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120.幼女、大空を舞う

 

 呻き声が聞こえてくる救護場の真ん中を堂々と歩きながらヘイロンは目当ての人物を探す。

 手を繋いで隣を歩いているニアはキョロキョロと忙しなく辺りを見回していた。こんな場面、子供には刺激が強いだろう。


 手を引かれるまま歩いていたニアは、やがてヘイロンの顔を見上げて少し眉を潜めた。


「ハイロ、へんなかおしてる」

「うん? あー、うん。そうだなあ」


 指摘されてやっぱり顔に出ていたかとヘイロンは苦笑した。


「会いたいけど会いたくない奴に会わないといけないんだ。あまり嬉しくないって分かるだろ?」

「うん」

「でもそいつ、悪い事してるからお仕置きしなきゃダメなんだ」

「わるいことはダメだよ」

「ニアは話がわかるいい子だなあ」


 笑って褒めると、ヘイロンはニアを肩車して敵陣の中を闊歩する。

 いくつか並んでいる簡易テントの中からは呻き声が微かに聞こえてくるが、誰かがそこから出てくることはない。だからこうして大胆な事をしていても誰にも咎められないのだが――


「それでは、安静にしていてくださいね」


 ちょうど真正面にあるテントから誰かが出てきた。

 その姿を視認したヘイロンは、相手がこちらに気付く前に手を挙げて近づいていく。


「よお、パウラ! 会いに来てやったぜ!」


 一声かけると、件の人物――聖女パウラはヘイロンの存在に気付いた。と思ったらみるみると顔色が青ざめていく。


「え、なっなんで!?」

「せっかく会いに来てやったのにそれはないだろ。ここまで来るの大変だったんだから、もっと労ってくれても――」


 ヘイロンの接近にパウラは一目散に踵を返した。


「あ、にげちゃった」

「あーあ。馬鹿なことしてらあ。俺から逃げられると思ってんのかねえ」


 これからどんな目に遭うか。察しての行動だ。こうしてヘイロンが会いに来る理由など一つしかないと彼女も分かっているのだろう。


「よっし! ニア、ちゃんと掴まってろよ!」

「うん!」


 走って逃げていくパウラ目掛けて、ヘイロンは駆けだした。狩人と化したヘイロンの動きに振り解かれないようにニアは彼の頭にしがみつく。


 動き出したヘイロンを見て、パウラは恐ろしさに唇を噛みしめた。王都での一件で彼が自分にどんな思いを抱いているのかなんて、流石の彼女でも身に染みて分かっていた。だからこそ大層焦っているのだ。

 あれに捕まったらタダじゃ済まない。何をされるか分かったもんじゃないのだ。


 だからパウラは必死だった。花畑と揶揄される脳内をフル回転させて打開策を探る。そうして必死に走りながら震える口を開けて声高に叫んだ。


「たっ――助けてくださいッ!」


 誰に助けを乞おうにもここは雷火の陣地。人間である聖女を助ける輩などいないと思われたが……それに呼応するかのように周囲に張ってあったテントから雷火たちが一斉に飛び出してきた。


「うおっ、マジかよ!」

「あうっ、なに?」


 予想はしていたことだが厄介なことになった。

 行く手を塞いだ雷火たちと睨み合いながらヘイロンは一瞬足を止める。彼の頭の上ではニアがこの状況に目を白黒させていた。

 さっきまで呻き声を上げて寝ていた雷火たちが、いきなり起き上がって襲い掛かってきたのだ。



 頭の上で混乱しているニアとは対照的に、ヘイロンは淡々とこの状況を見ていた。


 今の彼らは聖女の洗脳下にある。パウラの能力は自身を信奉している者にこそ強く効力を発揮するが、それ以外にも発動条件があるのだ。

 もう一つ、自身が傷を癒した相手にも作用する。だから今の雷火たちは聖女の傀儡となっている状態だ。


 彼らを正気に戻すには一発殴ってやればいい。怪我人に追い打ちをかけることになるが、悪いのはあの聖女である。恨まれる筋合いはない。


「つっても、この人数は少し面倒だなあ」


 虚ろな目をして掴みかかってくる雷火を避けて殴りつけながらヘイロンは愚痴を零す。こうしている間にもあの聖女はせっせと逃げているのだ。こんなところで油を売っている場合ではないのだが……ニアもいるし派手に暴れることは出来ない。


 どうしたもんかと考えていると、突然周囲に張ってあったテントが発火した。


「げっ!」


 ごうごうと燃える炎を間近に感じてヘイロンは大口を空けた。けれど一瞬でこの状況のヤバさに気付く。間抜け面をしている場合ではない!

 ヘイロンなら燃えても大丈夫だが一緒に居るニアは耐えられるわけがないのだ。


「あっつい! まぶしい!」

「ニア! そんな呑気なこと言ってる場合じゃねえぞ!」


 一人安全地帯にいるニアの襟首を掴むと、ヘイロンは早口で捲し立てた。いきなりのことに何をされるか理解していない幼女相手に、出来るだけわかりやすく説明する。


「このままだと燃えちまうから、空飛んで逃げろ!」

「えっ? えっ!?」

「三つ数えたら投げるからな! いいな!」

「ま、まって――」


 半ば強引に、ヘイロンはニアを力いっぱい打ち上げた。

 本人はとても焦っていたように思うが、彼女が能力で飛べることをヘイロンは知っている。なんせあれだけ特訓したのだ。


「ぬやああああああああああああ!!!!!」


 けれどヘイロンの期待も虚しく、ニアは悲壮感溢れる悲鳴を上げて上空に放たれた。



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