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29.元勇者、不信を抱く

 

 質に寄って首飾りを換金したイェイラは、その足で食事処に入っていった。

 ヘイロンもその後を着いて行ったが、あの質屋の店主。どうしてかイェイラの顔をジロジロと眺めていた。


 治療院の治療師もそうだが……ここの村人はたまにおかしな態度を取る。

 不信感を抱きながら、その答えが得られないままヘイロンはニアの隣の席に腰を下ろした。


「さて、ニアは何を食べたい? なんでも頼んでいいわよ」

「ほんとう!」

「もちろん。嫌なことがあった時はしたいことをするのが一番なんだから」

「ええぇ、どれにしようかなぁ」


 ウキウキでメニュー表とにらめっこをしているニアの隣。ヘイロンは意を決してイェイラに尋ねた。


「さっきの、本当にいいのか?」

「くどいわよ。それにもう換金しちゃったんだから、何を言ったところで無意味。ほら、早く食べたいもの選びなさいよ」


 メニュー表を突き付けて、イェイラは不機嫌な顔をする。

 それを受け取って、ヘイロンは食事を頼んだ。

 どうやらイェイラは頑ななようだ。誰が何を言ってもそれで良いのだろう。


「……ハイロ、たべないの?」

「え? ああ、食べるよ。腹減ってたんだ」

「このごはん、おいしいよ!」

「ふふっ、良かったわね」


 ニアを見つめて、イェイラは笑顔だ。

 それを見て、ヘイロンは飯を掻き込む。本人の問題には干渉しないと決めたばかりなのだ。いつまでも拘っていられない。


「みんなとたべるごはん、おいしいね」


 噛みしめるようにニアは言う。

 彼女の境遇はヘイロンも、おそらくイェイラも知るところだろう。そんなニアが嬉しそうに言った言葉に、何と答えるべきか。

 逡巡していると、ニアはぽつりと声を落として呟いた。


「ニア、いつもひとりだったから」


 寂しそうな声に、ヘイロンはニアの頭を優しくなでる。

 そうすると驚いたニアは見上げて、じっとヘイロンを見つめた。


「ニアは俺と一緒に魔王城に行くんだろ?」

「う、うん」

「イェイラもだよな?」

「ええ、そうなっているわね」

「じゃあこれからも飯はみんなで食えるってことだ!」


 笑って言うと、釣られてニアも笑顔になった。


「あ、でも上等なものは期待するなよ? あのボロ城じゃあ、ろくなモンないだろうし。そもそも食料の備蓄とかあんのか? あそこ」

「あったとしても千年物でしょうね」

「ははっ、酒なら有難いなぁ」

「おさけっておいしいの?」

「子供には早いから飲ませられないぜ? 大人になってからじゃないと」

「あなた、酔っぱらって暴れないでしょうね? 私じゃ止められないからね」


 楽しい会話に楽しい食事。

 満足して店を出た所で、ヘイロンは気づく。

 夕刻も差し掛かった時分、誰かがこちらに近づいてきた。


「――っ、やはりお前は」

「……なんだ?」


 二人組の男。彼らは門衛なのか。槍を携えて、こちらの様子を伺っている。

 しかしどういうわけか。その顔色は酷く悪い。何かに怯えているようにも見える。


「――ハイロ」

「うん? なんだ?」


 突然、イェイラがヘイロンを呼び止めた。

 彼女は無言で首を振って、腕を引いてくる。


「関わらなくてもいい。さっさと行きましょう」

「いや、でも何か用があって」

「あなたにじゃないから、安心しなさい」

「……え?」


 イェイラの発言にヘイロンは瞠目する。

 てっきり人間であるから呼び止められたと思ったが、イェイラの話ではそれはないというのだ。

 だったら何の用なのか……気になっていると、片方の男が槍の切っ先をこちらに向けた。


「お、お前は……エイシャの白い悪魔、だな?」


 男はイェイラを指してそう言った。

 その一言に、眉を潜めたイェイラは男二人を睨みつける。


「その名で呼ばないで。虫唾が走る」

「そ、村長が呼んでいる。無理やりにでも連行させてもらうぞ」


 男の発言にイェイラは大きく息を吐いた。

 その表情は諦めが入っている。しかし少しだけ悲しげにも見えた。


「わかったわ。従うからそれを下ろして」


 彼女の態度に男たちは槍先を下げる。

 けれど警戒は解いていない。彼らはよっぽどイェイラを恐怖しているのだ。


「随分と物々しいな」

「ハイロはニアと一緒に宿に戻ってなさい」

「は?」

「これは、私の……私一人の問題だから。あなたたちは関係ない」


 決意の固いイェイラに、ヘイロンは少し間を置いて尋ねる。


「それで良いんだな?」

「ええ」

「必ず戻ってくるって約束できるか?」

「ふっ、別に死にに行くんじゃないんだから。私もベッドで眠りたいもの。言われなくても戻るわよ」

「分かった」


 イェイラの意思を確認して、ヘイロンは彼女を送り出した。

 遠ざかっていく後姿を見送って、ニアの手を引くと宿へと戻る。


 ――その道中。


「ニア、エイシャってなんだ?」


 あの男たちは、イェイラのことを『エイシャの白い悪魔』と呼んでいた。

 ヘイロンはその名を知らない。


「ニアもわかんない。外のこと、あまりしらないから」

「うん、そっか。そうだな」


 イェイラと別れて、ニアは不安げな表情をしている。

 それを元気づけようと、ヘイロンは背におぶって夕焼けの道を行く。


 何が起きているのか。起きようとしているのか。

 今のヘイロンには知る由もない。


 夕焼けが影を伸ばしていく。

 正体不明の暗闇が、影の中から顔を出そうとしていた。


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