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32.化け物、月夜に舞う

 

 話し疲れたイェイラが眠ったころ。

 ヘイロンは静かに宿の外へと出て行った。


 月夜に照らされながら、村を一望できる場所にたどり着く。


「静かでいい夜だなぁ」


 眼下に見える村はそれほど広くはない。

 外壁の出入り口に門衛が二人。家屋が数件に宿、店が数件。それに村長宅に治療院。

 これなら夜明け前には終えられそうだ。


「久しぶりにやるから、腕鈍ってないといいけど」


 ぐっと伸びをして、ヘイロンは外套を翻すと夜の闇夜に消えて行った。




 ===




 ――村の入り口。

 二人の男が静かな夜。門衛に着いていた。


「やはりあれは始末するべきではないか?」

「……エイシャの白い悪魔のことか?」

「ああ、村長はああ言ったが……危険因子であることは変わりないだろう。それに、アレに我々は恨まれている。いつ牙を剥くかわからん」

「それは――っ、だれだ!?」


 不意に感じた気配に男は槍先を虚空に向ける。

 その切っ先の先に浮かび上がったのは、月夜に照らされた一人の男だ。


 門衛は彼の顔に見覚えがあった。

 夕刻に出会った、あの人間の男である。


「貴様、何の用だ!?」

「あまりでかい声で叫ぶなよ。皆が起きちまうだろ」


 向けられた槍などものともせず、ヘイロンは門衛との距離を詰めていく。

 やがてその切っ先が、胸を掠めるところまで近づいた。


「お、おまえ……何か妙なことを――ッ!?」

「叫ぶな。黙ってろ」


 突然、門衛たちの声がかき消えた。

 彼らは叫んでいるはずなのに、それが声となって聞こえない。


 ヘイロンが〈沈黙サイレント〉の魔法を使ったからだ。これの効果は一定時間、どんな音でも消してしまう。

 叫び声だろうが、爆発音だろうが。なんでもだ。


「――ッ!! ――――っ、」

「んー、何を言ってるかわからん。ま、別にいいか」


 声を消されたことに驚いていた門衛は、それでもヘイロンに対して警戒は怠らなかった。

 明らかな不審人物。それに対して、すぐに槍先を構えると一閃。

 しかし安直な軌道は簡単に躱されて、槍の柄を掴まれると引っこ抜かれてしまった。


「そうだなあ。筋書きとしてはこうだ」


 くるくると槍を回して、ヘイロンはその柄で地面を叩く。


「亜人の小村がある日を境に村人全員、音もなく姿を消してしまいました。あー、うん。そうだなあ、たぶんこれは魔物の仕業だろうな。かわいそうに」


 笑顔で述べて、ヘイロンは槍を振りかぶって投擲した。

 それは門衛の一人の腹部を貫き、男は倒れる。

 それと同時に、もう一人の門衛に肉薄するとそいつの頭を鷲掴んだ。


 ――〈灰塵消炎〉


「――――ッ!!!」


 頭を掴んだ手のひらから炎が溢れてくる。

 それはあっという間に男の頭からつま先まで延焼していき、燃やし尽くして灰にしてしまった。


 倒れた男も同様に灰にする。

 真の無音になった周囲を見渡して、ヘイロンは村に入っていく。



 ヘイロンは音もなく村人を消していった。

 証拠は一つも残さない殺し、暗殺。ヘイロンがこれをやるのは何も初めてのことではない。

 今までにも何度かやったことがある。


 それはヘイロンが勇者という肩書を得る前の話だ。

 彼は自他共に認める化け物だった。体術、魔法、武芸。すべてにおいて優れた化け物。それは彼に先天的な才能があったから、という理由だけではない。


 元から抜きん出た才能を持っていたヘイロンはそれだけで満足はしなかった。

 自分を化け物だと呼ぶのなら……だったら、そうなってやろうと心に決めていたからだ。


 だからヘイロンは死に物狂いで努力した。

 片っ端から魔法書を読み漁り、強者との戦いに明け暮れ、命の危険が隣り合わせの死地に赴く。

 彼は勇者などという肩書が一番似合わない男なのだ。



 ――ヘイロンが最後にたどり着いたのは、村長宅。


 鍵の掛かっていたドアを力づくで開けて中に入ると、村長はまだ起きていた。

 突然の侵入者に彼は驚き目を見開く。


「なっ、なんだ貴様はっ!」

「さあ、なんだと思う?」

「人間……っ、貴様、あの悪魔の連れの!」

「せいかーい、よくわかったな」


 ドンッ――とテーブルに乗り上げると、ヘイロンは笑顔で告げる。


「それじゃあ俺がどうしてここに居るのかも、わかるだろ?」

「ほ、報復のつもりか?」

「あー、うん。まあ、そんなところ」

「な、なぜ人間の貴様が亜人の味方をする!?」

「イェイラは俺の恩人だからだよ」

「あ、あの化け物がか!? 笑わせる!」

「化け物?」

「そ、そうだ! あんなもの、化け物以外に何と呼ぶ!? 貴様もアレと共に居ればいずれ殺されて」

「――化け物って言うのは、俺みたいなことの奴を言うんだぜ」


 老人の片手を軽く捻って折ると、ヘイロンは笑みを深めた。

 その表情を見て、村長の顔は引き攣る。


「お、おっ、おまえはな、なんだ? なんなのだ!?」

「……勇者」

「っ、は?」

「勇者ヘイロン。名前だけなら聞いたこと、あるだろ?」

「ゆ、勇者だと!? な、ならば貴様があのお方を、魔王様を!」


 村長は怒りを滲ませて睨みつける。

 それを一心に受けてなお、ヘイロンは冷ややかな目で彼を見た。


「貴様だけは生かしてはおけん! ここで刺し違えてでも――ッ!」

「……くだらない」


 懐から出したナイフを、老人は掲げて振り下ろす。それをヘイロンは手のひらに突き刺して止めた。

 テーブルの上に鮮血が散って、赤く汚していく。


「俺は静かに平穏に暮らしたいんだ」

「な、はっ?」

「そんな俺の……俺たちの道行きを邪魔するんなら、今ここで死ね」


 ナイフごと手を掴みこんで、捻り潰す。骨の砕ける感触と断末魔の叫びは――しかし、外に漏れることはなかった。

 片手で老人の頭を掴むと、ヘイロンはそれを一瞬で灰にする。

 手に刺さったナイフを抜いて放り投げると、魔法で傷を治し手に付着した血を拭きとった。

 そして、その場を後にする。


 再び静寂に包まれた村を月夜に照らされながら、ヘイロンは宿に戻っていった。


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