?」
ボロボロの魔王城を見上げて、イェイラは疑問を口に出す。
この景観である。あまり期待は出来なさそうだ。けれど仮に住人が居るとしたら……確実に揉め事が起きる。
「あの二人、変なことに巻き込まれてないでしょうね」
不安を吐き出してイェイラは、ハイドと共に魔王城へ踏み込んだ。
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――その頃。
我先にと魔王城へと立ち入ったヘイロンは、すぐに違和感の正体に気が付いた。
獣臭さが鼻を突く。何か動物でも紛れ込んでいるのか。
そう思い、周囲を探ってみるとヘイロンはあるものに気が付いた。
「ニア、当たってたぜ」
「なに?」
「お化けじゃないが……亡霊がいやがった」
ニヤリとヘイロンは口元を緩める。
彼の台詞に、ニアは前を見据えた。
城の入り口を潜ると、すぐにエントランスが姿を現す。
それの奥には広い階段が備えられており、そこを登りきると大きな扉がそびえている。
城の中で一番物々しい場所。きっと玉座の間であろうそこは、大扉が開かれており異様な雰囲気を放っている。
ニアはそれに怖気づくが、ヘイロンは構わず進む。
そして大扉の前に着くと、その奥――大きな玉座の前に何かが居るのが見えた。