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116.大狼、愚見を笑う

 

 ルプトの前脚を切り裂いた直後、ヘイロンはすぐさま先ほどの重力場を展開した。

 このままルプトの雷炎が支配する領域に居てはすぐに丸焦げになってしまう。ひとまず腕を焼いていた炎はすぐに鎮火して、火傷は魔法で全快させる。


 とはいえ、これだって安全とはいえない。

 なんせ自分の身体に圧をかけ続けるようなものだ。おまけに呼吸もままならない。けれどここから出た所で安全に息を吸えるのはルプトの雷炎の範囲外に逃げなければ叶わない。


 森の木々が自然発火した範囲から見て、ルプトの能力の効果は彼を中心に百メートルほど。これがルプトの全力なのかは分からないが……全力で走っても範囲外に逃れる前に酸欠で倒れてしまうだろう。


(さっさとケリつけるしかないな)


 ヘイロンは握っていた剣を手放すと膝を折った。

 両手を地面につけて、完全にルプトから視線を外す。


 前脚を斬られ、驚愕に固まっていたルプトは眼下に見えるヘイロンの様子に目を見張った。


(今の一撃、不可解だ)


 ちょうどヘイロンの周囲、炎の及ばない範囲に触れた瞬間に雷炎の身体が崩れた。しかし吹き飛ばされたわけではなく、もっと別の何かが阻害した。

 けれどそれはルプトの身体を傷つけるものではなかった。あくまで雷炎から身を護るため。ルプトの身体を切り裂いたものは剣での斬撃、物理的なものである。


(どうやらあの男、人間であることには変わりはないようだ)


 ドラゴンならばこんな策を弄することもない。

 非力な人間ならルプトが労せずとも簡単に殺せる――はずだった。


「これで終わりか? 大口を叩いていた割には呆気ない」


 どういうわけか。あの人間はまだ生きている。ルプトに手傷を負わせ、まだ息をしている。

 しかしそれも長くは続かないようだ。


 先の一撃ではルプトの命までは取れなかった。それなのに剣を手放し、眼前の敵から目を逸らして立つことさえ放棄する始末。

 先ほどの威勢の良さからは考えられないほどの弱腰だ。


 だがこれこそが正常であるとルプトは達観していた。

 彼が本気を出せば、魔王城の辺り一帯など火の海に出来る。それをしないのは同胞を巻き込んでしまうからだ。雷火といえど生身ならば焼け焦げてしまう。

 ルプトの力は強大だが使い勝手が悪いものだった。


 意図的に力を制御していたルプトだったが――ヘイロン相手にはそれが悪手となることを、彼は知らない。


「戦意すらなくしたのなら、潔く死ぬがいい」


 今度こそ、圧し潰してしまいにする。


 ルプトが生身に変えた手を振り上げた瞬間――ヘイロンは兜の内側で笑みを浮かべた。




 それは小さな異変から始まった。

 ルプトを中心に燃え広がっていた炎の一番端の外側。それらがまるで蝋燭の火を吹き消すが如く、一瞬で消えたのだ。

 しかしその異変にルプトが気づいたのは、それより少し後。燃えカスのようなまっくろな木々が一斉に倒れた音を聞いたからだ。


「……なんだ?」


 雷火の大狼がそれに意識を向けた直後、ヘイロンは自身の周りにかけていた重力場を解いた。

 未だこの場は高温の空気に満たされている。

 けれどそれを推してヘイロンは立ち上がった。


 乱立する木々が自然発火するのなら、周辺の温度は四百度を超える。枯れ木であれば低温で百度から三百度。当然そんな環境に生物は適応できない。

 危機的状況に未だ居るというのにヘイロンは腕を上げるとルプトを指差した。


「今からお前に吠え面かかせてやるよ」


 熱風を吸い込んでヘイロンは声を上げた。

 ローゼンが作ってくれたミスリル鋼の兜のおかげか。内側の温度はかなり抑えられている。呼吸をしただけで肺が焼けるなんてことにはならなかったが、それでも息苦しさを感じるほどだ。


 そんな状態だが、末端の指先から燃えていくのを構いもせず啖呵を切る。

 当の本人であるルプトは訳が分からなかった。さっきまで膝を折っていた相手が立ち上がったと思ったら馬鹿なことを言いだすのだ。


「どうやら脳みそが干からびてしまったらしい」


 クックッと笑って、ルプトは眼下に立ち尽くす人間を見つめる。

 足元の羽虫が何を言おうともそれはただの虫の羽音だ。聞こえていても気に留めるものではない。


 そもそも、あの状態で何か出来るとは思えない。

 あの男の末路は、炎に巻かれて骨の髄まで焼け死ぬのだ。今の戯言も妄言でしかない。


「ならばどうやって私を殺すつもりか。教えてもらおうか」


 返答しながらルプトは立ち上がったヘイロンを見据えた。

 彼の足元はいつの間にか燃えていた。ならば先ほどの防御を解いたということだ。あのままならばもう少し生き永らえたものを……何の意図があって死に急ぐのか。


 些細な疑問を感じつつ、ルプトはヘイロンから目を逸らさなかった。それが彼の感知能力を削いでいく。


「この音、聞こえてんだろ?」

「音……?」


 指摘されてルプトは即座に思い出す。

 そういえば先ほど森の奥から奇妙な音が聞こえた。燃え尽きた木が倒れたものだと思っていたが……それにしてはどんどんとこちらに近づいてきている。


「なんだ?」


 正体不明の異変にルプトが意識を向けた刹那。二人の周囲で木々が一斉に鎮火した。

 そしてそれと同時に、雷炎となっていたルプトの輪郭が大きく揺らいだ。


「グゥ……っ!」


 ルプトが周囲で起こっている事象を認識したと同時に、身体全体を真上から押し潰されるような衝撃が襲ってきた。

 彼の雷炎の身体は一瞬で生身に戻り、座していられないほどの衝撃に頭から地面に突っ込む。


(これは……重力場か!)


 実際に攻撃を食らって、ルプトはその正体に気付いた。しかし解せないのは目の前のこの男だ。

 ルプトほどの巨体を持つ生物が立っていられないほどの圧力を生み出す魔法もそうだが、その効果範囲も規格外だ。


 おそらく周囲の炎を消したのもこれを応用したものだろう。だが重力魔法とは効果範囲を広げれば広げた分、その効果は弱まるものだ。


(勇者などと馬鹿にするものではないな)


 巨体が地面に激突した衝撃で微かに土煙が舞う中、目をあけたルプトの眼前にはヘイロンが立っていた。


 どういうわけか、重力魔法の影響を受けていない。

 また何か見えないタネでもあるのか。口惜し気に見つめる視線に気づいて、ヘイロンは放り投げた剣を手に取って肩に担ぐ。


「アンタの周りだけ重力魔法を重ね掛けしてもらった。尻尾の先も動かせねえだろうよ」


 ヘイロンがこの場で動けて喋って居られるのもそのためだ。すでに自身を保護する重力場は解いている。

 先ほど周囲の炎を鎮火したおかげで灼熱の温度も生身で耐えられるくらいには低下している。それでも身体の表面は軽い火傷を負ってしまうほどだ。温度が下がりきるまではもう少し掛かるだろう。


「最初からこれやっても良かったけど、あの火の海じゃろくに動けねえからな。先にそっちを片づけたってわけ」


 既に勝ちを確信したヘイロンはルプトを前にして呑気なものだ。

 もちろん警戒はしているが、今の状態では満足に動けはしない。食い殺そうとしても楽に躱せるだろう。


「まさか、勝ったつもりでいる気か?」


 射殺すように睨みつけるルプトの眼差しに、ヘイロンは言葉を返すことなく剣を握りしめて近づく。

 しかしルプトはそれでもなお命乞いはしなかった。


「貴様がここから生きて帰ることはない」

「はあ?」


 立場が逆転しているような台詞に、ヘイロンは耳を疑った。これから殺される奴が吠えていい虚勢ではない。


「何言って――」


 直後にヘイロンの耳に届いたのは遥か上空から響く雷鳴の音だった。



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