35.聖女、奮闘する
元仲間サイド
――カイグラード王国、某所。
その日、ヘイロンの元仲間である聖女は大忙しだった。
なんせあの剣聖、ジークバルトが大火傷を負って帰ってきたのだから。
「このレベルの傷は、私であっても綺麗に治すことはできませんよ」
「……っ、構わん」
とても機嫌の悪そうな剣聖の様子に聖女はビクリと肩を揺らす。
元来彼女は争いごとを好まない性質だ。故に後方支援職の治療師――その最高峰である聖女という肩書を持っている。
「貴方がそんな傷を負うとは、それだけの強敵が居たということですか?」
魔法書のページを捲りながら賢者が問う。
それにジークバルトは唸りながら、重々しく口を開いた。
「私がこの傷を負ったのは、亜人どものせいではない。あの男……っ、勇者の妨害があったからだ」
「……勇者?」
「あの方がいらしたのですか!?」
三人の脳裏に思い浮かぶ男の顔は、きっと同じものだろう。
怒りを滲ませる剣聖。
憂慮に顔色を曇らせる賢者。
不安そうな表情をする聖女。
皆、一様に勇者ヘイロンに対して思うところはあるらしい。
「ですが、どうして彼はあそこに? 確か、貴方は魔王の血族を根絶やしにするために辺境まで行っていたはず」
「ああ、その通りだ。私もなぜあの男があの場所にいたのか。それがわからん」
険しい顔をして、剣聖は憂慮を語る。
「おまけに魔王の縁者を一人取り逃がした。まだ小さな幼女だ。おそらく……勇者はそれと何らかの関係がある」
「……どういうことですか? まさかその子を保護している、とか?」
「その可能性もあり得るだろう。何が目的かは知らんがな」
「……ふむ」
ジークバルトの話を聞いて、賢者は考え込む。
彼の思考の波を他の二人は読むことが出来ない。どれだけ先を見据えているのか。定かではないが、賢者の予見はいつも当たるのだ。
「逃げた縁者、出来れば始末した方が良いのでしょうが……あそこは未開の地。闇雲に探すには苦労するでしょう」
「おそらくあれは脅威にならない。亜人としては未成熟。魔王に成れる器とは思えん。それよりも……目下の脅威はあの勇者だ」
断言する剣聖の言葉に、聖女は首を傾げた。
「彼が脅威、ですか?」
「ああ。あの場で何をしていたのかは分からんが……仮に亜人側につかれたならこの上なく厄介な存在となろう」
「あの人、実力だけを見るなら飛び抜けていましたからねぇ」
賢者はかつての勇者、ヘイロンを思い出して笑みを浮かべる。
彼は本当に努力を惜しまない人間だった。すでに高みにいるというのに、それ以上を欲するのだ。
よく魔法について教示していたのを思い出す。賢者にとって、今では遠い昔の思い出だ。
「そうだ。試作品のアレは使ってみました?」
「ああ、効果はあった。あの男を退けられたのも、あの魔法阻害のおかげだ」
「そうですか。なら効果は絶大ですね。量産することにしますか」
ガラスの球体――魔法阻害アイテムを作ったのは、何を隠そうこの賢者である。
ヘイロンに隠していた奥の手、魔法阻害。それは賢者のみが扱える高等魔法。それに制限を設けて誰でも使える道具に落とし込んだ。
魔法に対する理解と造詣がなければ出来ない神業である。
「しかし、これからのこと。どうしましょう」
「そうですねえ。脅威が勇者である以上、こちらから探し出して始末するにしても、リスクが大きすぎる。彼一人では荷が重いでしょう」
「……っ、荷が重いだと!?」
「わわっ、怒らないでください~」
一触即発の空気に聖女は慌てる。
頭を振り絞って、彼女はどうすればいいか考える。そして思いついた。
「そうだっ! 彼に交渉してみるというのはどうでしょう?」
「……交渉?」
「はいっ! いずれ復活するであろう魔王に対して、こちらに助力するなら過去の失態は不問にするというものです!」
聖女の意見を聞いて二人は顔を見合わせた。
少しのあいだ沈黙したのち――
「花が咲いてますねぇ」
「……」
「え? え!? なんですか?」
微かに笑った賢者と、無言の剣聖の態度に聖女は慌てふためく。
そんな彼女を宥めるように賢者は頷いて見せた。
「良いですよ。それで行きましょう。ですが交渉は貴女が行ってください。聖女である貴女なら、彼もそうそう手荒な真似はしないでしょう」
「ええ、任せてください!」
「居場所はこちらで探らせます。それまで、どうやって彼を説得するか。考えておいてくださいね」
賢者の激励に、聖女は張り切って頷くのだった。