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33.影者、前を向く

誤字修正しました。

「――ぐえっ」


 朝日が昇るころ。

 ヘイロンは顔面に鈍い痛みを感じて目を覚ました。

 天井を見つめて、それから横を見るとニアの寝相の悪さ……もとい顔面へのかかと落としの動かぬ証拠を発見する。


 鼻頭に食らったそれに顔を顰めながら、ひりつくそこを撫でてヘイロンはベッドから起き上がった。


「おはよう」


 窓際には外の景色に目を遊ばせるイェイラがいた。


「ふあぁ、おはよう。今起きたのか?」

「ええ、少し前に」


 軽い会話を交わして、イェイラは窓の外を見る。

 その表情は昨日より幾分かマシに見えた。


「あっ、そういえば……これ、お前にやるよ」

「え、これって……」


 ヘイロンが懐から取り出したものは、昨日イェイラが質に出した首飾りだった。

 それを見て彼女は瞠目して、それからヘイロンの顔を見る。


「どうしたのよ、これ」

「実は昨日、村長と交渉してきてな。今回のことは不問にするとさ」

「え!? でも、そんな」

「んで、ソレも今まで迷惑かけたお詫びだとよ。良かったじゃん」


 首飾りを両手で包んでイェイラは困惑していた。

 確かに昨日の今日でこんな掌返しをされても信じられないのも分かる。


「もしかして、本当に要らなかった?」

「……いいえ、ありがとう」


 柔らかく笑んでイェイラは首飾りを身に着ける。

 彼女の心境はヘイロンには理解できないが……あの様子を見るに嫌悪はしていないらしい。それでも抱える想いは複雑だ。

 しばらく首飾りに目線を落として、それからニアを見た。


「起こしてあげなさいよ」

「俺に言ってんの?」

「あなた以外に誰がいるのよ」


 溜息交じりに告げられて、ヘイロンは苦笑する。

 それから気持ち良さそうにまどろんでいるニアを見て、さて……どうやって起こそうか。


「おらっ! 起きやがれ!」

「――っ、んみゃいぃ!?」


 完全に無防備な状態から、ニアの身体を持ち上げてそれを上に放り投げた。

 少しの間空中を浮遊して、ヘイロンの腕の中に落ちてくる。それを上手にキャッチすると、ニアは目を白黒させて何が起こったか分からないという顔をしていた。


「な、なにするの!?」

「お前がグースカいつまでも寝てるからだ! 俺の空中殺法を食らえ!」

「――っ、んみゃあぁ!!」


 可愛らしい悲鳴が部屋中に響く。

 それを見て愉快そうに笑っているヘイロンは、ニアにとって悪魔にでも見えたことだろう。


「そこまでやれとは言ってないのよ!」

「あでっ!」


 流石に憐れに思ったのか。ヘイロンの頭を叩いてイェイラが止めに入る。

 ようやく解放されたニアはふくれっ面をして、ヘイロンから離れるとイェイラに抱き着いた。


「おに! あくま!!」

「ふふん、俺が鬼か悪魔だったらなあ。ニア、お前俺に頭から食われてるぞ?」

「むうぅ!」

「はあ……からかうのはそれくらいにしてよ」


 朝から無駄な体力を使った、とイェイラは嘆息する。

 それでもこの光景は嫌なものじゃない。微笑んだ彼女を見て、ヘイロンは内心で安堵する。


「ああ、そうだった。ここから魔王城まであとどれくらいだ?」

「最初に寄った村から、西に少しだから……あと二日くらいだと思うわ」

「よし、それじゃああと少しで着くな!」


 それを聞いて、ヘイロンはニッコニコの笑顔を見せる。


「だったら早く出発しよう」

「ニア、まだねむいよぅ」

「しかたねえなあ。おぶってやるから。ほら」


 まだ朝日が昇って数時間も経っていない。子供にはまだ眠い時間である。

 けれどヘイロンはもう出発する気だ。イェイラはそれに異論を唱えなかった。

 あんなことがあった後だ。ヘイロンが交渉してくれたとは言っていたが、早く村を去りたいのはイェイラも一緒である。


 荷物を持って、三人は部屋を出た。

 宿のロビーに行くが……誰の姿もない。


「宿の主人がいないわね」

「たぶんどこかに出てるんだろ。金だけ置いていこう」

「え、ええ……そうね」


 財布から千二百ファイを取り出すと、カウンターに置いて外に出る。

 まだ薄暗い外はとても静かだった。


 まだ村人が起きてくる前である。静かなのは当たり前なのだが……静かすぎる気がする。

 イェイラがそのことを気にしながらヘイロンの後を追って、村の出口まで行くとどういうわけか。門衛さえもいなかった。


「……あれ? おかしいわね」

「うん? どうした?」

「門衛がいないのよ。こんな時間に珍しい……」

「交代の時間かもしれないぜ? 出ていく俺達には関係ないさ」

「それもそうね」


 イェイラは一度、振り返って村を見る。

 きっともう二度とここには戻ってこないだろう。この場所には恨み辛みは沢山ある。けれど……いつまでもそれに囚われてしまっては前を向けない。

 差し出してもらった手を取って、彼らと共に行くと決めたのだから。


「イェイラ!」

「おいてくぞ」


 二人の呼び声に、イェイラは振り返って踵を返す。

 その顔は実に晴れ晴れとしたものだった。



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