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34.元勇者、落胆する

 

 魔王城へと向かう道すがら。

 あと一日という距離に迫ったところで、一行は野営をすることにした。

 池の傍に野営地を作って、飯の支度をする。


 焚火を囲みながら、皆で食事をする。

 ニアの特等席はいつの間にか、ヘイロンの胡坐をかいた膝の上になっていた。野営時、寝る時もこの場所だ。

 イェイラからの視線がたまに痛い時もあるが、ニアが嬉しそうならヘイロンも悪い気はしない。


 飯を食い終わってまどろむ時間。

 ヘイロンは悩みながらもあることをニアに尋ねた。


「ニア、もう大丈夫なのか?」

「なに?」

「あー、……兄貴のこととか。色々だよ」


 ヘイロンの問いに、ニアの表情が固まる。

 それをすぐに察知したのは対面していたイェイラだった。


「ちょっと、思い出させるようなこと言わないで」

「あ、ああ……そうか。ごめん」

「ニア、だいじょうぶだよ」


 イェイラの心配をよそにニアは気丈に振舞う。

 そして、ぽつぽつと話してくれた。


「おにい、ニアのこと心配してたって、いってた。たぶん、本当のこと」


 ――でも、とニアは悲しそうな顔をする。


「ニアはできそこないだから。まりょくがないんだって」

「……それ、本当?」

「うん。みんないってた。だから、すてられた」


 ヘイロンはその話を聞いて事の重大さが分からなかった。

 険しい顔をしているイェイラを見つめて疑問を投げかける。


「高々魔力がないだけだろ? それだけで切り捨てるのはやりすぎじゃないか?」

「いいえ、そうでもないわ。亜人にとって魔力がないっていうのは死活問題なのよ」


 魔力の枯渇、それは身体の成熟にも影響を与えるのだという。

 亜人はそれが特に顕著で、だからニアが未成熟なのもそれが関係しているのだ、とイェイラは言う。


「それに、彼女の一族なら特に問題だったと思う。だってあそこは……」

「ニアの大じじさま、まおうなんだって」


 ニアは隠しもせずに、そう言った。

 小さな手がヘイロンの大きな手を握りしめて離さない。それを握り返して、ヘイロンは何でもない風を装う。


「ふうん、なるほどなあ」

「あまり驚かないのね」

「いや、これでも驚いてるよ。そういうお前はどうなんだ?」

「私は元から知っていたから」


 険しい表情で言う彼女の言葉尻をヘイロンはなんとなく分かった。幼少期からあんな体験をしていたなら、思うところだってあるだろう。


「イェイラ、大じじさまのこと、きらい?」

「え?」

「だって、はじめて会ったとき。さけんでた」

「ああ、あれね」

「何の話だ?」

「……ガルデオニアス。それが魔王の名よ」

「へえ、知らなかった」


 魔王について、ヘイロンはほとんど知らない。

 知っていることと言えば亜人たちの王で、千年前から君臨しているくらい。おそらく元仲間の彼らも同じ認識なはずだ。


「私が魔王を嫌っていたのは、そうね……彼が私の人生を縛っていたから。ニアのせいじゃないわ。あなたは何も悪くない」

「でも……にくんでるひと、いっぱいいる」


 しょんぼりと項垂れて、ニアは呟く。

 彼女の話を聞いてヘイロンは少し驚いた。


「魔王って嫌われてたのか?」

「信奉者の方が少ないくらいよ」

「へえ、意外だな。もっと敬われてるもんだと思ってた」


 率直な感想に、イェイラはやるせなく苦笑を浮かべた。


「例えば、あなたの祖国の王が不老不死で千年間国を統治していたとする。けれどその王は、ほとんどの時間眠ってばかり。王としては何もしない、名前だけの存在だった。その間、国は衰退して最後には滅びてしまいましたとさ。どう思う?」

「クソじゃんか」

「つまり、そういうことよ。しかもその王の縁者が顔を利かせているの。周りはうんざりしてたでしょうね」

「亜人も色々大変なんだなあ」


 どうにもヘイロンが想像するよりも亜人たちの事情は複雑なようだ。

 それに加えて人間たちからの襲撃。内も外もいざこざが絶えない。それが魔王が封印されてから千年間続いてきたというのだから、気の毒でしかない。


「でもね。勇者が魔王を殺してくれた。そのおかげで、これから色々なことが起こると思う」

「なんだ? 物騒な物言いだな」

「魔王が封印されていた時は、亜人側に勝機はなかった。だから方々の一族は力を隠して機を窺ってた。私みたいに強力な戦士を創ることだってやっているかもしれない」


 冷めた目をしてイェイラは語る。

 けれど真剣なその表情は、これが単なる世迷い事ではないと示していた。


「魔王がいなくなったってことは、それらが動き出すってこと。最悪、人間と亜人の大きな戦争も起こるかもしれないわね」

「ふうん、戦争ねぇ……」

「人間たちは魔王を封印している間は大丈夫だと思っていたでしょう? ろくに警戒もしていなかった。魔王が死んで、今更慌てて何かやったとしても遅いわよ」


 吐き捨てるようにイェイラは言う。

 彼女は魔王を嫌っているが、特段人間を好いているわけではない。亜人であるから人間を憎む気持ちだってあるのだろう。


「えーっと、てことはだな。俺の静かに平穏に暮らしたいって夢はどうなる?」

「残念だけど、叶わないかもしれないわね」

「……っ、うっ!」

「ハイロ、だいじょうぶ?」

「だっ、大丈夫じゃねえ……俺はいまとても悲しい」


 裏切られてそこから逃げて、これからだって時に面倒な問題が降りかかってくる。

 ヘイロンはその事実に思わず涙した。


 イェイラの今の話は考えすぎで割り切れるものではない。きっと可能性は高いはずだ。

 彼女の故郷であるヴェルン村の村長は、魔王の信奉者であったが……アレの方がまだマシだ。


 きっとこれから先、魔王の仇討などではなく人間を恨み憎悪を滾らせた亜人たちからの報復は激しくなるだろう。

 彼らの標的になるのは、魔王を殺したヘイロンはもちろん、魔王の縁者であるニアだって狙われるかもしれない。

 そんな状況では静かに暮らしたい、なんていう願いなど叶うはずもない。


「あの場所、今は城とは呼べない所になっているだろうから、人は寄り付かないはずよ。暮らせるかどうかは分からないけどね」

「行ってみるまでは何とも言えないってか……はあ」


 落ち込みまくっているヘイロンを見上げて、ニアはにっこりと笑顔を向ける。


「ニアはハイロといっしょなら、どこでもいい」

「そうは言ってもアレだぞ? 俺もニアも悪目立ちするからなぁ。でてけっ! って言われちまうかも」

「えぇ、……どうしよう」

「だからそれを今考えてるんだよ。どうすっかなあ」


 ニアはうんうん悩んでいるヘイロンを見て、それから焚火越しにイェイラに目を向ける。


「イェイラは?」

「私……わたしはどこでもいいわ。静かな場所ならどこでも。……でも、どうせなら知り合いがいた方が気は楽ね。私にはハイドがいるけど、それでも一人は寂しいもの」


 イェイラの返答にニアは嬉しそうに笑った。

 その顔は期待に満ちている。決して大人数ではないが、これまで彼女の傍に誰かが居てくれることは殆どなかった。

 だから、こうして一緒に居れることもニアにとってはとても嬉しい事なのだろう。


「あと一日で魔王城に着くんだ。明日も張り切っていこうぜ」

「ええ、そうね」

「ニア、ねむい」

「そこで寝るのは良いけど暴れるなよ? おかげで俺の目覚めはいつも最悪なんだ」

「……? なにもしないよ?」

「あー、うん。そうだなあ。そういうことにしとく」


 きょとんとしているニアに、ヘイロンはそれ以上何も言わず口を噤んだ。

 それを見てイェイラは可笑しそうに笑っている。


 ――埋火が夜の闇に映えて、静かに終わっていく。




 数時間後、ニアの寝相の悪さにヘイロンが叩き起こされたのは言うまでもない。


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