112.朋友、交渉する
それを視認した瞬間、ローゼンはナイフを投擲していた。
しかしその人影は紙一重で避ける。けれどそのおかげでニアを捉えようとしていた手は空を切った。
「くっ――しくじったか」
暗闇に光る双眸が一同を睨みつける。
小さな光源に照らされた姿は捕虜として捉えている雷火のレコフと同じ。人型の獣人だ。ならば目的は一つと見ていいだろう。
「新手か!?」
いち早く行動に移したローゼンはニアを庇うように前に立つ。
一瞬の迷いもなく剣を抜いた行動に、件の襲撃者も警戒態勢に入った。
――一触即発の状況に、突然大声が響く。
「なっ――何してるんですか!? 隊長ォ!」
「馬鹿なことしないでくれよぉ!」
キャンキャン喚く声音は、捕虜として縛り上げられている雷火たちの声だ。
彼らは襲撃者を隊長と呼んだ。どうにも知り合いらしい。
「なっ、それはこちらの台詞だ! お前たち、どういうつもりだ!?」
「せっかくいい感じに話がまとまってたのに余計なことしないでって言ってるんですよぉ!」
「ぜぇんぶ水の泡になる!!」
焦る部下たちの言葉に隊長は混乱する。
いったい彼らはどちらの味方だというのか。まさか、一族を裏切るというのか? もし自分の命が惜しくて仲間を裏切るのなら、隊長としてケジメはつけなければ。
「まさか裏切るつもりか?」
「えっ、えっ!?」
「そーいうつもりじゃ――」
「ルプト様が今どんなお気持ちでいられるか……お前たちも分からんわけではないだろう!」
牙を剝き出して吠える隊長に二人は身を縮めて震えた。
「ちちっ、ちがいますよ!」
「滅相もないいぃぃ!!」
ともすれば泣きわめく一歩手前の状態の二人を睨みつけて、隊長はナイフを握りしめた。
すでに彼の意識はローゼンから外れている。
背後にニアを匿いながらローゼンは相手の出方を観察し続ける。
少なくとも今はこちらに敵意はないようだ。むしろ危ういのはあの二人の方だろう。
しかしローゼンは今の状況を静観するつもりだった。
こちらに危害を加えるつもりがなければそれでいい。身内のいざこざなど知ったことか。
けれど、背後から伸びてきた手はそれではダメだと言う。
「……ニア?」
「あの人たちわるいこと、何もしてないよ」
小さな子供の訴えにローゼンは眉を寄せた。
「あいつらは私たちを襲ってきた奴らだ。助けてやる義理はない」
「でも……」
ローゼンは優しく諭した。けれどニアは悲しそうに眉を潜めるだけ。どうしても諦めきれないようだった。
落ち込むニアに、ローゼンは微かに笑って語り掛ける。
「そうだな。ヘイロンならどうすると思う?」
その一言にニアは顔を上げた。
彼女の瞳には迷いが僅かに透けて見えた。けれどそれも一瞬のこと。答えを見つけたニアはまっすぐにローゼンの目を見つめて答えた。
「わかんない……でも、ハイロいつもニアのこと助けてくれるよ」
それを聞いてローゼンは静かに笑った。
そんなことを言われては断れるわけがない。
「わかった。出来るだけのことはしてみよう」
「はあっ、ありがとう!」
満面の笑みでニアはローゼンに抱き着く。
それを宥めてから、ローゼンは剣を握ると彼らの間に割って入った。
「少し横暴が過ぎるんじゃないか? 話くらいは聞いてやってもいいはずだ」
「そうだよ!」
ローゼンと一緒になって合いの手を入れるニア。
「その通りだ!」
「バカバカ! 鬼教官!」
その後ろでは助長して呑気なことを言い始める雷火の二人。
こんな奴らを助けるのは癪ではあるが……何よりもまずこの隊長とやらを説得するのが先決だとローゼンは考えた。
雑兵よりも話は通じるだろうし、彼を懐柔出来れば敵の上官とも話をつけやすい。
「――っ、なぜお前たちが庇う!」
「彼らは裏切ったわけではない。むしろその逆だ。今回の争いは双方の本意ではない」
「それは……」
ローゼンの発言に隊長は言葉を詰まらせた。どうにも思うところはあるらしい。ならば、と剣を下げて語り掛ける。
「ここは一度矛を収めて話し合おうじゃないか」
「話し合いだと?」
「そうだ。お前たちの大将にはそちらから話を付けてくれ」
ローゼンの話を聞いて、彼は力なくかぶりを振った。それは出来ないと言外に言っている。
「……それだけは無理だ」
「なぜだ!?」
「おそらく、ルプト様はこの提案を快諾するだろう。あの方は争いを好まないからな。だが……あの人間たちの監視が付いている」
そこまで聞いてローゼンは理解した。
どうあっても雷火たちには選択の余地などなかったということだ。
「そういうことか……」
すでにヘイロンとルプトの戦いは始まっている。
これを止めるには何とかして双方に牙を収めてもらわなければならない。ヘイロンだって事情を知れば雷火たちに構ってはいられないだろう。
問題はそこまでどうやってこぎつけるかだ。
「わかった。それはこちらで請け負う。アンタは身内を説得してくれ」
「請け負うって、何か算段はあるのか?」
雷火の問いの答えにローゼンは一応の策はあった。問題は誰がそれを実行するかだ。
「――というわけなんだが」
「あの爆心地に飛び込めってことかい? 無茶をいうねぇ」
呑気に笑ってモルガナは城の外を見遣る。
モルガナの言う通り、あそこに飛び込むのは自殺行為だ。
「ハイドが居れば簡単だけど、今はこんなだし……」
具合が悪そうに話すイェイラにローゼンは頭を悩ませる。
あれが収まった後では意味がない。今でなければならないのだ。
しかし地獄のようなあの場所に突っ込める者なんて――
「ん? そういえば一人いたな」
瞬間、ローゼンの脳裏にある妙案が浮かんだ。
彼ならばあんな炎の中でもへっちゃらである。無傷で突っ込んでいけるだろう。
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