113.小人たち、おつかいに行く
そうと決まれば、ローゼンはニアを連れて魔王城の正門まで赴いた。
雷火たちの監視は動けないイェイラとモルガナに任せている。
あの隊長は先ほどの決め事を上官へと報告しに行ってもらった。捕虜の二人は人質として拘束している。抑止としては充分だろう。
エントランスから外に出れば、一瞬にして空気が変わる。慣れ親しんだ戦場の景色が目の前に広がっていた。
正門付近には倒されて意識のない雷火の雑兵たちが縛り上げられてまとめられていた。
目線を遠くに向けるとロープを担いだグウィンの姿が見える。
「何かあったのか?」
城内から出てきた二人にグウィンは駆け寄ってきた。
全てが終わるまで持ち場を離れるな、というのが決まりになっている。それを破るということは何か予想外の事態が起こったことになる。
すぐにその事に気付いたグウィンの問いに、ローゼンはかいつまんで事情を説明した。
「敵の裏をかくということだな?」
「そうだ。上手くいけばこれ以上被害を出さずに済む」
「だが……そこまでこぎつけるのは至難の業だぞ」
グウィンは難しいだろうと言った。
何もそれは彼が心配性だからということではない。事実として、今何か行動を起こすのは物理的に厳しいという話だ。
「さっきの爆発を見ただろう? あれはルプト様が本気になった証拠だ。これからもっと激しくなる」
「これより先があるのか!?」
今も続いている地鳴りのような爆発と雷炎。それよりもひどい状態になるとグウィンは言った。
ローゼンも、そしてニアもこれには驚いた。
けれどローゼンのリアクションにグウィンはしっかりと頷く。
「雷火は死灰の黒竜の天敵と言われているんだ。どうしてだと思う?」
グウィンの問いかけに、冷静に考えてみればそうだとローゼンは気づく。
雷火の能力は雷炎に変化すること。あの程度の攻撃ならドラゴンの表皮には対してダメージを与えられない。
彼らの鱗は熱にめっぽう強いのだ。普通に考えたら天敵になんてなり得ないはず。
「雷火の大狼の前では彼らは翼を失う。地を這う獣となるしかない」
「どーいうこと?」
首をかしげてニアが問う。
それにグウィンは人差し指を上に向けて答え合わせをした。
「いかにドラゴンといえども、自然の前には無力ということだよ」
グウィンが言うには、雷火の大狼は雷を呼ぶらしい。
雷雲の中ではドラゴンでも空を飛べない。土俵が同じ地上ならば雷火たちの方が有利である。
「あの爆発はいわば下準備だ。雷雲を呼び寄せてそれを味方に付ける。そうなったルプト様は誰よりも強い。いかにあの勇者と言えども勝てるとは思えないな」
「ハイロ、まけちゃうの?」
「そうならなければいいが……どうだろうな」
悲し気に呟くニアの様子を見て、グウィンは眉根を下げた。
もしヘイロンが負けたらこちらの立場も危うくなるのだ。出来ればそれは避けたいところだが、グウィンにとっても今の状況は未知数でもある。はっきりとしたことは言えなかった。
「なら早急に行動に移した方が良い」
「そういえば、どうするつもりなんだ?」
事情は呑み込めたが、グウィンはローゼンがここに来た理由にピンと来なかった。わざわざこうして説明するために来たわけでもなさそうだ。
「あの戦場に突っ込んでも無事な奴がいるだろう?」
にやりと笑って、ローゼンは正門を見る。
そこには入り口を塞ぐように横たわるミディオラがいた。
「ああ、なるほどなあ」
「彼なら多少の無茶もきく。適任だ」
ローゼンの機転にグウィンは感心したように頷いた。
けれどこれには一つ重大な欠点がある。
「しかしそうなるとここの守りが手薄になってしまう。そこをどうするかだ」
ミディオラは守りの要でもある。それを無くすということは攻めてくれと言っているようなものだ。
頭を悩ませるローゼンにグウィンは大丈夫だと笑む。
「それなら心配には及ばない。ルプト様が動き出してから敵の攻めも止んでしまった。ああして寝ていても問題はないくらいにはな」
どうやらあそこにいるミディオラは疲れて眠っているらしい。
色々と話していても大人しかったのはそのせいだ。
「おーい、起きてくれ!」
「ううーん……なにぃ?」
ミディオラが呼び声で目を覚ますと、眼下には三人がいた。
グウィンに少し休んでも良いと言われて眠っていたのに起こされたということは、また敵が攻めて来たのか。
いやだなあ、なんて思っていると事態はそれとは違う方向に動いているのだということを知らされる。
「えっ!? オイラあそこに行くの!?」
「そうだ」
無慈悲にローゼンが頷く。
「めちゃくちゃ爆発してて熱そうなんだけど!?」
「そうだな」
素っ気ない物言いをするグウィン。
二人の威圧的な態度に、ミディオラは首を竦めて頭を振る。
「いやだぁ! ムリムリ! いきたくないぃ!!」
確かに身体は頑丈だけど、あんな地獄に突っ込んで無事なはずがない!
しかも二人が言うにはミディオラ一人で行ってこいということだ。そんな理不尽な話があるか!
「一人で行くなんてぜったいヤダァ!」
駄々をこねるミディオラに大人たちは困り顔である。
この巨体では無理やり力づくなんて出来っこない。作戦の要であるミディオラが動かなければ何もできないのだ。
困り果てている二人を見て、ニアは少し考えた後ミディオラに近づいた。
「ニアも一緒にいくよ」
「「「えっ!?」」」
ニアの一言に皆が目を丸くした。
向けられる眼差しに、ニアはいま一度強く頷く。
「い、いいのぉ?」
「うん! ひとりは怖いもん」
「はうぅぅ」
――なんて優しいんだろう!
感極まって震えているミディオラの傍では、これに異を唱える者が二人。
「それはダメだ!」
「敵の大将の前にのこのこ出ていくなんて馬鹿なことあるか!」
ローゼンとグウィンは全力で止めに入る。
あんな危険な場所にニアを行かせられない。いくらヘイロンでも誰かを守りながら戦うなんて無理だ。
いや、ヘイロンなら無理なんて言わないだろうが……とにかく厳しいことには変わりない。
ローゼンの冷静な判断は間違ってはいない。
けれどニアは頑として首を縦には振らなかった。
「でもひとりじゃイヤだっていってるよ」
「だからそれを説得しようと――」
なんとかニアを宥めようとしていると、頭上から影が落ちてきた。
「鬼と悪魔の言うことなんて聞かないもんね!」
「おに?」
「アクマぁ?」
鬼がローゼンで、悪魔がグウィンのことらしい。
この状況下でこんな子供の戯言を言うんだから、やっぱりこの竜人はニアと同じ子供なのだとローゼンは思った。
ならば大人の言うことなんて聞かないのも道理である。
「オイラは天使ちゃんの言うことだけ聞く!」
「てんしちゃん?」
そして天使ちゃんはニアのことらしい。
馬鹿馬鹿しいと嘆息しながら、ローゼンはどうしたものかと苦悩する。
唯一許せる条件は、絶対にニアを守ること。
「仕方ない、二人で行ってもいい。ただし、絶対にニアの身は守ること。これが条件だ。怪我でもさせたら……わかるな?」
「それならダイジョーブ!」
ご機嫌な様子でミディオラは大きく口を開けた。
と思ったら、頭上からぱっくりとニアを食べてしまったのだ。
「ほうふれは、はいしょーふ」
「何言ってるかわからないぞ」
困惑しているグウィンの横でローゼンはなるほどと手を叩く。
今のミディオラは全身ミスリル鋼で覆われている。
つまり彼の内側に匿ってしまえば怪我をする心配もないというわけだ。
「なるほど、考えたな」
「ほーへしょ!」
「あれ、大丈夫なのか?」
あのミディオラである。グウィンが心配するのももっともだ。
これに関してはローゼンも同意見。作戦は良いが……完璧とは言い難い。
「ニア! 大丈夫か?」
「ちょっとへんなにおいする。あとごつごつしてて湿ってる!」
「……大丈夫そうだなァ」
口の中から呑気すぎる返答が帰ってきて二人は取り越し苦労に胸を撫で下ろした。
心配ではあるがここは二人に任せてみよう。
「それじゃあ頼んだぞ!」
「ふぁぁい」
「いってきます!」
元気な返事をして、二人は地獄の渦中へと飛び込むのだった。
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