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108.影者、身を挺する

 

 覚悟を決めたラオシャは、毛を逆立ててハイドを威嚇した。


「このっ、いつまで人を足蹴にするつもりだ!」


 自分を鼓舞するように叫ぶと、力を振り絞って身体を雷炎に変化させる。

 攻撃に転じたラオシャは実体を持ったハイドの身体に纏わりついた。


「――っ、グウゥ!」


 ハイドはそれを振り払おうと暴れまわる。


 ラオシャの攻勢を見て、ローゼンは勝機を見出した。

 今のハイドには攻撃が通じる。そしてそれを嫌がっている。

 痛みを感じているのかは分からないが、こうして暴れまわるくらいには嫌なことなのだ。そこを突けば、自ずと弱まっていくはずだ。


「レコフと言ったな。お前は陽動だ。攻撃は私に任せてくれ」

「言われなくてもそのつもりだ!」


 ローゼンの号令にレコフは駆けだした。


 既に雷火の二人は満身創痍だった。

 グリフを撃退した時に体力を消耗しすぎた。ハイドの気を引くくらいしか出来ることがない。そしてローゼンもその事は把握している。


 的確に指示を出すと、ローゼンは剣を抜いて走り出した。

 彼女の狙いはハイドの動きを封じること。しかし言うほど簡単なことではない。


 ヘイロンのように魔法を使えないローゼンは、手持ちの戦術で状況を打開する必要がある。

 彼女の十八番は砂鉄を使った攻撃である。鉄粉を鉄の刃へと変化させる。傭兵時代にヘイロンに教えてもらって何とかモノにした戦術だ。


 力比べのような真っ向勝負には向かないが、それでも使いようによっては致命傷を与えることだって出来る。

 しかしこれを使ってあのハイドを足止め出来るか、と言われると微妙なところだ。


 痛みに怯んでくれれば御の字。動きを封じるなら四肢の切断がベスト。

 どのみち生半可な攻撃では止まらないはず。


 だから――


「全力でいく!」


 抜き身の剣を握り、片手にはナイフを構えてローゼンは不死身の怪物に向かって行った。




 ===




「グウゥ、ガアアアァァァ!!!」


 聞こえた雄叫びにイェイラは肩を揺らして息を呑む。


「……っ、ハイド」


 イェイラにとってハイドは家族のようなものだ。

 例え不死身であってもそれが痛めつけられるのを見たいわけではない。


 けれど放っておけば何をするか分からないのだ。

 それこそ、昔と同じことが起こるかもしれない。


「みんな、大丈夫かな……」


 傍でニアが心配そうに呟く。

 イェイラはそれに大丈夫だとは言えなかった。


 昔、一度だけ。ハイドが命令を聞かなかったことがあった。

 彼女の父母が死んだとき。

 未だ彼女が自由を得られていない時の話だ。


 あの時の記憶は霞が掛かったように上手く思い出せない。

 けれど強烈に覚えていることがある。


 胸が張り裂けそうなほどの哀傷。

 とても悲しくて、辛くて……でもそれをどうすることも出来ない。心の底からの絶望。

 それだけは、ずっと覚えているのだ。


 もしかしたら、ハイドが暴走したのはこれが引き金だったのかもしれない。


「ハイドは私の一部なの……心の一部。だから、私の心の機微に影響されるんだと思う」

「……どーいうこと?」

「ええっと、つまり……たぶんね。私が嫌な思いをたくさんしたから、あの子あんなに暴れてるんじゃないかってこと、かな?」

「いやなおもい?」


 反芻して頷くニアに、イェイラは確信を抱いていた。


 嫌な思いなんて優しい言葉を使ったが、言い換えると高負荷のストレス状態に晒されたおかげだ。


 ハイドのおかげでイェイラは悲しみも憎しみも、負の感情を感じないようになっている。

 それを思い出しても辛くならないと言った方が正解に近いかもしれない。気にならなくなるのだ。


 しかしここ最近のイェイラが置かれている環境は平穏なものとは言えなかった。

 いつ攻めてくるかもしれない雷火たち。寝ても覚めてもその不安が心の隅にある状態。

 極めつけは今回の襲撃だ。


 暗闇から忍び寄る敵相手に、気丈に振舞っていたがニアも守らなければならない。

 いざとなればハイドがいる。けれどイェイラは極力ハイドに頼りたくはなかった。また誰かを殺すことになると分かっていたからだ。


「そう、だから……私の心が弱いのが原因なのよ」


 それを聞いてニアはイェイラの手を握っていた。

 ニアにはどうしてもそうは思えなかったのだ。


「ちがうよ。イェイラは――」


 けれど、それを伝える前に二人の間に邪魔が入る。


「イ――イィ、イェイラァ」


 ハイドと相対していたローゼンは小さな呟きを聞き逃さなかった。


「……っ、意識が戻ったのか?」


 いま確かにハイドは言葉を発した。彼が話せるということは、イェイラの制御下にあるということだ。


 それに安堵したローゼンだったが、事態はそう簡単には終わってくれなかった。


 ローゼンと雷火たちが相手をしていたハイドは、体中にナイフと鉄の刃が刺さっていた。それでも動きは鈍くはならない。足止めなど出来ているようでその実、全く出来ていないようなものだ。


 それでもこうしてハイドが相手をしているのは、彼が目の前に立ちはだかっているローゼンたちを敵であると認識しているから。

 だから彼の認識から外れてしまえば……どうなるか。


「はっ――マズイ!」


 その事に気付いたローゼンだったが遅かった。

 小さく呟いたハイドは、一度動きを止めてから反転――離れていたイェイラの元に向かって行った。

 けれど今のハイドは正気ではない。そのハイドが何を思ってあんな行動に出たのか。


 ローゼンにはハイドの気持ちは知れないが、彼の本能的な欲求は簡単に予測がつく。

 ハイドはイェイラの影だ。それが主人である彼女を守るのは当然のこと。だから……この状況、今最も危険な場所はイェイラの傍である。


 その事実に、今になってローゼンは気づいてしまった。


「二人とも! 逃げ――」


 逃げろ、と叫ぼうとしたところで目を見張る。


 彼女が目を向けたその先には、ハイドの凶刃からニアを守るようにイェイラが立ち塞がっていた。



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