122.竜人、身売りされる
魔王城へと向かう途中、ヘイロンはルプトの元へと顔を出した。
事の顛末をかいつまんで報告する。
「その人間には興味はない。好きにすると良い」
「あ、そうなの? なら遠慮なく」
白金の双眸は興味を無くしたように逸れていった。それと入れ替わりで、ルプトはあることをヘイロンへと交渉する。
「貴様にくれてやると言ったが……条件がある」
「なんだ?」
「我らに住処を提供しろ。それと、彼を私の庇護下に置くこと。それが条件だ」
地面に寝そべっているミディオラを指して、ルプトはヘイロンを見遣る。
彼の話を聞いて、ヘイロンは瞠目した。
「あ? あのトカゲが欲しいって?」
「そうだ」
にべもなく頷いたルプトに、ヘイロンはますます混乱した。
こんな子供ドラゴンのどこがいいんだ? そりゃあ、能力は一級だし使い勝手は良いと評価するけれど。
あの雷火の大狼がそこまでして欲する奴とは思えない。
「トカゲっていうなぁ!」
――いつも、あんなふうにうるさいし。
ルプトの考えが読めないでいると、抱いていたニアがヘイロンの腕を引いた。
「トカゲさん、いなくなっちゃう?」
「んー、だってこいつが欲しいって言うし……別にいなくなってもそんな困るってわけでも」
「えええ、ニアはいやだよ! せっかく友達になったのに!」
子供らしい我儘を言うニアに、ヘイロンはどうしようかと思案する。
前者の条件は問題ない。魔王城の周辺は土地が空いてるし、雷火たちを住まわせるのに不都合はないのだ。
ミディオラの件は……ローゼン辺りが悲しむような気がする。
「うーん、別に構わないけど……そいつは一応大事な労働力だしな」
「これから住処を近くする。離れ離れということはない。ただ彼を私に預けてほしいというだけだ」
「じゃあ……またあそべる!?」
「そうだ」
ニアはそれを聞いて破顔した。
しかし、嬉しそうなニアとは反対にミディオラは不満そうである。
「オイラを置いて勝手にきめるな!」
「お前、話聞いててもわかんねえだろ」
ヘイロンの素っ気ない態度にルプトは苦笑を浮かべて、地面にいるミディオラへと顔を近づけた。
「私の傍に居れば不当な待遇は受けさせない」
「嫌なこととかしない?」
「ははは、それは君の言動にもよるな」
なぜかミディオラに甘いルプトのことだ。なんでも言うことを聞くかと思っていたが、そうでもないらしい。
意外さにヘイロンが瞠目していると、彼はおかしなことを告げた。
「……ミディオラ。そろそろ目を覚ます時間だ」
「オイラ、ちゃんと起きてるよ?」
「はははっ、だがまだ寝ぼけているな」
――そういうことではないよ。
意味深な言葉は、それきり有耶無耶にされてしまった。
直後にルプトがヘイロンへと是非を問うたからだ。
「それで、どうする?」
「わかった。その条件でいいよ。忙しいからまた後でな」
「承知した」
ルプトが何を思ってこんな条件を突き付けたのか。ヘイロンには知れないが、きっと意味のあることなのだろう。
今のところ雷火の大狼はこちらに敵意を抱いていない。今回の首謀は捕まえたし、彼はそれに興味はないと言ったのだ。
ならば今のところ関係もすぐには崩れないだろう。ひとまず、平穏は取り戻した。
「皆のところに戻ったら少し休もう。俺は疲れたよ」
「ハイロ、あそんでくれないの?」
「ニア……お前、なんでそんなに元気なんだ?」
なぜか人一倍元気なニアに呆れつつ、ヘイロンは魔王城へと向かう。
===
魔王城の入り口に辿り着くと、皆が帰りを待っていてくれていた。
門前にいたのは、ローゼンとグウィン。
ローゼンはヘイロンの姿を視認した瞬間、全速力で駆けてきていた。
「ヘイロン――ッ!」
「ぐえっ」
助走をつけた一撃――もとい抱き着きにヘイロンはくぐもった声を上げる。思わず腕に抱いていたニアを放り出したほどだ。そうしなければあまりの力に潰されていただろう。
「やめ、いてぇ! 拷問か何かか!?」
「っ、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
「お前なぁ、俺を誰だと思ってる。あんな犬っころにやられるわけないだろ?」
でも、とヘイロンは続ける。
「お前が作ってくれた兜、助かったよ」
「……っ、そそ、それほどでもない」
まっすぐに目を見つめて言うとローゼンは先ほどと打って変わって光の速さで離れていった。顔を赤くして、明らかに挙動不審だ。
ただ感謝を述べただけなのに。
「ルプト様はどうなった?」
二人の様子を眺めていたグウィンが遠慮がちに尋ねる。おそらく、彼にとってルプトは尊敬の対象なのだろう。敵であったが、その気持ちは変わらないのだ。
「生きてるぜ。今回は引き分けだ。不本意だけどな」
「はぁ、そうか」
そう言って嘆息するグウィンは複雑な表情をして頷いた。彼の中でも葛藤があるのだ。
「それで、これからは少し変わってくる」
「変わる、とは?」
「敵の敵は味方っていうだろ? まあ、後で説明するよ。今は早く休ませてくれ」
適当に説明して、ヘイロンはニアの手を取ると魔王城の中へと入っていく。
エントランスに辿り着くまで、道中の景色を見るにそれなりの数の雷火兵に侵入されたみたいだ。
けれど先ほどの二人と話した感じ、みんな無事だということは知れた。この人数で防衛したのだ。これだけの被害で済んだのが奇跡みたいなもの。壊れた箇所は後で直せばいいし、結果的には何も不満はない。
「お城、ボロボロだね」
「そうだなあ。また直さなくちゃだな」
「ニアもお手伝いする!」
「うんうん、期待してるぜ」
なんて話していると、不意にニアがヘイロンの手を解いて駆けていった。
エントランスの入り口にいたイェイラの傍によると、心配そうな顔をする。
なぜかイェイラはうめき声を上げながら横になっていた。
ニアのベッド――もといムァサドの毛皮に埋もれてなんとも苦しそうである。
「お前、どうしたんだよ」
「うぇっ、いま話しかけないで……っ、きもちわるい」
「ええぇ……心配してるのに」
困惑するヘイロンに、近くに佇んでいたモルガナが声を掛ける。
「彼女も色々あったんだ。しばらくはこんな調子だから気にかけてやるといい」
「フェイ、なんかしたのか?」
「まあ、死にはしないから安心したまえ。存分、苦しむだろうけどね」
ヘイロンの顔を見て満足したのか。モルガナはそれだけ言い残すと去っていった。
相変わらずの師匠の態度に苦笑して、やれやれと首を回す。
「その様子では終わったようだな」
「ああ、万事解決だ」
「ふぅ……あの様子を見て儂も多少は肝を冷やした。それでも死なずに戻ってくるとは。流石、魔王様を下しただけのことはある」
「俺としてはかなり不満が残ってるんだが……まあ、皆生きてるならいいか」
皆の無事を確認してヘイロンは安堵の息を吐いた。
ムァサドに話を聞けばグリフも元気みたいだし、心配事はなくなったわけだ。
「よし、それじゃあ後は……」
肩に担いでいる、聖女パウラ。
こいつをどうするかだ。